第百五十一話 泣き虫な魔法少女は、逃げない
——翌朝。
昨夜の焚火は、白い灰だけを残して消えていた。
世界が本当に滅びるのかは、まだ分からない。
何が起きようとしているのかも、そのとき自分たちに何ができるのかも、まだ何一つ分かっていない。
それでも、朝は来た。
四堂悠太が寝床から身体を起こすと、すでにアレクシアは馬車へ荷物を積み始めていた。ルティナも野営に使った道具を片づけており、昨夜遅くまで話していたとは思えないほど、いつも通りに旅立ちの準備を進めている。
「おはよう、シドー」
「……おはよう」
そう答えながら辺りを見回す。
「あれ、リデルは?」
「そこです」
ルティナが、少し離れた木の根元を指差した。
見ると、リデルは毛布にくるまったまま、まだ地面に転がっていた。黄褐色の猫耳だけが毛布の隙間から覗いている。獣人で朝が早いリデルにしては珍しい。これまで四堂悠太を起こしに来たときは、朝というより夜明けだった。
「……リデル、朝だよ」
「あと少し……」
「昼頃には土の精霊の祠に着く予定なんだけど」
「……スターノームには、午後から会えばよいではないか」
「相手の営業時間みたいに言わないでよ……」
四堂悠太が呆れていると、リデルの黄褐色の猫耳がぴくりと動いた。
「朝食は?」
「それは食べるんだ」
「当然じゃ。世界が滅びようとも、腹は減る」
「……それは、そうだけど」
思わず苦笑する。
昨日の夜は、食事をしている時でさえほとんど口を開かなかったのに。
ほんの少しだけ、いつものリデルが戻ってきたような気がした。
「リデル。食事をするなら、先に毛布を畳め」
アレクシアが馬車の方から声を飛ばす。
「むぅ……。朝から厳しいのう」
「誰の毛布だと思っている」
「我のじゃ」
「なら、自分で畳め」
「正論は時として人を傷つけるぞ、アレクシア」
「その程度では傷つかんだろう」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ルティナが小さく笑った。
四堂悠太も、自然と頬が緩んだ。
昨日のことを忘れたわけではない。
スターウンディーネが口にした言葉も、彼女自身が、この世界はもうすぐ滅びると本気で信じていたことも。
何一つ解決してはいない。
それでも、ずっと俯いているわけにはいかなかった。
「行きましょう、シドーさん」
荷物を積み終えたルティナが、そう言った。
「……うん」
まずはスターノームに会って、少しでも話を聞く。
それでも何も分からなければ、最後はスターエレメント本人に聞けばいい。
少なくとも、進む先だけは決まっている。
四堂悠太たちは再び馬車へ乗り込み、土の精霊の祠を目指した。
***
土の精霊の祠へ辿り着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
街道を離れてからしばらく進むと、周囲の景色は徐々に変わっていった。
背の高い木々は少なくなり、代わりに剥き出しになった岩肌や、赤茶けた土が目立つようになる。道の両脇には大小さまざまな岩が転がり、地面から突き出した木の根が、まるで大地を強く掴んでいるように広がっていた。
「この辺りでしたね。昔、私が来たときと、地形が変わっていなくて良かったです」
ルティナが地図を確認しながら言った。
さらに進むと、岩山に囲まれた窪地が見えてきた。
その中央に、土の精霊の祠はあった。
「……これが、土の精霊の祠」
四堂悠太は、思わず呟いた。
これまで訪れた祠とは、随分印象が違う。
豪華な装飾はほとんどない。
巨大な岩をそのまま削って造ったような建物で、赤茶色の石壁には長い年月を経てできた亀裂が幾筋も走っている。入口の左右には太い石柱が立ち、その表面には蔦や苔が僅かに絡みついていた。
古い。
だが、崩れそうという印象はなかった。
ルティナが言うには、何千年も前からそこにあるらしい。これから先も変わらず大地に根を張り続ける——そんな重々しさがあった。
四堂悠太は、ふと足元へ視線を落とした。
地面は硬く締まり、細かな砂利が敷き詰められている。その下から、僅かに震動のようなものが伝わってくる気がした。
「……土の精霊って感じがするのう」
リデルが、祠を見上げながら呟いた。
「随分そのままの感想だね」
「分かりやすいのが一番じゃ」
「否定はできないけど……」
そんなことを話しながらも、四堂悠太の胸の奥には緊張があった。
スターノーム。
次に待っている、四人目の魔法少女。
(ノームも……知ってるのかな)
この世界が、もうすぐ滅びるという話を。
スターウンディーネは知っていた。
ならばスターノームも、エレメントから同じ事情を聞かされている可能性は高い。
(できれば、戦う前に話せればいいんだけど……)
四堂悠太たちは警戒しながら、祠の内部へ足を踏み入れた。
中は、外から見た以上に薄暗かった。
天井は高く、岩を削って作られた太い柱が何本も並んでいる。壁には土の精霊を描いたと思われる古い彫刻が刻まれ、その一部は長い年月の間に摩耗し、何が描かれているのか分からなくなっていた。
足音が、静かな祠の中へ響く。
ひんやりとした空気の中に、湿った土の匂いが混じっている。
そして祠の奥まで進んだ、その時だった。
「……来たんですね」
少女の声が聞こえた。
四堂悠太たちは、一斉に足を止めた。
石柱の陰から、一人の少女がゆっくりと姿を現す。
「……ノーム」
短く波打つ茶色の髪。その左右には、黄緑色の小さなリボンが結ばれている。
大きな琥珀色の瞳は、どこか不安そうに揺れていた。
黄色を基調とした衣装には白いフリルが重なり、胸元にも黄緑色のリボンが飾られている。足元には茶色の編み上げ靴。
スターノームは、スターエレメントたちと同じ中学二年生だ。
そう知っている四堂悠太から見ても、スターノームは他のスターナイツより少し幼く見えた。小柄な身体に、柔らかな顔立ち。黙って立っているだけなら、これから世界を賭けて戦う相手にはとても見えない。
もっとも、それはアニメでも同じだった。
怖がりで、気弱で、泣き虫。
強い敵を前にして涙を浮かべたことも、一度や二度ではない。
それでも——。
(ノームは、逃げないんだよね)
怖くて泣く。
けれど、泣いたからといって逃げるわけではない。
一度「やる」と決めれば、震えながらでも最後まで立っている。
四堂悠太は、そんな彼女に何度も感情移入した。
エレメントの次に、心を寄せて見ていた魔法少女だった。
その見た目とは裏腹に、スターノームの戦い方は随分と力強い。
魔法らしい攻撃はほとんど使わず、小柄な身体で相手の懐へ飛び込み、拳や蹴りを叩き込む。
魔法技と呼べるものは、必殺技のアースウォールくらいだった。
(見た目だけなら、一番そんな戦い方をしそうにないんだけどな……)
初めてアニメで見たときも、そう思ったことを覚えている。
だが、今のスターノームは拳を構えることもなく、ただその場に立っていた。
胸元で握った手が、僅かに震えている。
今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。
それでも、石柱の陰へ戻ろうとはしなかった。
「……来たんですね」
もう一度、スターノームが呟く。
声は頼りない。
けれど、その足は一歩も後ろへ下がっていなかった。
小説を読んでくださって、ありがとうございます。
ブクマ登録や評価、リアクションなどいつも励まされいます。本当にありがとうございます。
【お知らせ】
10月23日に、第119話の後に、補足エピソードを四話(新第120~123話)追加しました。
すでに読み進めてくださっている皆様には申し訳ありませんが、お時間のあるときにでも読んでいただければ嬉しいです。
詳しくは活動報告をご覧ください。




