第百三十九話 リデルは王に、アレクシアは騎士に、そして私は
その日の夜。
ルティナたちは騎士団の厚意で、団員たちが生活する寮に一泊させてもらうことになった。
夕食を終えると、四堂悠太は用意された男性用の客室へ向かい、リデル、アレクシア、ルティナの三人は、同じ部屋で夜を過ごすことになった。
旅を始めてから、三人だけでゆっくり話す機会は意外と少ない。
明日からはまた旅が始まることもあり、その夜は眠る前に、しばらく他愛のない話をしていた。
「しかし、今日は随分と楽しそうであったな、アレクシア」
ベッドに腰掛けていたリデルが、にやにやと笑いながら言った。
「な、何のことだ」
「惚けても無駄じゃ。騎士団へ着いてから、ずっと顔が緩んでおったぞ」
「そんなことはない!」
アレクシアが抗議するように振り返る。
すると、向かいに座っていたルティナまで口元に手を当てていた。
「私も、少しだけ。いつものアレクシアさんとは違って見えました」
「ルティナまで……」
二対一では分が悪いと思ったのか、アレクシアは諦めたように肩を落とした。
「……仕方ないだろう。あそこは、私が育った場所なのだから」
そう言ってから、少し照れたように笑う。
今日初めて知ったアレクシアの過去が、ルティナの胸にはまだ残っていた。 家族を失い、騎士団に引き取られ、そこで育った少女が、今日久しぶりに自分の帰る場所へ戻ってきた。
昔の仲間たちに囲まれたアレクシアが、いつもより楽しそうに見えたのも当然なのだろう。
「それで、アレクシア」
リデルが、ふと思い出したように尋ねた。
「世界を救った後は、どうするつもりなのじゃ?」
「世界を救った後?」
「あぁ。魔法少女たちとの戦いが終わり、この旅が終わった後じゃ」
アレクシアは少しだけ目を見開いた。
だが、すぐに穏やかな表情になる。
「……今日、団長ともその話をした」
「ほう?」
「世界が平和になったら、私はサランセルゴへ戻るつもりだ」
そこには、もう迷いがなかった。
「そして、もう一度騎士になる」
「やはり、そうするのですね」
「あぁ。団長に戻れるかどうかは分からないし、別に戻れなくても構わない。今日、昔の仲間や後輩たちと会って、改めて分かったんだ」
アレクシアは、少し懐かしむように目を細めた。
「私はやはり、あの場所で騎士として生きていきたい。この国で、仲間や民を守りながら生きていきたいと思っている」
「そうか」
リデルは、どこか嬉しそうに頷いた。
「アレクシアらしいのぅ」
「あぁ。私もそう思う」
アレクシアも小さく笑った。その笑顔は、何かに追い立てられているような以前のものとは違っていた。
ようやく自分が帰りたい場所を、自分で選べた人の笑顔だった。
「そういうリデルは、どうするんだ?」
「我か?」
「世界が平和になった後だ」
「そんなもの、決まっておる!」
待っていましたと言わんばかりに、リデルが胸を張る。
「我はアルブリー王国へ帰る。そして王になるため、今まで以上に鍛錬を続けながら、父上から国の治め方を学ぶつもりじゃ」
「やはり王を目指すのか」
「当然じゃ! いつか父上を超える立派な王になると決めておるからな!」
「お父上を超える、か。大きく出たな」
「父上だけではないぞ。どうせなら、歴代のアルブリー王の中で一番の名君を目指す!」
「……お父上が聞いたら、何と言うだろうな」
「決まっておる。『よく言った』と言うに違いない!」
「根拠はあるのか?」
「父上を知っておれば、根拠など要らん!」
自信満々に言い切るリデルに、アレクシアが小さく笑った。
「ルティナはどうするんだ?」
「……分かりません」
口に出してみると、自分でも少し驚いた。
リデルのために何をするか、アレクシアのために何をするか。それなら、いくらでも答えられる。だが、自分自身が何をしたいのかと聞かれると、すぐには答えが出てこなかった。
リデルがいつかアルブリー王国へ帰り、王になることを目指しているのは、ずっと前から知っている。そして今日、アレクシアも、旅が終わった後はあの場所へ帰るのだと、自分の未来を決めた。二人には、それぞれの未来がある。
(……いつまでも、三人一緒にいられるわけではないんですね)
今は毎日のように一緒にいる。
朝になれば同じ場所から出発し、戦いになれば互いに背中を預け、夜になれば同じ食卓を囲む。それがあまりにも当たり前になっていたせいで、どこかで、この日々がいつまでも続いていくような気がしていた。
だが、世界が平和になれば、リデルはアルブリー王国へ帰る。アレクシアはサランセルゴ共和国へ帰る。
それは、二人が自分で選んだ未来なのだから、喜ぶべきことだ。
(では、私は……?)
胸の奥に、ひとつの問いが浮かんだ。
二人がそれぞれの故郷へ帰った後、自分はどこへ行くのだろう。何をして生きていきたいのだろう。
世界を救い隊に入る前のように、ひたすら魔法の研究をして、長い人生の暇つぶしをするのか。
(いえ、それは違います)
そう考えた瞬間、少し前に戻ったリューベックの街が、自然と頭の中に浮かんだ。
石畳の大通り。露店から聞こえてくる商人たちの声。街を行き交う人々。冒険者たち。ブルーム公。
そして久しぶりに街へ帰ったとき、理由も分からないまま胸に浮かんだ言葉。
——この街を、守りたい。
(……あのときは、どうしてそんなことを思ったのか、自分でもよく分かりませんでした)
これまでだって、リューベックを守ろうと思ってきた。
だが、それは元々、リデルとアレクシアのためだった。二人が身を削ってまで、困った人たちを助けなくてもいいように。二人がいつでも安心して帰ってこられる場所を残しておくために。
そのために領主となり、ブルーム公に影武者をお願いし、自分にできることをしてきた。
けれど、今は。
(……少し違うのかもしれません)
リデルのためだけではない。アレクシアのためだけでもない。二人を大切に思う気持ちは、何も変わっていない。
それとは別に、自分自身が、あの街を好きになっていた。あの街を守りたいと思っていた。
「ルティナ?」
「……え?」
アレクシアに名前を呼ばれ、ルティナは我に返った。
「どうした? さっきから、ぼんやりしているぞ」
「いえ。少し、考え事をしていただけです」
「もしかして、お主も世界が平和になった後のことを考えておったのか?」
リデルにそう尋ねられ、ルティナは一瞬だけ答えに迷った。
何となく、答えはもう見え始めている。だが、まだ今は、それを言葉にするには少し早い気がした。
「……どうでしょう」
ルティナは、いつものように微笑んだ。
「今夜、少し考えてみます」
「そうか」
リデルも、それ以上は聞かなかった。
その夜、ベッドへ入ってからも、ルティナはなかなか眠ることができなかった。
リデルは王になる。アレクシアは騎士に戻る。ならば、自分は。
(……私は)
何度考えても、頭に浮かぶ場所は同じだった。
リューベック。あの街へ帰りたい。
そして今度は、誰かのために一時的に領主を務めるのではなく、自分自身の意思で、あの街の未来を守っていきたい。
そう考えた瞬間、これまで胸の奥にあった名前のない感情が、ようやく形になったような気がした。
(……そうですか)
暗い部屋の中で、ルティナは小さく微笑んだ。
(私にも、あったんですね。やりたいことが)
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