第百三十七話 七歳の頃と、家みたいなものだ
「アレクシア先輩!」
「お久しぶりです!」
「また稽古をつけてください!」
「団長だった頃の訓練、未だに語り草ですよ!」
「待て待て、一度に喋るな!」
気がつけば、アレクシアの周りには若い騎士たちが次々と集まっていた。
その中には、まだ十代半ばほどに見える若者もいる。どうやらアレクシアが騎士団長を務めていた頃、入団したばかりの見習いだったらしい。
「お前……背が伸びたな」
「それ、数か月前にリューベックの街から来た時にも言われました」
「そうだったか? 剣の腕は?」
「それも聞かれました。日々鍛錬を怠らず、精進しています」
「本当だろうな?」
「そこは信じてくださいよ!」
アレクシアの口元から、自然と笑みがこぼれる。
すると今度は、少し離れたところから声が飛んできた。
「アレクシア!」
「……っ」
アレクシアが振り返る。そこにいたのは、彼女と同じくらいの年頃の騎士だった。
「無事だったか!」
「あぁ」
二人は歩み寄ると、ごく自然な仕草で拳を軽く合わせた。
それだけで、付き合いの長さが伝わってくる。
「相変わらず無茶してるらしいな」
「誰から聞いた?」
「団長」
「……団長!」
アレクシアが勢いよく振り返る。
騎士団長は、悪びれる様子もなく腕を組んでいた。
「余計なことを言わないでください!」
「事実だろう」
「団長!」
周囲から、笑い声が上がった。
少し離れたところでその光景を眺めながら、四堂悠太は思わず目を細める。
(……アレクシア、こんな顔するんだ)
旅の途中でも、リューベックでも、アレクシアが笑う姿は何度も見てきた。けれど、今は少し違う。いつもどこかにあった張り詰めたものが消え、肩の力がすっかり抜けている。
世界を守る騎士でもない。絶対防御で仲間の前に立つ盾役でもない。昔から自分を知っている人たちに囲まれて、久しぶりの再会を喜んでいる、ただそれだけだった。
(本当に、大事な場所なんだな)
サランセルゴ共和国へ入ったとき、アレクシアが街並みを眺めていた表情を思い出す。
あのときは、どうしてあれほど懐かしそうな顔をしているのか分からなかった。
けれど今なら、その理由が少しだけ分かるような気がした。
***
しばらくして、アレクシアは四堂悠太たちを連れ、騎士団の敷地内にある寮へ向かった。
「ここは、騎士団員の生活区画だ。今も見習いから古参の騎士まで、多くの者が暮らしている」
廊下を歩きながら説明するアレクシアに、リデルが尋ねる。
「お主も、ここに住んでおったのか?」
「……あぁ」
アレクシアは短く答えたあと、少しだけ言いにくそうに前を向いた。
「七歳の頃からな」
「七歳⁉」
三人の声が、見事に重なった。
アレクシアが、しまったという顔をする。
「お主、七歳から騎士だったのか?」
「違う! そんなわけがあるか!」
「我は七歳の頃から、世界を救い隊の隊員として、リューベックを守っておったぞ」
「……そういえば、そうだったな」
「当然じゃ!」
胸を張るリデルを見て、四堂悠太は少しだけ遠い目をした。
「七歳で世界を救おうとしてたんだよね、リデル……」
「何を今さら言っておる」
「改めて考えると、結構すごいことしてたなと思って」
ルティナが、アレクシアへ視線を戻す。
「では、どうして七歳から騎士団の寮に?」
ルティナに尋ねられ、アレクシアは少し黙った。やがて、静かに口を開く。
「……私の父は、騎士だった」
「お父さんが?」
「あぁ。団長とは同期だったらしい」
四堂悠太は、先ほど騎士団長がアレクシアへ向けていた眼差しを思い出した。部下を見るというより、もっと昔から知っている誰かを見守るような目だった。
「父は、三国間戦争で死んだ」
その一言で、先ほどまでの空気が、静かに変わった。
「私が七歳の頃だ。その少し後に、母も病で亡くなった。身寄りがなくなった私を引き取って、この寮へ連れてきてくれたのが団長だった」
「……そうだったのか」
「あぁ。だから私にとって、ここは……」
アレクシアはそこで言葉を止め、ゆっくりと周囲を見渡した。
長い廊下。窓の向こうに見える訓練場。その先には食堂や、騎士たちが寝泊まりする部屋がある。
「……家みたいなものだ」
少し照れたように、アレクシアは言った。
「ここにいる人たちも、私にとっては家族みたいなものだ」
今度はリデルも、何も茶化さなかった。
「そうだったんだね」
四堂悠太が静かに言うと、アレクシアは小さく頷く。
「最初にここへ来た頃は、知らない大人ばかりでな。何を話せばいいのかも分からなくて、ずっと団長の服の裾を握っていたらしい」
「アレクシアが?」
思わず聞き返すと、アレクシアが少し気まずそうに眉を寄せた。
「七歳だったんだ。仕方がないだろう」
「いや、悪い意味じゃなくて。ちょっと想像できなくて」
「……私だって、昔から今の私だったわけではない」
「それはそうなんだけど……」
今のアレクシアしか知らない四堂悠太には、小さな彼女が不安そうに大人の服の裾を握っている姿が、なかなか結びつかなかった。
アレクシアは懐かしそうに廊下を見つめながら、話を続ける。
「ここへ来てからは、皆が私の面倒を見てくれた。食事を作ってくれた人もいた。剣の握り方を教えてくれた人もいた。夜に両親のことを思い出して泣いていたとき、何も聞かずに隣へ座ってくれた人もいる」
その言葉を聞いたとき、一人の少女の顔が四堂悠太の頭に浮かんだ。
(……ミアちゃん)
母親とはぐれ、一人きりで泣いていた女の子。
あのとき、真っ先に駆け寄ったのはアレクシアだった。
母親がフィーネの街にいると分かると、自分が送り届けると言ったのも彼女だった。
四堂悠太は、あのときのことを思い返す。
(……そうか)
アレクシアも七歳で、突然一人になった。
だから、泣いているミアを放っておけなかったのかもしれない。
もちろん、本人がそこまで考えていたのかは分からない。
ただ困っている子どもがいたから助けただけなのかもしれない。
でも、その「当たり前」がどこから生まれたのかは、少し分かった気がした。
「私は、ここで育った」
アレクシアが静かに言った。
「だから、騎士になりたいと思ったんだ。父と同じように。それから、私を育ててくれた皆と同じように」
一度言葉を切り、アレクシアは窓の外の訓練場を見た。
「困っている人がいたら、その前に立って守れる人間になりたかった。……私が、そうしてもらったようにな」
十五歳で、史上最年少の騎士団長になった少女。
絶対防御を使い、何度も仲間の前へ立ってきた少女。
どうしてそこまで誰かを守ろうとするのか、四堂悠太はようやく少し分かった。
(自分がしてもらったことを、今度は誰かに返したかったんだ)
四堂悠太には、それがアレクシアの騎士としての原点なのだと思えた。




