第百五十三話 エレメントの力になりたい
びくりと、壁の向こうで、スターノームの肩が揺れた。
ほんの僅かな反応だった。
けれど、それだけで十分だった。
(……やっぱり)
スターノームも知っている。
スターウンディーネが口にした、この世界がもうすぐ滅びるという話を。
「どうしてなんだ?」
「…………」
「なんで、この世界は滅びるの? エレメントは、どうしてそのことを知ってるの?」
土の壁の向こうで、スターノームが俯いた。
しばらく待っても答えはなく、聞こえてくるのは、先ほどの戦いで崩れた土がぱらぱらと床へ落ちる音だけだった。
「……言えません」
やがて、掠れるような声が返ってきた。
「ごめんなさい……。それは、言えないんです」
「エレメントに、言わないように言われてる?」
「…………」
スターノームは何も答えなかった。
けれど、俯いたまま唇を強く結ぶ姿が、それ以上聞かないでほしいと訴えているように見えた。
(……やっぱり、エレメントが)
ウンディーネも同じだった。
世界が滅びると口にした直後、顔色を変え、エレメントへ謝っていた。
何かを知っている。
そして、そのことを自分たちへ話してはいけないと思っている。
そこまでは分かる。
だが、理由までは分からない。
「私……」
スターノームの声が、小さく震えた。
「私は……戦わないと……」
俯いていた顔を上げ、もう一度両手へ力を込める。
地面が僅かに揺れた。
四堂悠太たちとの間に残っていた土の壁が、再び持ち上がる。
「エレメントの……力にならないと……」
「だったら、攻撃してくればよいではないか」
リデルが言った。
責めるような声ではなかった。
いつものようにハンマーを振り上げることもなく、肩へ担いだまま、壁の向こうにいる少女を真っ直ぐに見つめている。
「お主は、先ほどから一度も我らを攻撃しておらぬ」
「いや」
アレクシアが、静かに口を挟んだ。
「先ほどだけではない。初めて魔法少女たちに襲撃されたときも、スターノームだけは私たちを攻撃してこなかった」
「…………」
その言葉に、スターノームの表情が僅かに強張った。
四堂悠太も、あの時のことを思い出した。
スターシルフ。
スターサラマンダー。
スターウンディーネ。
そして、スターエレメント。
四人は、それぞれ四堂悠太たちへ攻撃を仕掛けてきた。
だが、スターノームだけは違った。
四堂悠太が戦う意志を失い、その場に膝をついたとき、彼女は拳を震わせながら手を止めていた。
そして。
『……ごめんなさい』
そう、小さく呟いていた。
「……そうであったな」
リデルも思い出したように頷いた。
「じゃが、守ってばかりでは戦いにならぬぞ」
「……分かってます」
スターノームは俯いた。
「分かって……ます……」
声が、さらに小さくなった。
ぽたり、と、床に何かが落ちた。
涙だった。
「……本当は」
スターノームが、小さく鼻をすすった。
「本当は……こんなこと、したくないです……」
その一言に、リデルがハンマーを下ろした。
アレクシアも剣先を下げる。
ルティナも杖を持つ手から力を抜いた。
もう、誰も攻撃しようとはしなかった。
「エレメントの、力になりたいんです……」
スターノームは泣きながら、それでも両手を下ろさなかった。
四堂悠太たちとの間には、まだ土の壁が立っている。
「エレメントは大切な友達です。友達が困っているなら、助けたいんです。それにずっと……エレメントには助けてもらったから……」
言葉を続けようとして、声が途切れる。
何度か息を整えてから、スターノームはもう一度口を開いた。
「私、漫画家になりたくて……何度も描いたんです。でも、何度やっても駄目で……新人賞にも通らなくて……」
大きな琥珀色の瞳から、また涙がこぼれた。
「…………」
「それでも、エレメントはずっと応援してくれました。もう駄目だって思ったときも……また描いてみようって思えるまで、そばにいてくれました」
四堂悠太は、何も言わずに聞いていた。
その話を、知っている。
何度も見た。
漫画家になる夢を追いながら、結果を出せず、自信を失っていく少女。
自分には向いていないのではないか。
夢なんて持たなければ、こんなに苦しくなかったのではないか。
そう思っていたノームへ、エレメントは言った。
みんなの夢が叶うところを見たい。
夢を追っているみんなは、誰よりも輝いて見えるから。
だから、絶望に負けないように、自分が応援すると。
(……魔法少女スターナイツ三十七話)
四堂悠太が、何度見返したか分からない話だった。
「だから今度は……」
スターノームが、震える声で続ける。
「私が、エレメントの力になりたいんです……」
「……うん」
「みんなも……エレメントのために戦ってる。シルフも、サラマンダーも、ウンディーネも……みんな、ちゃんと戦ったのに……」
スターノームは、自分の胸元を強く握った。
「私だけ……できない……」
「ノーム……」
「世界を壊さなきゃいけないのに……」
言葉の途中で、大きくしゃくり上げた。
「でも……世界が壊れていくのを見るの、嫌なんです……」
涙を拭う。
それでも、次から次へと溢れてくる。
「この世界の人たちが傷つくのも嫌で……。四堂さんたちを傷つけるのも……嫌で……」
「…………」
「エレメントの力にはなりたい。でも……こんなこと、したくない……」
どちらも本心なのだろう。
エレメントを助けたい気持ちも。
この世界を傷つけたくない気持ちも。
どちらか一方が嘘なら、きっとここまで苦しむことはなかった。
「私……どうすれば良いのか、分からない……」
スターノームが必死に支えていた《アースウォール》も、少しずつ形を失い始めていた。表面から乾いた土が崩れ、ぱらぱらと足元へ落ちていく。
それでも、彼女は両手を下ろさない。
攻撃はしない。
けれど、退きもしない。
戦いたくない。
それでも、戦わなければならないと思っている。
二つの気持ちの間で身動きが取れなくなり、スターノームはただ泣きながら、四堂悠太たちとの間に壁を作り続けていた。
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