第百四十七話 また、か
翌朝、四堂悠太たちは、サランセルゴ共和国中央騎士団を後にすることになった。
次の目的地は、土の精霊の祠。
そこには四人目の魔法少女——スターノームがいる。
水の精霊の祠を調べ終えたのだから、次の祠へ向かう。予定だけを見れば、これまでと何も変わらない旅の続きだった。
けれど、四堂悠太には昨日までとは何もかもが違って見えた。
「アレクシア先輩、本当にもう行っちゃうんですか?」
「あぁ。次に調べなければならない場所があるからな」
騎士団の正門前には、見送りに来た騎士たちが集まっていた。昨日、アレクシアの周りを取り囲んでいた若い騎士たちも、その中にいる。
「今度戻ってきたら、本当に稽古つけてくださいよ!」
「分かった。日々の鍛錬を怠っていなければな」
「それ、昨日も言われました!」
「ならば、二度言われるだけの理由があるということだ」
「ひどい!」
周囲から笑い声が上がった。
アレクシアも、呆れたような顔をしながら、僅かに口元を緩めている。
四堂悠太は、その光景を少し離れた場所から眺めていた。
(……やっぱり、ここにいるときのアレクシアって、少し違うな)
旅の途中でも、アレクシアが笑うことはある。けれど、騎士団の人々に囲まれている時の彼女は、ほんの少しだけ肩の力が抜けているように見えた。
この場所で育った。
この人たちに剣を教わった。
泣いているときには、何も言わず隣にいてもらった。
そんな時間を積み重ねて、今のアレクシアがいる。
だから昨日、世界が平和になったら、この場所へ戻って騎士になりたいと話していたのだ。
(……戻れるよね)
そう思った瞬間、胸の奥が僅かに冷えた。
——この世界は、もうすぐ滅びます。
スターウンディーネの声が、嫌でも蘇る。
「シドー?」
「……え?」
不意に名前を呼ばれ、四堂悠太は顔を上げた。
騎士団長が、こちらを見ている。
「どうした。昨日から、随分と難しい顔をしているな」
「あ……」
四堂悠太は、一瞬だけ言葉に詰まった。
——この世界は、もうすぐ滅びるらしいです。
そんなことを、今ここで話していいのだろうか。
世界が本当に滅びるのかは、まだ分からない。
ただ、スターウンディーネ自身は、それを本気で信じている。
なぜ滅びるのかも。
いつ滅びるのかも。
何一つ分かっていない。
今話したところで、いたずらに不安を広げるだけのような気がした。
「……少し、考えなきゃいけないことが増えただけです」
「そうか」
騎士団長は、それ以上問い詰めなかった。
「なら、確かめてこい」
「え?」
「お前たちには、まだ向かう場所があるのだろう。分からんことを、分からんままここで考えていても仕方がない」
「…………」
何が起きたのか知らないはずなのに、不思議と今の自分たちに必要なことを言われた気がした。
「……はい」
四堂悠太は、小さく頷く。
「行ってきます」
「あぁ」
その隣では、アレクシアも騎士団長の前へ立っていた。
「団長」
「なんだ」
「……また戻ります」
一瞬だけ、騎士団長が黙った。
それから、いつもの落ち着いた表情で答える。
「好きにしろ。お前の席くらい空けておいてやると言っただろう」
「ありがとうございます」
「ただし、のんびりしていると、次の団長候補は別の者に決まっているかもしれんぞ」
「構いません。見習いからでもやり直します」
「だから……そういう意味ではない」
「……?」
「本気で首を傾げるな」
再び周囲から笑い声が上がった。
そんな他愛のないやり取りを聞いていると、ほんの少しだけ、昨日までと同じ日常に戻ったような気がした。
世界が滅びるかもしれない。
そんな話を聞いた翌朝でも、人は笑う。
いつもと同じように話し、いつもと同じように誰かを見送る。
そのことが、四堂悠太には少しだけ救いに思えた。
やがて四人は馬車へ乗り込んだ。
「アレクシア先輩!」
若い騎士の一人が、大きく手を振る。
「また来てくださいね!」
「あぁ!」
御者台のアレクシアが振り返り、片手を上げた。
「またねー!」
別の騎士が、笑いながら叫ぶ。
馬車がゆっくりと動き出した。
正門が遠ざかり、見送りに来ていた騎士たちの姿も、少しずつ小さくなっていく。
(……また、か)
何でもない言葉だった。
今日別れても、また会える。
次があると信じているから、誰もが当たり前のように口にできる言葉だ。
四堂悠太だって、昨日までなら何も考えずに「またね」と返していただろう。
けれど今は、その一言が妙に胸に残った。
また会える。
もう一度、この場所へ帰ってこられる。
昨日までは、そんな未来を疑う理由なんてなかった。
アレクシアも、騎士団の建物が見えなくなるまで、何度も後ろを振り返っていた。
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