第百四十五話 またね、創造主様
スターウンディーネの姿が消えたあとも、誰一人として言葉を発することができなかった。
水の精霊の祠には、再び静かな水音だけが響いている。
だが、四堂悠太の耳には、その音さえほとんど入ってこなかった。
——この世界は、もうすぐ滅びます。
——この運命は、誰にも変えられません。
スターウンディーネが残していった言葉だけが、頭の中で何度も繰り返されている。
この世界は——レインボーランドは、平和で穏やかな世界だ。だからこそ余計に、その言葉が不気味だった。
「……シドー」
隣から、リデルの声が聞こえた。
いつものような勢いはない。
四堂悠太が振り向くと、リデルも、アレクシアも、ルティナも、スターウンディーネが消えた場所を見つめたまま動かなかった。
そのときだった。
「……さっき、スターウンディーネが言ったこと」
フェイラの声に、四堂悠太は振り返った。
彼女はどこか悲しそうな表情で、ウンディーネが消えた場所を見つめている。
「あの子、本気でそう思ってるよ」
「……分かるの?」
「うん」
フェイラは小さく頷いた。
「《聖女の祈り》は、心を読んだり、無理やり本当のことを言わせたりする魔法じゃないんだ」
それは、先ほどの戦いを見ていれば分かる。
スターウンディーネが拒んだとき、フェイラはすぐに魔法を止めた。
秘密を暴くために使ったわけではない。
ただ、長いあいだ張り詰め続けていた心を、ほんの少しだけ楽にしようとしただけだ。
「でもね」
フェイラは続けた。
「あの光に包まれて、ずっと胸の奥に押し込めていた気持ちが少し緩んだ。そのあとで、自分から零れた言葉なら、それはその人の本当の気持ちなんだ」
「……本当の気持ち」
「うん。だから、世界が本当に滅びるのかまでは、私にも分からない。でも——」
フェイラは、スターウンディーネが消えた場所へ目を向ける。
「あの子は、本気でそう信じてる。誰かを騙すために言った言葉じゃないよ」
「…………」
四堂悠太は何も答えられなかった。
聞き間違いではない。
スターウンディーネが、その場しのぎでついた嘘でもない。
少なくとも彼女は、この世界がもうすぐ滅びると、本気で信じている。
「……そんな」
リデルが、小さく呟いた。
アレクシアは黙ったまま拳を握り締め、ルティナも険しい表情で俯いている。
そのとき、フェイラの身体を淡い光が包み始めた。
「あ……」
四堂悠太は、その光を見ただけで理解した。
フェイラも、もうすぐ消える。
「もう時間みたいだね」
フェイラは自分の身体を見下ろすと、少し困ったように笑った。
「フェイラ……」
「ごめんね、創造主様」
「え?」
フェイラは、今度は真っ直ぐに四堂悠太を見つめた。
「この世界が本当に近いうちに滅びるなら……ここにいる創造主様も危ないんだよね」
「……うん、まぁ……そうだと思う」
「でも、ごめん。私には、それを止める方法までは分からない」
その声には、はっきりと心配が滲んでいた。
「せっかく呼んでもらったのに、何もできなくてごめんね」
「そんなことないよ」
四堂悠太は、すぐに首を横に振った。
「フェイラがいなかったら、ウンディーネとまともに戦うこともできなかった。それに……知らなきゃいけないことも、知ることができた」
「……そっか」
フェイラは、少しだけ安心したように微笑んだ。
もう時間がない。
そう分かっているはずなのに、フェイラはすぐには別れを告げず、四堂悠太の顔をじっと見つめていた。
「……創造主様、怖い?」
「え?」
「この世界が滅びるって聞いて」
四堂悠太は、すぐには答えられなかった。
怖くないはずがない。
自分がどうなるのかも分からない。
それ以上に、リデルも、アレクシアも、ルティナも、この世界で出会った人たちも、全員いなくなってしまうかもしれない。
「……うん」
強がっても仕方がなかった。
「怖いよ」
「そっか」
フェイラは、それを否定しなかった。
ただ、いつもの穏やかな笑顔を浮かべる。
「怖くてもいいと思うよ」
「……え?」
「怖いって思えるのは、それだけ大切なものがあるってことだから」
フェイラは、胸の前で両手を合わせた。
「それでも守りたいものがあるなら、少しずつでも前に進めばいいんじゃないかな」
そして、優しく笑った。
「怖いままでも一歩進めたなら、それはちゃんと勇気だと、私は思うよ」
「…………」
四堂悠太は、目を見開いた。
——その言葉、以前にも、聞いたことがある。
頭の奥で、懐かしい声が蘇った。
テレビ画面の中、怯えて動けなくなってしまった少女に、スターエレメントが笑顔で手を差し伸べている。
『怖いのは、悪いことじゃないよ。それでも一歩踏み出せたら、それが本当の勇気だから!』
(……エレメント)
まったく同じ言葉ではない。話し方も違う。
けれど、伝えようとしていることは同じだった。
(……まただ)
これまで召喚してきた、自分の小説の登場人物たちもそうだった。
スターエレメントの台詞を使おうと思って書いた覚えはない。
真似をしたつもりだって、一度もなかった。
それなのに、彼らは時折、スターエレメントがかつて口にした言葉と同じ想いを、自分自身の言葉で語っていた。
七年間、何度も見た。
何度も聞いた。
そして、そのたびに自分自身が励まされた。
だからきっと、いつの間にか自分の中に残っていたのだ。
スターエレメントからもらった言葉が、四堂悠太の中へ染み込み、そこから生まれた物語の中にまで。
(僕は……フェイラにも、エレメントからもらったものを書いてたんだな)
「創造主様?」
「……ううん」
四堂悠太は、小さく首を横に振った。
今は、それを説明する必要はない。
「ありがとう、フェイラ」
「うん」
フェイラは、いつものように穏やかに笑った。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん」
「創造主様も、この世界の人たちも……みんな無事だといいな」
最後まで、フェイラらしい言葉だった。
誰かを責めることもない。自分ではどうすることもできないと分かっていても、それでも誰かの無事を願っている。
やがて、淡い光が彼女の全身を包み込む。
「またね、創造主様」
「……うん。またね、フェイラ」
その姿は柔らかな光へと変わり、静かに消えていった。
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