第百二十八話 全部、違ったようですね
ルティナが杖を掲げると、スターウンディーネの足元から複数の石槍が突き出した。
「今だ!」
アレクシアが逃げ道を塞ぐように盾を押し出す。背後からはリデルが迫っている。足元からはルティナの魔法。
「良い連携です」
それでも、スターウンディーネは慌てなかった。
石槍が地面から飛び出す、ほんの僅か前、スターウンディーネが足元の水を強く踏みつける。大量の水飛沫が舞い上がった。
「っ……!」
ルティナが反射的に目を閉じた。
ほんの一瞬だった。
「なっ⁉」
アレクシアの肩に、スターウンディーネの片足が乗っていた。そのまま肩を踏み台にして高く跳び上がる。
リデルのハンマーが、誰もいなくなった空間を薙ぎ払った。
「おい、待て!」
アレクシアが慌てて盾を引く。
もう少し遅ければ、リデルのハンマーを真正面から受けるところだった。
スターウンディーネは空中で身体を捻ると、音もなく着地する。足元の水に、小さな波紋が広がった。
「お互いの動きを、もう少し見た方が良さそうですね」
「……っ」
「今の攻撃では、私が避けた後、お二人がぶつかるところでした」
リデルとアレクシアが、同時に黙った。
「……敵に戦い方を教えられたぞ」
リデルが、低い声で呟く。
「そのようだな」
「我のせいだけではないぞ」
「分かっている。だから余計に腹が立つ」
二人のやり取りを見て、スターウンディーネが僅かに微笑んだ。
「仲が良いのですね」
「そこまで含めて冷静に分析しなくていいから!」
四堂悠太は思わず声を上げた。だが、笑っている場合ではない。
(強い……)
スターウンディーネの戦い方には、とにかく無駄がない。リデルの力は、まともに受ける必要がないとでもいうように逸らす。アレクシアの防御も、無理に突破しようとはせず、盾のない場所へ回り込む。ルティナの魔法には、僅かな水飛沫だけで視界を奪い、発動する位置から抜け出してみせた。
攻撃を受けるたび、全員の癖まで覚えているように見える。
(だったら、こっちも召喚しないと……!)
四堂悠太は右手を掲げた。
「来い——!」
そこまで言って、止まった。
「…………」
「シドー?」
アレクシアが盾を構えたまま、振り返る。
「どうした?」
(タイトル!)
四堂悠太の額から汗が流れ落ちた。昨夜からずっと考えていた。馬車の中でも考えていた。それでも出てこない。
「シドー?」
「……もう少しだけ待って」
「何をだ?」
「僕の記憶が戻るのを」
「今からか?」
アレクシアの声が低くなった。
当然だった。四堂悠太は、祠へ着くまでには思い出せるだろうと考え、このことを黙っていたのだから。
「ごめん。実はずっと思い出そうとしてるんだけど、思い出せてない」
「なぜ今まで黙っていた!」
「言ったら不安になると思って……。それに、今までは戦ってるうちに思い出せてたから、今回もどうにかなるかなって」
「何ともなっていないし、今聞いた方が不安だ!」
「それは本当にそう!」
反論できなかった。
スターウンディーネまで、僅かに眉を寄せている。
「……何か、お困りのようですね」
「ウンディーネにまで気を遣われると、本格的に情けなくなってくるな……」
しかしスターウンディーネは待ってくれない。水面を蹴り、再びアレクシアへ迫った。
「くっ!」
拳。蹴り。掌底。
アレクシアが盾を細かく動かし、一撃ずつ受け止めていく。サンダーのように力で押し切る戦い方ではない。その代わり、一撃一撃が速く、次の攻撃へ途切れることなく繋がっている。
「シドー! 早くしろ!」
「分かってる!」
(聖女……追放……婚約破棄……転生……辺境……)
頭の中に、それらしい単語だけが浮かんでは消えていく。どれも自分が付けそうな題名だった。それが、さらに腹立たしい。
(もう、候補を片っ端から叫ぶしかない!)
四堂悠太は、覚悟を決めた。
「『追放された元聖女のやり直し無双』!」
何も起こらない。
リデルが戦いながら、ちらりとこちらを見る。
「……違った」
「分かるのか?」
「召喚されないからね!」
「便利なのか不便なのか分からん能力じゃな!」
「今それを考えないで!」
次だ。
「『聖女ですが婚約破棄されたのでスローライフします』!」
何も起きない。
「『転生聖女は辺境で静かに暮らしたい』!」
沈黙。
「『役立たず聖女と呼ばれた私ですが、本当は万能の浄化魔法持ちでした』!」
やはり、何も起こらない。
アレクシアが盾越しに叫んだ。
「本当にお前が書いた作品なのか!」
「僕が一番不安になってきた!」
過去の自分なら、どれか一つくらい書いていてもおかしくない。それが恐ろしかった。
「最後!」
四堂悠太は大きく息を吸った。
「『追放聖女、実は隣国で溺愛されてます』!」
——何も起こらなかった。
「…………」
ほんの一瞬。戦場に、妙な沈黙が落ちた。スターウンディーネまで、攻撃の手を止めている。
「……全部、違ったようですね」
「……はい」
今回は、素直に認めるしかなかった。
(五個も叫んで、一個もかすってない……)
別の意味で、心が折れそうだった。
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