第百二十二話 頼む——と、全部、分かった
アレクシアは、もう一度自分の手札を見た。
「……見ての通りだ。私は、こういう状況に慣れていないわけではないが……今回は、少し、負けたときの規模が違う」
アレクシアが、珍しく声を落とした。
(赤が三枚……。最悪のスタートだ)
「うん。そうだね」
「負けた場合、参加費を合わせて金貨二百枚。……手持ちは、足りるのか?」
「……足りない」
「……そうか」
アレクシアが、覚悟を決めたように言った。
「足りない分は……装備で、それでも足りなければ労働で返すしかないな」
(労働……)
嫌な未来が、四堂悠太の脳裏に浮かんだ。
皿洗い。
薪割り。
荷運び。
そして、宿場町で待ち続けるリデルとルティナ。
『シドーとアレクシアは、いつになったら来るのじゃ』
『さあ……賭博で負けて、借金返済のために働いているのでは』
『……いつまでじゃ?』
『さあ……』
(駄目だ。絶対に駄目だ)
そんなことで旅の日程を何週間、下手をすれば何か月も狂わせるわけにはいかない。
アレクシアも同じことを考えたのだろう。
しばらく三枚の赤いカードを見つめたあと、四堂悠太へ顔を向けた。
「シドー」
「なに?」
「頼む」
短い一言だった。
——その瞬間。
四堂悠太の中で、何かが切り替わった。
※四堂悠太の特殊能力「魂の記憶」。七年間のワナビ生活によって独自に会得した能力。ただし本人に自覚はなく、発動条件も不明。なお、本人が必要とするときに発動するとは限らない。発動頻度は諸般の事情により制限されている。
(……こんな使えない能力、いらないと思うんだけど)
四堂悠太は、心の中でそっとそう思った。
(さて……。まず状況を整理する)
四堂悠太は、室内をゆっくりと見渡した。
(参加者は十人。一人三枚で、合計三十枚のカードが配られた。賭け主は五色のカードを一枚ずつ見せてからシャッフルした。……参加者はみんな、五色が均等に入っていると思い込んでいる。でも、均等に配ると言ったか? 言っていない。見せただけだ)
四堂悠太は、賭け主の説明を頭の中で繰り返した。
(五色のカードが三十枚ある、とは言った。でも、何色が何枚入っているかは、一切言っていない)
ゲームが始まると、参加者たちは一斉にカードの交換を始めた。
「一枚交換しませんか?」
「お願いします!」
「こちらも交換してくれ!」
互いにカードを裏向きにし、一枚ずつ交換していく。
もちろん、赤三枚のアレクシアも積極的に動いた。
今より悪くなることはない。
そう思っていたはずだった。
「……赤だ」
一枚交換して、赤。
もう一度交換する。
「……また赤だ」
さらに交換。
「どうしてまた赤なんだ⁉」
「すごいね、アレクシア」
「何がだ!」
「……これだけ引き続けられるって、ある意味すごくない? 確率的に、普通じゃないと思う」
「そんな才能はいらん!」
しかし、妙なのはアレクシアだけではなかった。
ほかの参加者たちも、やけに赤いカードばかりを持っている。
その中で、突然一人の中年男性が声を上げた。
「青だ!」
周囲の視線が、一斉に男へ集まる。
男の手札は、赤、赤、青。
「本当に赤以外のカードが入っていたのか!」
「だったら、まだ勝てるぞ!」
参加者たちの空気が変わった。
さらに、先ほどから積極的に交換を繰り返していた女も、青いカードを持っていることが分かった。
「私も青よ。あと一色なのに、なかなか来ないわね」
その女も、周囲の参加者と同じように困った顔をしている。
少なくとも、この時点では、四堂悠太にも普通の参加者にしか見えなかった。
青いカードは二枚。
ならば、緑や黄色、紫も誰かが持っているはずだ。
そう思ったのだろう。参加者たちは、それまで以上に積極的に交換を始めた。
「残り四十分です!」
賭け主が、よく通る声で叫ぶ。
「三色揃えれば金貨七百枚! まだまだ十分に間に合いますよ!」
赤いカードが、次々とテーブルの上を行き交っていく。
四堂悠太は、その光景を眺めながら、わずかな違和感を覚えていた。
(……赤が多すぎないか?)
赤は、危険や警告を知らせるためによく使われる色だ。
もちろん、赤いものを見れば必ず冷静さを失う、などという単純な話ではない。
ただ、すでに参加費の五十枚を支払っているうえ、負ければさらに百五十枚。
時間も刻一刻と減っている。
そんな状況で、目に入るカードまで赤ばかりなら、焦りを強める材料にはなるかもしれない。
(……なんか、頭が勝手に動いてる。これ、僕が考えてるんだよな……?)
「残り三十分です!」
再び、賭け主の声が響く。
「賞金は金貨七百枚ですよ! 七百枚!」
(……七百枚、か)
四堂悠太は、中央に置かれた大きな看板を見る。
最初に参加者へ見せられたのは、七百という大きな数字。
その後になって、敗北時の追加負担は百五十枚だと知らされた。
(……なんか、これ、やり口が見えてきた気がする)
最初から「負ければ合計二百枚失う」と言われれば警戒する者でも、先に七百枚という大きな利益を見せられれば、百五十枚という損失が相対的に小さく感じられることはある。
しかも、すでに五十枚を支払っている。
今さら引き返しても、その五十枚は戻らない。
だから、続ける。
さらに一般参加者の中には、青を持っている者が二人いる。
赤、赤、青。
必要なのは、あと一色だけ。
(あと一枚。もう少し交換すれば、勝てるかもしれない……)
そう思わせるには、十分だった。
そこで、四堂悠太の中に一つの疑問が浮かぶ。
(いや……もしかして逆なのか?)
青は、一般参加者を勝たせるために入っているのではない。
最後まで諦めさせないために——。
四堂悠太は、参加者たちの動きを改めて観察した。
その中に、やけに積極的に交換を続けている男女がいる。
「また駄目か……」
「私も。なかなか揃わないわね」
二人とも困った顔をしながら、一般参加者と何度もカードを交換している。
男と女同士で交換することもあるが、それだけではない。
ほかの参加者とも普通に交換している。
一見すれば、何もおかしくない。
(……でも)
カードは、確かに動いている。
参加者から参加者へ、何度も。
それなのに——。
「残り十五分です!」
その声を聞いた参加者たちの動きが、さらに慌ただしくなった。
「シドー!」
アレクシアが四堂悠太のところへ戻ってくる。
「駄目だ。何度交換しても、赤から逃げられない!」
「アレクシア、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「緑のカード、一度でも見た?」
「いや」
「黄色は?」
「見ていない」
「紫は?」
「それもない」
「……やっぱり」
四堂悠太は、青を持っていた中年男性のところへ向かった。
「すみません。その青いカードって、誰かと交換して手に入れたんですか?」
「いや、最初から持っていたぞ」
「緑、黄色、紫のどれかを、一度でも持ったことは?」
「ないな」
もう一人、青を持っていた女性にも確認する。
答えは同じだった。
青は最初から持っていた。
そして、緑、黄色、紫は一度も見ていない。
さらに残りの参加者たちにも聞いて回ると、全員が同じ答えを返した。
誰一人として、ゲーム開始から今まで一度も、緑、黄、紫のカードを手にしていない。
「……そういうことか」
四堂悠太は、ようやく仕組みに気づいた。
さっきまで複雑に見えていたカードの流れが、一気に単純なものへ変わる。
「シドー?」
「アレクシア。もう無理に交換しなくていい」
「なに?」
「多分、何回交換しても勝てない」
「どういう意味だ?」
「あとで説明する。今は、このまま最後まで見ていよう」
四堂悠太は、参加者たちの動きをじっと追った。
まだ、決定的な証拠が欲しかった。
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