第百四十三話 私、そういうお節介が仕事みたいなものだから
スターウンディーネが、再び地面を蹴った。
その動きに合わせるように、フェイラも片手を伸ばす。
「光縛」
地面から伸びた光の帯が、スターウンディーネの足首へ絡みつこうとした。
しかし、スターウンディーネは足元に水を集めると、その上を滑るように身体を回転させ、光の帯が締まり切るより早く拘束をすり抜ける。
「へぇ、そうやって抜けるんだ」
「大人しく捕まるつもりはありませんので」
「それはそうだよね」
フェイラは、感心したように頷いた。
「……余裕だな」
アレクシアが、小さく呟く。
「どちらがじゃ?」
「両方だ」
その言葉に、四堂悠太も心の中で頷いた。
スターウンディーネは、前回の戦いと変わらず冷静だった。自分より魔法に長けた相手が現れても、少しも焦る様子がない。
障壁、光弾、拘束魔法。フェイラが繰り出す魔法を一つずつ見極め、その場で対処法を考えている。
一方のフェイラも、スターウンディーネを倒すことには、ほとんど興味がないらしかった。
攻撃を防ぎ、逃げ道を塞ぎ、動きを止めようとする。だが、相手を傷つけるような攻撃は、できるだけ避けているように見えた。
(……本当に、フェイラらしいな)
四堂悠太は、二年前に書いた物語を思い出した。
フェイラ・エルメールは、強い。
万能の浄化魔法を操り、作中でも数々の困難を解決してきた聖女だ。
だが、彼女が本気で誰かを傷つけようとした場面は、ほとんどなかった。
たとえ敵であっても、まずは話を聞こうとする。
どうしてそんなことをしたのか。何に苦しみ、何を望んでいるのか。
そして、どうしても戦わなければならないときでさえ、最後まで相手を傷つけずに済む方法を探す。
それが、四堂悠太の書いた聖女だった。
「聖光弾」
フェイラの周囲に、再び光が生まれた。
今度は十を超える光弾が、さまざまな角度からスターウンディーネへ迫っていく。
スターウンディーネは走り、身を屈め、時には身体をひねりながら、次々と光弾をかわした。
そして、足元の水を勢いよく蹴り上げる。
光弾の一つが水飛沫にぶつかり、眩い光を散らした。
その一瞬、フェイラの視界からスターウンディーネの姿が消える。
次に現れたときには、すでに拳の届く距離まで迫っていた。
「聖壁!」
フェイラの前に、透明な光の壁が広がる。
そこへ、スターウンディーネの拳が叩き込まれた。
一撃、二撃。
続く三撃目も、まったく同じ場所へ。
衝撃が重なるたび、光の壁に細い亀裂が走っていく。
「……やはり、そうですか」
スターウンディーネが静かに呟いた。
「この障壁は、同じ場所に衝撃を重ねると、強度が落ちるようですね」
「あ、分かった?」
「はい」
「やっぱり頭いいね」
「褒めていただいても、手加減はいたしません」
「うん。それでいいと思うよ」
フェイラが微笑んだ、その直後だった。
四撃目の拳が、亀裂の中心を正確に捉えた。
光の壁が砕け、無数の光の粒となって散っていく。
スターウンディーネは、そのままフェイラとの距離を詰めようとした。
「光縛」
だが、今度の光は足元からではなかった。
左右から伸びた二本の光の帯が、スターウンディーネの両腕に絡みつく。
「……!」
咄嗟に身体をひねったものの、今度は逃げ切れなかった。
「同じ魔法でも、同じ使い方をするとは限らないよ」
フェイラが、少しだけ笑った。
スターウンディーネは両腕へ力を込めるが、光の帯は軋むだけで、簡単には切れない。
「今なら攻撃できるぞ!」
リデルが思わず声を上げた。
「リデル、静かにしろ」
アレクシアが、即座に制した。
「なぜじゃ⁉ 絶好の機会では‼」
「……フェイラが、何かしようとしている」
リデルが口を閉じる。だが、その顔にはまだ納得のいっていない表情が残っていた。
フェイラは動かなかった。
新たな攻撃魔法を放つでもなく、ただ静かに、拘束されたスターウンディーネを見つめている。
「……何故、攻撃しないのですか?」
「動けない相手を一方的に攻撃するのは、あんまり好きじゃないんだ」
「これは戦いですよ」
「うん。でも、勝つことだけが目的じゃないから」
スターウンディーネの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「あなたは……何をしに来たのですか?」
「さっきも言ったよ」
フェイラは、穏やかに答えた。
「あなたが困ってるなら、力になりたいんだ」
「私は困っていません」
「……そうかな」
フェイラは、少し首を傾げた。
「ずっと、無理してるように見えるけど」
その言葉に、スターウンディーネの瞳が揺れた。
「……何を根拠に、そうおっしゃるのですか?」
「分からないよ」
フェイラは、あっさりと首を振った。
「何があったのかも知らないし、あなたが何を考えてるのかも分からない。でもね、私、今まで悩んでいる人の話をたくさん聞いてきたんだ」
スターウンディーネは、黙ってフェイラを見つめている。
「そういう人たちって、よく『平気だ』って言うんだよね。本当は、全然平気じゃないのに」
「……」
「あなたも、そんな顔をしてるように見えるんだ」
「……違います」
「うん。違うかもしれない」
フェイラは、否定されたことを気にする様子もなく頷いた。
「私の勘違いだったら、それでいいんだ」
「でしたら——」
「でもね」
穏やかな声は、そのままだった。
ただ、その先の言葉には、少しの迷いもなかった。
「もし苦しいなら、一人で全部抱えなくてもいいんだよ」
その瞬間だった。
スターウンディーネの表情から、いつもの微笑みが消えた。
戦闘中に見せる、冷静な眼差しでもない。
ほんの一瞬だけ、ひどく疲れた、一人の少女の顔が見えた気がした。
「……あなたには、関係ありません」
「そうだね」
「なら……」
「関係なくても、心配するくらいはいいんじゃないかな」
フェイラは笑った。
「私、そういうお節介が仕事みたいなものだから」
「……聖女というのは、皆そうなのですか?」
「どうだろう。私はそうだよ」
スターウンディーネは、それ以上何も言わなかった。
次の瞬間、光の拘束が一気に弾け飛んだ。
「……これ以上は」
スターウンディーネが、小さく呟く。
周囲の水が、一斉に動き始めた。
地面を流れていた水が浮き上がり、祠の中を渦巻きながら、彼女の周囲へ集まっていく。
その光景を見た瞬間、四堂悠太は息を呑んだ。
知っている。
あれは、前回の戦いで見たウンディーネの必殺技だ。
アレクシアの絶対防御さえ、大きく押し返した一撃。
「フェイラ、気をつけて!」
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これからも、どうぞよろしくお願い致します。




