第百五十二話 戦えない理由
「ノーム。僕、聞きたいことが——」
「……ごめんなさい」
四堂悠太の言葉を遮るように、スターノームが小さく呟いた。
「私……戦わないといけないんです」
「ノーム……」
もう一度呼びかけようとした、そのときだった。
スターノームが胸元で握っていた手をほどき、震える両手を四堂悠太たちへ向ける。
「——アースウォール!」
祠の床が、大きく震えた。
次の瞬間、四堂悠太たちとスターノームを隔てるように、分厚い土の壁が地面から一気にせり上がった。天井近くまで届くほどではないが、人の背丈を優に超える高さがあり、左右も太い石柱の間をほとんど塞いでいる。
「シドー、下がれ!」
アレクシアが真っ先に前へ出た。
「行くぞ!」
剣を両手で握り、そのまま土の壁へ振り下ろす。硬い地面を固めて作られた壁は一撃では崩れなかったが、表面には大きな亀裂が走り、そこへリデルの巨大なハンマーが続けざまに叩き込まれた。
「我も行くぞ!」
凄まじい衝撃音が祠の中へ響く。
さらに、ルティナが杖を掲げた。
「そこです!」
放たれた風の刃が、二人の攻撃で生じた亀裂へ正確に突き刺さる。
土煙が舞った。
壁全体が、大きく揺れる。
(いける……!)
四堂悠太がそう思った直後。
「……アースウォール!」
壁の向こうから、震えた声が聞こえた。
崩れかけた一枚目のすぐ後ろに、二枚目の土の壁がせり上がる。
「むっ⁉」
リデルのハンマーが一枚目を完全に砕いた。大量の土塊が床へ落ち、視界を塞ぐほどの土煙が広がる。
しかし、その向こうには、すでに新しい壁があった。
「もう一度じゃ!」
リデルが再びハンマーを振り上げる。
アレクシアも剣を構え直し、ルティナが次の魔法を準備する。
三人の攻撃が重なった。
また壁が崩れる。
そのたびに。
「アースウォール!」
新しい壁が現れる。
一枚。
二枚。
三枚。
スターノームは、四堂悠太たちの攻撃がどこから来るのかを必死に見ながら、そのたびに土を持ち上げ、崩された場所を新しい壁で埋めていく。正面だけではない。ルティナが魔法を横へ回せば、その方向へ壁を作り、リデルが側面から回り込もうとすれば、そこにも新たな土壁をせり上げる。
守りは堅い。
だが。
(アースウォール、何枚目だろう……やっぱり、おかしい)
四堂悠太は眉をひそめた。
スターノームの戦い方を、知らないわけではない。
むしろ、何度も見てきた。
アースウォールで相手の攻撃を防ぎ、その隙に小柄な身体で一気に距離を詰める。懐へ入れば、拳と蹴りを繋げて相手を押し込んでいく。
怖がりで泣き虫なのに、戦い始めると驚くほど前へ出る。
それが、四堂悠太の知っているスターノームだった。
なのに。
「アレクシア!」
「ああ!」
アレクシアが、崩れた壁の隙間へ踏み込んだ。
スターノームとの距離が一気に縮まる。
数歩。
もう、拳が届く。
(ここなら——)
スターノームの間合いだ。
四堂悠太は身構えた。
きっと来ると思った。
しかし。
「……っ!」
スターノームは拳を握らなかった。
アレクシアの姿を見た瞬間、怯えたように目を見開き、再び両手を前へ突き出した。
「アースウォール!」
ドンッ、と地面が鳴った。
アレクシアとスターノームの間へ、新しい土の壁が立ち上がる。
「……またか」
アレクシアが、低く呟いた。
(やっぱりだ)
四堂悠太は、ようやく確信した。
スターノームは、攻撃してこない。
スターシルフも、スターサラマンダーも、スターウンディーネも迷いながら戦っていた。それでも、戦うと決めれば四堂悠太たちを止めるために攻撃してきた。
だが、スターノームは違う。
攻撃を防いで、また壁を作る。
それだけを、繰り返している。
「攻めてこないなら、好都合じゃ‼」
リデルが地面を蹴って、大きく跳び上がる。
「でやぁぁぁぁ‼」
頭上へ掲げた巨大なハンマーが、残った壁へ叩き込まれ、凄まじい衝撃音が響いた。
土の壁が大きく歪み、中心から蜘蛛の巣のように亀裂が広がっていく。
「……っ!」
壁の向こうから、小さな呻き声が聞こえた。
「え?」
四堂悠太は、思わず声を漏らした。
さらに亀裂が広がり、壁の一部が崩れ落ちる。
その隙間から、スターノームの姿が見えた。
両腕を前へ伸ばしたまま、必死にアースウォールを維持している。細い腕は僅かに震え、唇を強く噛み締めていた。
そして。
大きな琥珀色の瞳には、今にもこぼれ落ちそうなほど涙が溜まっている。
「……ノーム?」
気がつけば、四堂悠太はスターノームに声をかけていた。
「大丈夫?」
「……大丈夫、です」
震えた声が返ってくる。
「これくらい……大丈夫です」
どう見ても、大丈夫そうには見えなかった。
リデルもハンマーを構えたまま動きを止め、壁の向こうにいるノームを見つめている。
「ノーム、無理してない?」
「してません」
即答だった。
けれど、声は掠れていた。
ノームは慌てたように片手で目元を拭うと、もう一度両手を前へ出した。
「私……ちゃんと、戦えますから」
「…………」
「ちゃんと……戦わないといけないんです」
再び、地面が揺れる。
「アースウォール!」
崩れかけた壁の向こうから、また新しい土の壁が持ち上がった。
四堂悠太は、その壁を黙って見つめた。
本来なら、戦える。
拳も使える。
蹴りも使える。
むしろ、接近戦こそスターノームの得意な戦い方だ。
先ほどアレクシアが間合いへ入ったときだって、攻撃する機会はあった。
それなのに、ノームは壁を作った。
攻撃しない。
——いや。
(……できないんだ)
戦おうとはしている。
ここから逃げようともしていない。
エレメントのために戦わなければならないと、自分に言い聞かせている。
それでも、四堂悠太たちを傷つけることだけは、どうしてもできない。
「……アレクシア」
「あぁ」
名前を呼ぶだけで伝わった。
アレクシアは剣を構えたまま、それ以上踏み込まなかった。
リデルもハンマーを肩へ戻す。
ルティナも、杖を下ろした。
攻撃が止まる。
土煙だけが、祠の中をゆっくりと漂っていた。
「……ノーム」
四堂悠太は、土の壁の向こうへ呼びかけた。
「な、なんですか……?」
「君も……知ってるんだよね?」
「…………」
「この世界が、もうすぐ滅びるってこと」
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