第百二十九話 ノーム、ありがとう‼
スターウンディーネは、すぐに表情を引き締めた。
「では、そろそろ終わらせましょう」
その言葉と同時に、祠を流れていた水が動き始める。一本。二本。細い水流が、次々とスターウンディーネの周囲へ集まり、渦を作っていく。
「なんじゃ……?」
リデルが身構えた。
今まで、スターウンディーネはほとんど魔法らしい魔法を使っていない。拳と蹴りが中心で、水も足運びや目くらましに使う程度だった。
だが、今は違う。集まった水が、スターウンディーネの前で大きな渦となった。
「アレクシアさん!」
ルティナの表情が変わった。
「かなり大きな魔力です!」
「分かっている!」
アレクシアが三人の前へ出た。盾を地面へ据え、両足に力を込める。
「後ろへ下がれ!」
スターウンディーネは、両手を胸元で重ねた。
「申し訳ありません。少々、強くいきます」
(その構え……!)
四堂悠太には分かった。
アニメで何度も観た、見慣れたモーションだった。スターウンディーネの必殺技がくる。
「アクアブレスが来る! アレクシア!」
「分かっている!」
スターウンディーネが両手を前へ向けた。
「——アクアブレス‼」
瞬間。水が爆発した。
「絶対防御‼」
アレクシアの前に、巨大な光の壁が展開される。そこへ圧縮された大量の水が、真正面から叩きつけられた。轟音が祠全体を揺らす。
「ぐっ……‼」
アレクシアの表情が歪んだ。絶対防御の壁は破られていない。それでも水圧そのものが凄まじく、足元の石畳が軋み、アレクシアの身体が少しずつ後ろへ押されていく。
「アレクシア!」
リデルが駆け寄ろうとした。
「来るな‼」
アレクシアが叫ぶ。
「ここは私が受ける! お前たちは次に備えろ!」
両腕が震えている。額から汗が流れ、歯を強く食いしばっている。それでも、一歩も退こうとはしない。
(まずい……)
四堂悠太は唇を噛んだ。聖女を召喚できれば——分かっている。だが、タイトルが出てこない。知っているはずなのに。自分で書いたはずなのに。
(こんなところで——)
——そのときだった。
ピィン——。
小さな音が鳴った。
「……?」
スターウンディーネの表情が変わる。アクアブレスが止まり、衣装に付けられた小さな魔法道具が淡く光っていた。
「……ノーム?」
スターウンディーネが、すぐに道具へ触れる。
『……ウンディーネ……』
か細い声が聞こえた。泣いている。四堂悠太にも、それだけはすぐ分かった。
先ほどまで戦いに集中していたスターウンディーネの表情が、ふっと和らいだ。
「ノーム? どうしたんですか?」
『わ、わたし……その……』
「大丈夫ですよ」
声まで柔らかくなった。
「落ち着いてください。ゆっくりで構いませんから」
『……う、うん……』
スターウンディーネは、黙って話を聞いている。
四堂悠太たちには、内容までは聞き取れなかった。だが、途中でスターウンディーネの眉が僅かに寄った。
「……分かりました」
静かに頷く。
「今すぐ、そちらへ行きますから」
通信を切ると、改めて四堂悠太たちへ向き直った。
「申し訳ありません」
「え?」
「急用ができましたので、今日はこれで失礼します」
「…………」
リデルが目を瞬く。
「……帰るのか?」
「はい。ノームを一人にはしておけませんので」
それだけ言うと、スターウンディーネは丁寧に頭を下げた。
「次にお会いするときまでに、正式な題名を思い出しておくことをおすすめします」
「……努力します」
「シドー、敵から宿題を出されたぞ」
「言わないで。今、結構傷ついてるから」
スターウンディーネが、ほんの僅かに笑ったように見えた。
その身体が水色の光に包まれ、静かに消えていく。あとには、水の流れる音だけが残った。
「…………」
誰も、すぐには口を開かなかった。
四堂悠太は、スターウンディーネが消えた場所を見つめる。そして心の中で、まだ話したことのない少女へ深く感謝した。
(ノーム、ありがとう‼)
本気だった。あと少し通信が遅ければ、どうなっていたか分からない。
それでも、ほっとした途端、電話の向こうで泣いていた少女のことが気になった。
(……ノーム、大丈夫なのかな)
「助かったのぅ……」
リデルが、その場に腰を下ろした。
「あぁ」
アレクシアも盾を下ろし、大きく息を吐く。
ルティナも胸に手を当て、安堵したように息をついた。
しばらくして、リデルが四堂悠太を見る。
「ところでシドー」
「……なに? 嫌な予感がするんだけど」
「先ほど叫んでおった五つの題名じゃが」
「やっぱりその話か」
「本当に、お主の作品ではないのか?」
「違う」
「一つくらい書いていそうじゃが」
「僕もちょっとそう思ってるのが一番嫌なんだよ……」
過去の自分に聞けるものなら、問い詰めてみたかった。




