第百三十一話 帰ってきた故郷と、ルティナまで‼
サランセルゴ共和国の首都へ入ると、アレクシアは自然と背筋を伸ばした。
スターウンディーネとの戦いは、ひとまず仕切り直しになった。スターノームのところへ行ってしまったスターウンディーネは、いつ帰ってくるか分からないし、召喚に必要な聖女の小説のタイトルも、まだ思い出せていない。
ならば今できることをするしかない。そう考えた末に、中央騎士団への挨拶を先に済ませることにした。
かつてリューベックが最前線だった頃、団長が百人の騎士を派遣してくれた。それだけではない。アレクシア自身も、長くこの騎士団に所属していた。
石造りの建物が整然と並ぶ大通りには、多くの人々や馬車が行き交い、その向こうには議事堂と官庁街が見えている。
五年前まで、この国には王がいた。
だが今、その姿はない。
かつて王宮として使われていた建物の一部は、共和国の政庁となり、街のあちこちに掲げられた旗も、幼い頃に見ていたものとは変わっている。
(……変わったな)
この五年間、一度も故郷へ戻らなかったわけではない。魔王軍の侵攻に備え、リューベックへ送る援軍を求めるため、一時的に戻ったこともあった。
それでも、こうしてゆっくりと街を眺めながら馬車を走らせていると、五年前の出来事が、この国をどれほど大きく変えたのかを改めて感じる。
かつてのサランセルゴ王国は、長く続いた三国間の争いの中でも、特に苛烈な侵攻を繰り返していた。
北のヴィンラント連合へ。
南のアルブリー王国へ。
当時の王は、より多くの領土を手に入れることに執着し、何度失敗しても軍を送り続けた。
初めの頃、戦場へ送られていたのは騎士や傭兵が中心だったという。だが無謀な戦いを繰り返すうち、それだけでは兵力が足りなくなり、やがて一般の民まで徴兵されるようになった。それでも、王は戦争をやめなかった。
次こそ勝てる。次の土地を奪えば、国はもっと豊かになる。
そんな言葉の下で、帰ってこない人間だけが増えていった。騎士も。徴兵された民も。誰かの父も、誰かの息子も。
そして——アレクシアの父も、その一人だった。
七歳の頃。騎士として戦場へ向かった父は、二度と家へ帰ってこなかった。その少し後には母も病で亡くなった。身寄りを失ったアレクシアを引き取ってくれたのが、父と同期だった一人の騎士だった。
その男に手を引かれ、初めて中央騎士団の寮へ入った日のことは、十一年が経った今でも覚えている。
周りにいたのは、自分より遥かに大きな大人ばかり。
鎧を身に着けた騎士たちが歩くたびに金属の音が響き、それまで暮らしていた家とは何もかもが違って見えた。
怖かった。何を話せばいいのかも分からなかった。
ただ一人知っているその男から離れるのが不安で、黙ったまま服の裾を握っていた。
(……あれから、十一年か)
あの頃の自分が、今の姿を見たら何と思うのだろう。
「アレクシア?」
馬車の中から、四堂悠太が顔を覗かせた。
「どうしたの? さっきから、ずっと街を見てるけど」
「……いや」
アレクシアは小さく首を振り、再び前を向く。
「少し、昔のことを思い出していただけだ」
「そっか」
それ以上、四堂悠太は聞いてこなかった。アレクシアも、自分から話そうとはしなかった。
四堂悠太たちは、まだ知らない。
アレクシアが七歳の頃から中央騎士団の寮で育ったことも。
これから向かう場所が、単に以前働いていた騎士団ではないことも。
(……もうすぐだな)
アレクシアは手綱を握り直した。
懐かしい場所へ帰るだけなのに、不思議と少しだけ胸が高鳴っていた。
***
「着いたぞ」
ほどなくして、馬車が大きな門の前で止まった。
サランセルゴ共和国中央騎士団。
首都の一角に広大な敷地を持つその施設は、国そのものが大きく変わった後も、記憶にある姿とほとんど変わっていなかった。
大きな正門。
その向こうに広がる訓練場。
騎士たちが生活する寮。
さらに奥には、騎士団本部の建物が見える。
御者台から降りると、アレクシアはしばらく何も言わず、その門を見上げた。
(……帰ってきた)
そう思った瞬間、胸の奥に、何とも言えない感覚が広がっていく。
懐かしい。
嬉しい。
それなのに、少しだけ緊張している。
以前、一時的に帰還したときとは違う。
あの時はリューベックへ送る援軍を頼むために来ただけで、ゆっくり懐かしむ余裕などなかった。
今日は違う。
自分の仲間たちを連れて、ここへ戻ってきた。
それが、少しくすぐったかった。
「そこで何をしている?」
門の内側から、一人の若い騎士が近づいてきた。
「中央騎士団に何かご用ですか。用件を——」
そこまで言ったところで、その騎士の足が止まった。
「……え?」
目が大きく見開かれる。
「ア、アレクシア様⁉」
「久しぶりだな」
アレクシアが笑うと、その声に気づいた別の騎士までこちらを振り返った。
「アレクシア様だ!」
「本当に⁉」
「戻ってきたぞ!」
「誰か団長を呼べ!」
「待て、私は別に大した用事があって来たわけでは——」
止める間もなかった。声はあっという間に騎士団の中へ伝わり、建物の扉が開くたびに、一人、また一人と騎士たちが姿を現す。
「本当にアレクシア様だ!」
「お久しぶりです!」
「ご無事だったんですね!」
「……少し待て。なぜこんな大事になっている」
アレクシアが困ったように眉を寄せる。
その後ろで、リデルが楽しそうに笑っていた。
「随分と人気者ではないか」
「笑うな」
「笑っておらんぞ」
「顔が笑っている」
「気のせいじゃ」
アレクシアは小さく息を吐き、今度はルティナを見る。
「……ルティナ、助けてくれ」
「……私も、少し笑ってしまいました。すみません」
「ルティナまで‼」
アレクシアが頭を抱える。
四堂悠太は、そんな三人を見ながら思った。
(……アレクシアって、本当にここで大切にされてたんだな)
普段は強くて、誰より前に立ち、誰かを守ろうとする。
そんなアレクシアにも、帰ってきたことを心から喜んでくれる場所がある。
それを知れただけでも、ここへ来た意味はあったのかもしれない。
——そのときだった。




