第百四十話 私、あの街が好きみたいです
次の日。
出発の準備を終えた四堂悠太が騎士団寮の外へ出ると、少し離れたところにルティナが立っていた。
朝の空気には、まだ少しだけ冷たさが残っている。
訓練場からは、早くも剣を打ち合わせる音が聞こえていた。
「シドーさん」
「おはよう、ルティナ」
「おはようございます。……少し、お話ししてもいいですか?」
「うん。もちろん」
二人は並んで、まだ人通りの少ない騎士団の敷地を歩き始めた。
いつも通りのルティナに見える。
だが、何かを言おうとして迷っているのか、いつもより少しだけ口数が少なかった。
「昨日、リデルさんとアレクシアさんと話していたんです」
「うん」
「アレクシアさんは、世界が平和になったらサランセルゴへ戻って、もう一度騎士になるそうです。リデルさんもアルブリー王国へ戻って、王になるためにお父様から学ぶと。歴代のアルブリー王の中で、一番の名君を目指すそうです」
「リデルらしいな」
「はい」
ルティナが小さく笑う。
「二人の話を聞いてから、ずっと考えていたんです。それに……少し前にリューベックへ戻ったときから、心に引っかかっていたこともあって」
そこで足を止めた。
「昨日、ようやく分かりました」
「何が?」
ルティナは少さく息を吸うと、四堂悠太をまっすぐに見た。
「この世界が平和になって、リデルさんとアレクシアさんがそれぞれの道を歩き始めたら……私は、正式にリューベックの領主になります」
「……え?」
「ブルーム公と一緒に、あの街を治めていきたいんです」
四堂悠太は、思わず目を見開いた。
予想していなかった。
それでも、少し考えてみれば、不思議な答えではなかった。
「今まで私が領主として動いていたのは、リデルさんとアレクシアさんのためでした」
ルティナは、言葉を一つずつ確かめるように話していく。
「リューベックは治安が悪くて、住民の困りごとも絶えませんでした。二人とも、誰かが困っていれば放っておけませんから。このままでは、いつか無理をしすぎてしまうんじゃないかと思って……だったら、私が街そのものを変えればいいと考えたんです」
いかにもルティナらしい理由だった。
二人を休ませるために、自分が街の領主になる。
普通なら、そこまでやろうとは思わない。
「でも、この前リューベックへ帰ったとき、街が無事なのを見て、本当に安心したんです」
ルティナの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「商人さんたちがいつも通り声を出していて、冒険者の皆さんが歩いていて、ブルーム公も変わらずそこにいて……」
そこで、少し照れたように笑った。
「それを見ていて、気づきました。私、あの街が好きみたいです」
「……そっか」
「はい」
その笑顔を見て、四堂悠太にも少し分かった気がした。
以前のルティナなら、きっと最初にリデルやアレクシアの名前を出していただろう。
二人のために。
二人が困らないために。
二人が幸せに暮らせるように。
けれど、今は違う。
——自分が、あの街を好きだから。
「最初は、リデルさんとアレクシアさんのためでした。でも……今は、私自身がリューベックを守っていきたいと思っています」
ルティナは、はっきりと言った。
「私自身が、あの街を守っていきたいと思っているんです」
四堂悠太は、その言葉を聞きながら、少しだけ嬉しくなった。
ルティナが自分自身のために何かを望むところを、これまでほとんど見たことがなかった。
いつだって誰かを優先する。
リデルやアレクシアがどうすれば幸せになれるのかを考えて、自分がどうしたいのかは後回しにする。
そんなルティナが今、自分で選んだ未来について話している。
「だから、世界が平和になったら、正式にリューベックの領主になろうと思います。ブルーム公と私と、二人であの街を守っていきたいです」
「……うん」
答えようとして、四堂悠太はふと気づいた。
アレクシアは、世界が平和になったらサランセルゴへ帰り、騎士になる。
リデルは、戦いが終わったらアルブリー王国へ帰り、王を目指す。
そしてルティナは、世界が平和になったらリューベックへ戻り、領主になる。
(……待って。これ……三人とも「この戦いが終わったら、故郷に帰ってやりたいことがある」って言ってない?)
背中に、嫌な汗が流れたような気がした。
(死亡フラグじゃん‼)
七年間、ライトノベルを読み、自分でも書き続けてきた人間として、できれば気づきたくなかった共通点だった。
もちろん、口には出さない。
せっかく三人が、それぞれ世界を救った後の未来を見つけたのだ。
そこで「そういうことを言ったキャラって、大抵ろくな目に遭わないんだよね」
などと言えるはずがない。
(いやいやいや! 大丈夫、これは物語じゃないんだから!)
そう思ってから、四堂悠太は僅かに眉を寄せた。
(……多分)
自分で付け足した最後の一言のせいで、余計に不安になった。
(やめよう。縁起でもない)
そもそも、喜ぶべきことなのだ。
これまで三人とも、世界を救うという目の前の目的に向かって走り続けてきた。
けれど今は、その先にある人生について話している。
リデルには、王になる未来がある。
アレクシアには、騎士へ戻る未来がある。
そしてルティナにも、自分で守りたいと思える街と、そこで生きていきたいという未来ができた。
ならば、自分が言うべきことは決まっている。
「……いいと思う」
四堂悠太は、素直にそう言った。
「ルティナなら、きっと良い領主になれるよ。いや、もう十分良い領主か」
「……本当ですか?」
「うん。今までだって、ずっとリューベックのために動いてきたじゃない。それに今度は、誰かのためだけじゃなくて、ルティナ自身がやりたいと思ったんでしょ?」
「……はい」
「だったら、なおさら大丈夫だと思う」
ルティナは少し驚いたように四堂悠太を見つめた後、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます、シドーさん」
騎士団の建物の向こうから、朝日がゆっくりと昇り始めていた。
三人には、それぞれ世界が平和になった後に歩いていきたい道がある。
その道が、いつまでも同じ場所へ続いているわけではない。
少し寂しい。
それでも、自分で選んだ未来なら応援したいと思った。
(……絶対、叶えよう)
リデルが王になるところも。
アレクシアがもう一度、騎士として歩き出すところも。
ルティナが、自分の好きな街を守っていくところも。
全部、見たい。
そのためにも、この世界を平和にしなければならない。
三人が笑って、それぞれの未来へ歩き出せる日まで。
全員で、辿り着こう。
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