第百二十七話 水の精霊の祠と、確かめ方が違う‼
国境を越え、サランセルゴ共和国へ入ってから、さらに馬車を走らせる。その日の午後、四人は馬車を降り、水の精霊の祠へと続く道を歩いていた。
木々の間を抜けると、やがて古びた石造りの建物が姿を現した。
「……綺麗だな」
アレクシアが、静かに呟いた。
水の精霊の祠。周囲には透き通った水が幾筋にも分かれて流れ、石造りの祠を取り囲むように巡っている。崩れかけた柱には無数の水滴が付き、木々の隙間から差し込む陽光を受けて、細かな宝石のように輝いていた。足元の石畳にも薄く水が張り、一歩進むたびに小さな波紋が広がっていく。
聞こえるのは、水の流れる音だけ。静かで、美しい場所だった。
だが、なぜか四堂悠太には、その静けさが妙に冷たく感じられた。
「誰かおるぞ」
リデルが足を止めた。
祠の奥に、一人の少女が立っている。青を基調とした衣装に身を包み、水色の長い髪を背中へ流した少女だった。四堂悠太たちが近づいても、慌てる様子はない。少女は静かにこちらを見つめると、丁寧に一礼した。
「ようこそ、水の精霊の祠へ。……と、お迎えしたいところなのですが」
落ち着いた声だった。
「残念ながら、皆さんをこの先へ通すわけにはいきません」
(……やっぱり)
四堂悠太は、僅かに息を呑んだ。
「私はスターウンディーネ。よろしくお願いします」
「ウンディーネ……」
四堂悠太が呟くと、スターウンディーネは静かに頷いた。淡い水色の長い髪に、水を思わせる青と白の衣装。穏やかな表情を浮かべているのに、その立ち姿には不思議な落ち着きがあり、澄んだ瞳には揺るぎない意志が宿っている。
(アニメで何度見たか分からない。でも……実際に目の前にすると、こんなに凛々しいんだな)
「あなたが四堂悠太さんですね」
「僕を知ってるの?」
「はい。エレメントから、お話は聞いています」
「……エレメントから」
その名前を聞くと、今でも胸の奥に複雑なものが込み上げてくる。だが、今はそれを考えている場合ではない。
「ウンディーネ。僕たちは——」
「申し訳ありません」
四堂悠太が話し終える前に、スターウンディーネは穏やかな声で遮った。
「皆さんが何を求めてここまで来たのかは、分かっています。それでも私は、自分の役目を放棄することはできません」
「……話し合いでは、どうにもならないということか」
アレクシアが盾に手を掛ける。スターウンディーネは、ほんの僅かに寂しそうな表情を浮かべた。
「そうですね。……残念ですが」
そう言うと、右足を半歩だけ後ろへ引いた。
拳を握り締めるわけでもなければ、大きく腰を落とすわけでもない。
両手を軽く開き、自然に立っているだけに見えた。
(……隙だらけに見えるけど)
アレクシアが、盾を構えながら鋭く目を細める。
「気をつけろ」
「え?」
「あれは隙ではない」
言い終えるより早く、リデルが地面を蹴った。
「ならば我が確かめてやる!」
「リデル、聞いていたか⁉」
「聞いておった。だから確かめると言うておる‼」
「それは確かめ方が違う‼」
重いハンマーを肩に担ぎ、一気に距離を詰める。リデルは全身の力を乗せ、ハンマーを真横から薙ぎ払った。空気が唸る。まともに受ければ、人間どころか石柱すら砕きかねない一撃だった。
だがスターウンディーネは、逃げなかった。
「……っ?」
ハンマーが届く寸前、スターウンディーネが半歩だけ前へ出た。
「なっ——」
威力が最大になる、その直前、左手がハンマーの柄へ触れた。
受け止めたのではない。ほんの僅かに、力の向きを変えた。
「ぬぉっ⁉」
ハンマーがスターウンディーネの脇を通り過ぎる。
勢いを殺し切れず、リデルの体が前へ流れた。
「素晴らしい力ですね」
すぐ近くから、穏やかな声が聞こえる。
「ですが、大きな一撃ほど、外した後には隙ができます」
右の掌が、リデルの脇腹へ叩き込まれた。
「ぐっ……‼」
派手な攻撃ではなかった。
だが、崩れた体勢の中で最も耐えづらい方向から、正確に衝撃を入れられた。
リデルの身体が横へ飛ばされ、石畳の上を転がる。
「リデル‼」
「まだじゃ‼」
リデルは片手を地面について勢いを殺すと、すぐに体を起こした。
その間に、アレクシアが前へ出る。
「私を忘れるな‼」
大盾を構え、正面から突っ込んだ。
「忘れてはいませんよ」
スターウンディーネの足元で、水が小さく弾けた。次の瞬間、その姿が横へ流れる。
「速い……!」
アレクシアが盾の向きを変えた。
ガンッ——‼
スターウンディーネの拳が盾へ叩き込まれ、重い音が祠の中へ響き渡る。アレクシアの両足が石畳の上を僅かに滑った。
「な……」
四堂悠太は、目を見開いた。もちろん、絶対防御を破ったわけではない。それでも、あのアレクシアを力で後ろへ動かした。
「良い防御ですね」
スターウンディーネは、素直に感心したようだった。
「正面から崩すのは、難しそうです」
「当然だ‼」
アレクシアが盾を振り抜く。
スターウンディーネはすぐに距離を取り、再び踏み込む。右。左。右へ行くと見せ、身体を沈めて左へ回る。
「くっ……!」
アレクシアの盾が、その動きを追いかける。
(絶対防御を破ろうとしていないんだ)
四堂悠太は、ようやく気づいた。
正面から崩せないと分かった瞬間、スターウンディーネは盾のない場所だけを狙っている。
リデルの力は受けずに流す。
アレクシアの盾は、突破せずに避ける。
自分の攻撃が通らない場所へ、無駄な力を使わない。
(冷静だ……)
スターシルフとも、スターサラマンダーとも違う。
スターウンディーネは、相手の強さを正しく認めたうえで、そこへ真っ向からぶつかろうとはしない。
厄介な相手だった。
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