第百三十話 残り三人と、残り三人
しばらく休んだあとも、祠には変わらず水の音が響いていた。
四堂悠太は石段へ腰を下ろし、流れていく水を見つめていた。
今日、本当に危ないところまで追い込まれた。原因は、はっきりしている。
言わなければならないことがあった。
「……みんな」
四堂悠太は、ゆっくり顔を上げた。三人がこちらを見る。
「さっきは、ごめん」
「題名のことか?」
アレクシアの問いに、四堂悠太は頷いた。
「うん。それも含めて、ちゃんと話しておきたい」
少しだけ息を整える。
「僕が召喚できる主人公は、あと三人しかいない」
その言葉に、アレクシアとルティナの表情が僅かに引き締まった。
「三人……」
「うん」
リデルが首を傾げる。
「先ほどの聖女も、その中の一人なのじゃな?」
「そう。顔も性格も物語も覚えてる。忘れたのは題名だけ」
「一番必要なところだけ綺麗に抜け落ちたのぅ」
「そこは僕も不思議でしょうがないよ……」
もう一人についても話す。
「三人のうち、題名までちゃんと覚えてる主人公が一人いる。でも、その主人公は戦ったことがない」
「戦えないのか?」
アレクシアが尋ねる。
「青春小説の主人公だから。剣も魔法もないし、戦闘自体が一度もなかったんだ」
「では、何をしておったのじゃ?」
「高校生活を送って……小説を書いて……恋をしてた」
「……恋か」
リデルが、妙に真剣な顔になる。
「ウンディーネを口説くことはできぬのか?」
「いきなり知らない男に口説かれて道を通してくれるなら、今日の苦労は何だったの?」
「一応、試す価値は——」
「ないと思う」
「そうか」
意外とあっさり諦めた。
ルティナが少し考えてから尋ねる。
「つまりシドーさんは、その方を最初から戦力には数えていなかったんですね」
「うん」
そこまで答えて、四堂悠太は言葉を止めた。
そして、ふと気づいた。
「……三人」
「どうしたのじゃ?」
「残ってるスターナイツも、三人なんだ」
スターウンディーネ。スターノーム。そして——エレメント。
自分がまだ召喚していない主人公も、三人。
ただの偶然なのかもしれない。それでも、今日の戦いを経験したあとでは、その数字が妙に重く感じられた。
(今まで……どこかで楽観してたんだ)
十一作品もある。十一人も主人公がいる。全員を召喚する前に、魔王まで辿り着けるだろう。そう思っていた。
本音を言えば、黒歴史のタイトルを全部叫ばずに済めばありがたい、くらいに考えていたところもある。
だが、スターウンディーネ一人を相手に、召喚できなかっただけで、ここまで追い込まれた。
残っているスターナイツは三人。
そして、その先に何が待っているのかも分からない。
(……余るどころか、足りないかもしれない)
四堂悠太の背筋に、薄い寒気が走った。
「シドーさん?」
ルティナが心配そうに顔を覗き込む。
四堂悠太は、ゆっくり顔を上げた。
「……決めた」
「何をだ?」
「もう、戦えるかどうかだけで決めない」
三人が黙ってこちらを見ている。
「残ってる三人は、全員召喚するつもりで考える」
「戦えないという、その主人公もか?」
アレクシアに聞かれ、四堂悠太は頷いた。
「うん」
剣を振れない。魔法も使えない。今のところ、どう役に立つのかも分からない。
——それでも。
「戦えないからって、最初から何もできないって決めつけるのは違う気がする」
自分で生み出した主人公だ。
ならば、その人物にしかできないことが、きっと何かある。少なくとも、ろくに考えもしないうちから「使えない」と決めるべきではない。
「今日のウンディーネだってそうだったしね」
「どういう意味だ?」
「ウンディーネは強かった。でも、力任せに戦ってたわけじゃない。リデルの攻撃は受け流して、アレクシアの盾は無理に破ろうとしないで、ルティナの魔法もまともに受けなかった」
三人が黙る。
「強いからって、何でも力で押し切ろうとはしなかった。自分にできることを、ちゃんと考えて使ってた」
三人が黙る。
「能力が何かより、どう使うかの方が大事なのかもしれない」
言葉にしてみると、不思議と腑に落ちた。
戦えない主人公。今までは、それだけで候補から外していた。だが、本当にそうなのだろうか。
「……シドーさんらしいと思います」
ルティナが微笑んだ。
「え?」
「自分で創った方なのですから、ちゃんとその方のことを考えてあげてください」
「……うん」
その言葉が、少しだけ胸に残った。
「それに……」
四堂悠太は、水の精霊の祠を見回した。
「次も、スターノームから都合よく連絡が来るとは限らないからね」
「それは間違いない」
リデルが即答した。
「というか、あれを作戦に組み込む方がどうかしておる」
「分かってるよ……」
「ならばまず、聖女の題名を思い出すのだな」
アレクシアが口を開く。
「……はい」
「できれば、次にウンディーネと会うまでに」
「努力します……」
「今日中じゃ」
リデルまで加わった。
「期限が短くなった!」
三人の笑い声が、水音に混じった。四堂悠太も苦笑する。
それでも、胸の奥には先ほどまでとは違う感覚があった。
残り三作品。戦える主人公も、戦えないと思っていた主人公も。
もう、最初から可能性を捨てるつもりはない。
ただ、今のところ青春小説の主人公に、何を頼めばいいのかが分からない。スターウンディーネとの戦いに呼んだところで、剣も魔法も使えない高校生を、いきなり戦場へ放り込むだけになってしまう。
(呼ぶなら、ちゃんとあいつにしかできないことを考えてからだ)
だから今は、まず聖女の小説のタイトルを思い出す。
結局また、そこへ戻ってきた。
四堂悠太は額に手を当てた。
(本当に何だったっけ……)
答えは、まだ出なかった。
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