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第十二話 やばい人

「起きろ! シドー、朝じゃ‼」


 完全に熟睡していた四堂悠太は、何が起きたか分からず飛び起きた。

 昨晩は、世界を救い隊隊長のヴィクターに、盛大な歓迎会を開いてもらい、宿屋に泊まってすぐ寝た。朝早くからの長距離移動に、魔物との遭遇が重なって、疲れ果てていたのだ。

 窓の外はまだ薄暗い。そして体の上が何だか重くて、ふさふさした毛が巻き付いているような感覚があってかゆい。

 眠い目をこすってよくよく見ると、——昨日あったばかりのリデルが、自分の上に乗っていた。


「うわっ‼ 何で、ここにリデルが⁉」

「今日は魔法の特訓をする予定であったろう。我は魔法が使えぬから参加できぬが、代わりに朝起こす役割をルティナに任されたのだ」

「朝……といっても、まだ薄暗いですが……。あとシドーって誰……?」

「薄暗いって、日の出が薄暗いのは当たり前であろう! シドーとは、お主の名じゃ。寝ぼけ過ぎであるぞ‼」


 リデルは怒って、四堂悠太の顔に、尻尾で往復ビンタを何度もした。


「い、いたかゆっ……」


 モフモフの毛並みではたかれたお陰で、目は覚めた。


(朝起こすにしても、日の出からじゃなくても良いんじゃないか……)


 獣人のリデルにとって、朝とは夜明けのことらしい。でも、農家でも獣人でもない自分には、少々早すぎる。が、モフモフの尻尾にはたかれて起きるのは、悪くない。猫と一緒に寝る人は、こういう感覚を毎朝味わっているのか。そういえば、大好きな魔法少女のスターエレメントも、猫——ではないが、猫型妖精のねこニャンと寝起きを共にしていた。ということは、毎朝の目覚めはこんな感じだったのかな。


(猫を飼うのも有りだな……)


 猫ではなく、ライオン型獣人のリデルを見てそう思った。


「うむ……、ようやく目が覚めたようじゃな。では早速、時計塔前の広場に行くぞ。そこでルティナが待っておる」


 満足げな笑みを浮かべ、リデルはぴょんと身軽にベッドの脇に飛び降りた。


(そういえば着替えがない……)


 制服のまま寝ていたし、このまま制服で行くしかない。異世界に転生してくるなら、せめて着替えの一枚くらい持ってこれれば良かったと思ったが、どうにもならない。



***



 宿屋を出て、リデルに時計塔前の広場まで案内してもらった。この街に来たのは、昨晩が初めてで、まだ街の構造が全然分からない。しかもまだ夜明けで、どの店も開いてないし、起きて活動している人もいない。一人で時計塔前まで行けと言われたら、確実に道に迷っていた。

 道中あまりに誰もいなくて、


(エルフのルティナが、こんな早くに起きているかな……)


 と、一抹の不安を抱いたが、そんな質問をする間もなく、リデルは自らの朝の鍛錬があるからと、広場に到着するやいなや、どこかへ走り去ってしまった。

 仕方なく時計塔のすぐ下まで行くと、綺麗な銀髪のエルフが、まだ薄暗い中一人で座っていた。

 ワナビ脳からでなく、ただ純粋にその光景が綺麗だと思ったから、目が合ってにっこり微笑まれたとき、少しだけどきりとした。


「シドーさん。こんな朝早くから呼び出してごめんなさいね」

「い、いや、早く魔法を使えるようになりたいので。ルティナさんこそ、こんな朝早くから付き合っていただいてすみません」


 昨日、ドラゴンに遭遇して、なすすべもなく死を覚悟したのを思い出した。

 あの時感じたのは、恐怖でも絶望でもなかった。自分でも意外だったけど、みんなの役に立てないことが何よりも苦しかった。もしヴィクターの言う通り、無属性魔法が使えるなら、一日でも早く使えるようになりたい。誰かが自分をかばって死んでいくのは、耐えられない。


「いえ、この世界を救うためにできることはしたいのです。コレットもネリサも同じ気持ちだと言ってくれましたが、昨日は長距離移動に、魔物との連戦で疲れているでしょうから、今日はしっかり休んでもらうことにしました。あ、でも、シドーさんも疲れていますよね?」

「僕は……、戦っていないので、疲れていません」

「あぁ……そうでしたよね。確かに、ドラゴンの中でも最強クラスのレッドドラゴンに遭遇するなんて不運でした。でも、それにしても、パーティの役に立つどころか、ただ仲間に守られて、仲間が傷つき斃れていくのを見ていることしかできなくて、さぞ無力感で一杯だったでしょう。見たことも聞いたこともない無属性魔法なんて、本当に使えるのか……と、自分や周囲を疑い始め、やがてそれは大きな闇となって世界を覆いつくすかもしれない……。ふふふふふふ……、良いですねぇ」


 ルティナは薄暗い壊れた時計塔の前でひとり、うっとりして笑っている。


(なにこれ、ホラーかな)


 ルティナの佇まいも、言ってることも、めちゃくちゃ怖い。今来たところだけど、回れ右して帰りたいくらいだ。


「少し、私のことをお話しても構いませんか?」


 四堂悠太が怖がっていることを分かっているのかいないのか、ルティナはそのままの口調で続けた。


「あ、はい、どうぞ……」

「私、よくすごいヒーラーだと褒められるんです。エルフだというのもありますけど、魔力がひとより多くて、これまで一度も魔力が切れたことがないんです。だから皆さん、ヒーラーの鑑だとか、天才魔導士だとか言ってくださるんですけど……。私が魔力を節約しながら治癒魔法を使う本当の理由は、魔力の温存のためなんかではないのです。傷ついた人が、ギリギリ生死の境を彷徨うのを見るのが大好きで」


(やばい人だ……‼)


「そうやって冒険していたら、周囲から魔力の調整が上手すぎて、魔力切れにならない、底なし魔力だと誤解されてしまいました。

私はただ、目の前の傷ついた人が、生きるも死ぬも全て私の気分次第で、パーティメンバーの命を私が握っているというシチュエーションが、最高にたぎるだけなのですけど」

「そ、そうなんですか……」


 うっとりしながら話すルティナに、相槌を打つのが精一杯だった。


 悪徳領主に政治献金していると聞いたときから、腹に一物持っているのかなとは思っていたけど、一物どころじゃない、二物や三物、何ならもっと深い闇を持っているのかもしれない。

 しかし天才というのは、変わり者が多いものだし。動機はアレかもしれないが、周囲の評判を聞くに、ルティナが天才的な魔法使いなのは間違いなさそうだ。一日でも早く、魔法が使えるようになりたい。みんなの役に立ちたい。その決意は変わらない。だったら、やはりルティナに魔法を教わるのが良いのだろう。


「だから、もしかしたら、魔法の特訓の最中でも、つい私の悪い癖がでて、シドーさんを死なせてしまうかもしれませんけど、それでも良いですか?」


 ルティナは美しい顔を少し傾げて、にっこり笑って聞いた。


「え……、良い訳ないでしょ‼ 一日も早く魔法が使えるようになりたいとは思いますけど、死ぬのは絶対嫌です‼ 大体、修行で死んでたら意味ないし‼ 絶対に死なない感じでお願いしたいのですが……」

「ふふ……、分かりました。できるだけ頑張ってみますね。

では早速練習に入りましょうか。五大精霊の基礎魔法については、ネリサから教わったと聞いていますが、一つもできなかったのですよね?」

「はい……、一階層の魔法をいくつかやってみましたが、全部だめでした」

「魔法は一階層から十五階層まで、たくさんの種類がありますが、どの魔法も使うのに重要なことは二つだけです。正確に呪文を詠唱すること、そして脳内で魔法の効果を具体的にイメージすること。

まず呪文についてですが、私のような熟練者は、呪文無しで発動させたりしますが、それも十階層まで。精霊との契約が必要な十一階層からの魔法は、正確に呪文を唱えることが必須ですし、初心者であれば、一階層の魔法であっても、呪文の詠唱は絶対に必要です。もしかするとここに、シドーさんのできない理由があるのかもしれませんね」

「……それはどういう?」

「正確に呪文を詠唱しなければならないということは、呪文が何か知っていなければならないということです。五大精霊の眷属魔法なら、私も全て呪文を記憶していますが、無属性魔法となると、一体どんな呪文なのか見当もつきません。呪文が分からなければ、魔法が発動しないのは、当たり前のことです」

「え……。無属性魔法の呪文って、ルティナさんでも知らないってことですか? ……そういえばヴィクターが、もし無属性魔法について知りたければ、魔王に聞くしかない。この世界で無属性魔法が使えるのは、魔王しかいないのだからと言っていた気がします」


 ヴィクターやコレットが、実際の無属性魔法を見たことがないと驚いていたのを思い出した。


「魔王が使うとは聞いていますが、実際に呪文の詠唱を聞いた訳ではありません。魔王軍が世界を破壊した痕跡を調査した結果、無属性魔法が検知されたというだけで。

この世界で知っていそうなのは、世界の創世と共に生きているエルフの長老、くらいでしょうか。長老が住んでいるのはここからかなり離れた隠れ里ですが、聞きに行く価値はあるかもしれません。ただ、片道急いでも十日はかかるでしょうから、往復と現地での滞在期間を考えると、最低でも一ヶ月かかるとみておくべきでしょう。その間、リューベックの守りは、アレクシアとリデルの二人に任せることになります」

「たった二人だけで大丈夫かな?」


 絶対防御のアレクシアと破壊神リデライン——この二人は世界最強パーティの一員だ。でも、ここ数年は守ることで精一杯だと聞いている。


「不安な要素はあります。ですが、無属性魔法の呪文を知っているのが、エルフの長老だけであるなら、聞きに行くしかないでしょう。

それか……シドーさん、無属性魔法と聞いて、何か思い当たることがありますか?」

「無属性魔法……」


 考えてみた。無属性魔法——精霊の力を借りない魔法だ。このレインボーランドでは、魔王以外使えないと言われているから、どちらかといえば究極魔法に近いのだろう。でも、呪文についての心当たりは、全くない。


「考えてみましたが、特に……」

「そうですか。ではやはり、エルフの長老を訪ねてみましょう。でもその前に一度、魔王軍に滅ぼされた街を見に行ってみましょうか。使われた魔法の痕跡から、何か分かることがあるかもしれません。本当にシドーさんが無属性魔法を使えるのだとしたら、その準備は、すでに整っているはずですから」


 にこにこ笑いながら、ルティナは断言した。

 この世界で無属性魔法が使える人は魔王以外いないはずなのに、ここまで信じてくれるのはなんでだろう。


「自分では魔法が使える準備が整っているなんて、全然感じないんですけど、本当に……?」

「ヴィクターも言っていたと思いますが、魔法石の精度は高く、これまで誤った判定をしたことがありません。無属性魔法の素質があると判断した以上、シドーさんには使えるはずです。

そしてここからは個人の感想ですが、——ここ数年でこれまでなかったことが次々と起きています。異世界から魔王がやってきてレインボーランドを侵略しだしたこと、私たちが翻弄され続けてきたこと。もうこのままでは、近いうちにこの世界は終わるだろうと誰もが考えていました。そんなときに突然、異世界から無属性魔法が使える人がやってきて、この世界を救ってくれると言う。

思い出したんです。昔、エルフの里で長老が読んでくれた本に、『世界に巨大な厄災が訪れし時、異世界から伝説の戦士が現れ、世界を救ってくれるだろう』と書かれていたことを」


 至極真面目な顔をして言うルティナには悪いと思ったけど、突っ込みどころが多すぎてどんな反応を返して良いのか戸惑った。


「えーっと……、無属性魔法が使える人が、伝説の戦士なんですか? 伝説の魔法使いとかじゃなくて?」

「確かに……変ですね。この世界に存在しない究極の魔法が使えるというのに、伝説の戦士だなんて。……まぁ長老の言っていたことなんて、半分おとぎ話ですから」


 ルティナはそう言って笑った。

 でも、何かが引っ掛かった。

 伝説の戦士と聞くと、すぐ思い浮かぶ人がいる。——スターエレメントだ。

 魔法少女スターナイツは、アニメの中で、「伝説の戦士」と呼ばれていた。魔法少女なのに、伝説の戦士で、ぶっちゃけ魔法攻撃するより物理攻撃することの方が多くて、「エレメントパンチ」は、地面に向かって撃てば、クレーターができるほどの威力を持つ。


(もうさ……魔法少女じゃなくて、物理少女だよね)


 スターエレメントのことはともかく、このレインボーランドでも、世界を救うのは「異世界から来た伝説の戦士」らしい。


(この共通点も偶然なのかな。異世界から来た伝説の戦士って、まさかスターエレメントじゃないよな?)


 この世界に来る直前、スターエレメントに出会った。でもそれ以来、彼女の姿を一度も見ていない。もしスターエレメントも、同じくこの世界に来てしまっていたら、——この世界を救う伝説の戦士は、彼女のことかもしれない。


(いや、待てよ。それか、散々「無属性魔法が使えるはずだ」と言われ続けている僕が、伝説の戦士という可能性もあるのか? てことはつまり……僕があのフリフリの戦闘服に変身するってこと⁉)


 魔法少女に変身した自分を想像して、何とも言えない気持ちになった。大好きなスターエレメントとお揃いになれるのは嬉しいけど、なんか違う気がする。


(いや、お揃いって言っても……向こうはフリフリのミニスカートで、僕は同じデザインの男性版……ということは、僕にもフリルとリボンが……⁉)


 想像の中の自分に、ピンク基調のフリルとリボンが装着されていく。自分の戦闘服なのに、なぜかスターエレメントとカラーリングまでお揃いになっている。


(いやいやいや、待って、これもし本当になったら、スターエレメントと並んだとき「双子コーデ」みたいに見えるやつじゃないか……⁉ 僕、変身するたびに彼女とペアルックする覚悟あるのか⁉)


 妄想の解像度が上がるにつれ、動揺も加速していく。憧れの人とお揃いの服というシチュエーションに、喜びと羞恥がせめぎ合った。

 やばい妄想をしたことで、少し頭に冷静さが戻ってきた。


(大体そもそも何で、僕のいた世界で見ていたアニメの話が、全然違う異世界に来てまで続いているんだ?)


 共通点が一つ二つあるというだけで、それはおかしい。レインボーランドという名前は同じだけど、世界の中身はまるで違う。スターエレメントの救った世界には、エルフも獣人もいなかった訳だし。


 この世界に来てまだ三日しか経っていないのに、毎日欠かさず視聴していた「魔法少女スターナイツ」がない生活に、もう寂しくなってきていた。


「シドーさん、どうかしましたか……?」


 脳内で妄想を繰り広げていたら、ルティナが心配そうに聞いた。


「い、いえっ、何でもないです。ちょっと考え事をしてただけでっ!」

「では早速、魔王軍に滅ぼされてしまった街を見に行きましょうか。私たちには分かりませんでしたが、シドーさんになら、無属性魔法の残骸が感じ取れるかもしれません」

「良いですよ、元々魔法の特訓をするつもりで来た訳だし」


 まだ薄暗い夜明けに、かつて魔王軍に滅ぼされた街に向かって出発した。


***


「ここリューベックの隣に、フェモンの街があります。そこは五年前、魔王軍の幹部によって滅ぼされました。街道を一時間ほど歩けば着けるでしょう。でもその前に……」


 ルティナは歩きながら僕に説明してくれた。途中にある建物の前で立ち止まり、ドアをノックした。


「ルティナです。入りますよ」


 促されて中に入ると、奥のテーブルでアレクシアとリデルがお茶を飲んでいた。


「おお、ルティナにシドー。魔法の特訓はもう終わったのか? 我もちょうど特訓の合間に、休憩しておる所じゃ。一緒にどうじゃ?」

「いえ、特訓はひとまず置いておいて、フェモンの街を見に行くことにしたんです」

「フェモンの街……。行ったところで廃墟しかないと思うが、何故だ?」


 アレクシアが、不思議そうに聞いた。


「私たちにはただの廃墟としか見えませんが、シドーさんになら、魔王軍幹部の使った無属性魔法の痕跡が見えるかもしれないと思ったんです」

「なるほど……魔法の痕跡か。確かにアレを見てもらえば、何か分かるかもしれないな」


 アレクシアが何かを思い出して、苦々しい顔つきになった。


「アレ……って何ですか?」

「うむ、アレはじゃな……。なんと説明したら良かろう……?」


 いつも自信満々なリデルまでが、お茶を覗き込んで沈黙してしまった。


(まさかトラウマ級にグロい光景……?)


 四堂悠太は、ホラーが苦手だ。ワナビだったころも、小説のジャンルで、ホラーは一度も書いたことがない。


(いや待てよ、二人がこんな顔をするってことは、グロいとかそういうレベルじゃなくて、もっと——何というか、語るのも恥ずかしい系のやつなのでは……?)


 二人の反応からして、悍ましさよりも気まずさの方が近い気がする。でも、それが一体何なのか、見当もつかない。


(まぁ……行けば分かるか)


「まぁ、ここで説明するより、見てもらった方が早いですから。それで、フェモンの街はさらに最前線なので、道中強い魔物もごろごろいます。アレクシアさんとリデルさんにも、一緒に来てもらえないかと思いまして」

「当然だ。ルティナ一人では危険すぎる。一本道なので、ここを留守にしても問題ないしな」

「ちょうど今なら留守にはならぬ。コレットとネリサがおるからな。早速伝えに行ってくる」


 リデルは残りのお茶をずずっと飲み干し、椅子からぴょんと立ち上がると、急いで二階へ。

 ——と思ったらあっという間にまた降りてきた。


「留守中のリューベックは任せてくれと言伝じゃ」

「では早速出発しよう」


 アレクシアも立ち上がって、まず愛用の盾の表面を、手のひらで一度撫でてから背中に背負い、それから外套を羽織った。準備の順番が決まっているみたいで、盾が先、外套が後。そういう細かいところが、いかにも騎士らしかった。

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