第百五十五話 今度は、私が決めます
「だから、ノームも——」
そこまで言いかけて、四堂悠太は口を閉じた。
——戦ってほしい。
そんな言葉が、喉元まで出かかっていた。
ついさっき、自分はスターノームに言ったばかりだ。
今だって、スターナイツとは戦いたくない。
それは嘘ではない。
できることなら、もう誰とも戦いたくなかった。スターシルフも、スターサラマンダーも、スターウンディーネも、本当は世界を壊したくて戦っていたわけではない。そして、目の前にいるスターノームも同じだ。
だがそれでも、ノームとは決着をつけなければならない。
スターシルフは、エレメントから預かった伝言を、確かにこう伝えていた。
『私たち全員と決着をつけたら、エレメントが直接会うって。……それまでは、光の精霊エレメントの祠には来ないでほしいって』
ノームと決着をつけなければ、エレメントには会えない。
エレメントに会えなければ、スターウンディーネが口にした、
『この世界は……もうすぐ滅びます』
その言葉の意味を、直接確かめることもできない。
戦いたくない。
それでも、戦ってほしい。
矛盾しているように思える二つの気持ちは、どちらも四堂悠太の本心だった。
この世界を救うためにも。
エレメントが何を考えているのか知るためにも。
できれば、ノームには戦ってほしい。
けれど。
(……それは、僕の事情だ)
そう思った瞬間、言葉が止まった。
ノームが戦いたくない気持ちは、痛いほど分かる。
怖くて動けなくなることも。
戦わなければならないと頭では分かっているのに、どうしても身体がついてこないことも。
自分自身が、つい最近まで同じだった。
そんなノームに、自分が先へ進みたいからという理由だけで、「戦って」と言うことはできなかった。
「……自分で決めればいいと思う」
「私が……?」
「うん。エレメントのために何をするのか。戦うのか、戦わないのか。それは、ノームが決めていいんじゃないかな」
「…………」
スターノームは、すぐには答えなかった。
大きな琥珀色の瞳を伏せ、じっと自分の手を見つめている。
さっきまで、その手で何度もアースウォールを作っていた。
守ることしかできなかった手。
誰かを傷つけることを、最後まで拒んだ手。
「僕、君のこと……エレメントの次くらいに、ずっと共感してたんだ」
「……私に?」
「うん。漫画家になろうとして、何度も新人賞に応募して……落ちちゃったんだよね」
「……はい」
「僕も、小説でずっと同じことやってたからさ」
四堂悠太は、少しだけ苦笑した。
「七年間、書いて、応募して、落ちて。また書いて」
(……口にすると、本当に長いな。七年って)
何度も。
何度も。
結果が出なくても、それでも書いた。
スターノームもきっと、同じように描き続けてきたのだろう。
「だから、エレメントの言葉に助けられたのも、君と同じなんだと思う」
「…………」
「僕もエレメントを助けたい。でも、世界を壊すのは嫌だ」
「……私も、です」
スターノームが、答えた。
先ほどまでと、少しだけ表情が違っていた。
涙はまだ残っている。
迷いだって、消えたわけではない。
けれど、自分だけが駄目なのだと責め続けていた顔が、ほんの少しだけ和らいでいるように見えた。
「……私」
スターノームが、小さく口を開く。
「少し、考えてみます」
「うん」
「エレメントのために……私は、どうしたいのか」
自分に言い聞かせるように呟いてから、もう一度顔を上げた。
「今度は……私が、自分で決めます」
その言葉を聞いて、四堂悠太は小さく頷いた。
「……今日は、ここまでにしましょう」
ルティナが、静かに告げた。
誰も反対しなかった。
スターノーム自身が答えを出そうとしているのなら、今ここで無理に戦わせる必要はない。
アレクシアが剣を鞘へ収める。
「次に会った時、貴公がどんな答えを出していても、私はそれを聞こう」
「……はい」
リデルもハンマーを肩に担ぎ直した。
「もっとも、戦うと決めたなら、我は手加減せぬぞ」
「リデル、それ今言う?」
「大事なことであろう」
「……ふふっ」
小さな笑い声がした。
四堂悠太が見ると、スターノームが涙を拭いながら、ほんの僅かに笑っていた。
「……四堂さん」
「なに?」
「ありがとうございました」
「僕は、何もしてないよ」
「いいえ」
スターノームは、静かに首を横に振った。
「私だけじゃないって、分かったから」
「…………」
「怖くて、戦えなくなる人が……私だけじゃないって」
その言葉を聞いて、四堂悠太は何も返せなかった。
少し前まで、自分も同じように立ち止まっていた。
怖くて、迷って、何もできなくなった。
それでも今は、もう一度歩いている。
なら、ノームにもきっと。
——そこまで考えて、四堂悠太はやめた。
答えを決めるのは、自分ではない。
「また、来ます」
「うん」
「次は……ちゃんと、自分で決めてから」
スターノームは、涙の残る目元を拭い、四堂悠太たちを一度だけ見回した。
そして、ゆっくりと両手を地面へ向ける。
ごごっ、と。
祠の床が低く震えた。
足元から赤茶色の土が盛り上がり、細かな粒が、まるで意思を持っているかのようにスターノームの周囲を舞い始める。
足元から、膝へ、腰へ。
緩やかな土の渦が、少しずつ少女の身体を覆っていった。
そして次の瞬間。
地面からせり上がった土が、その姿を完全に包み込む。
一瞬だけ、祠の中央に、大きな土の塊が残った。
やがて、ざあっ、と、積み上がっていた土が、一気に地面へ崩れ落ちた。
その中に、スターノームの姿はもうなかった。
「……消えたな」
リデルが、崩れた土を覗き込む。
「……土の中に潜ったわけじゃないよね?」
「シドー。確認のために掘るのはやめておけ」
「いや、掘らないよ⁉」
「シドーならやりかねんと思ってな」
「どういう評価なの、それ……」
いつものように突っ込みながらも、四堂悠太は、先ほどまでスターノームが立っていた場所を見つめた。
勝ってはいないし、浄化もしていない。
世界が滅びる理由も、まだ分からない。
それでも。
(……次は、自分で決めてから、か)
スターノームは、これから考えるのだろう。
戦うのか、戦わないのか。
エレメントのために、自分に何ができるのか。
(……どんな答えを出すんだろう)
四堂悠太には分からない。
けれど、次に会ったとき、彼女が自分で選んだ答えなら。
その答えと、ちゃんと向き合いたいと思った。
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