第百二十一話 簡単な賭けのはずだった——赤、赤、赤
広場を歩いていた四堂悠太は、やけに威勢のいい声に足を止めた。
「さあさあ、誰でも参加できるカードゲームだ! 三色のカードを揃えた勝者には、なんと金貨七百枚!」
「……七百枚だと?」
隣を歩いていたアレクシアも、ぴたりと足を止める。
その瞬間、四堂悠太は嫌な予感がした。
「アレクシア」
「なんだ?」
「今、目が光らなかった?」
「気のせいだ」
即答だった。
(いや、絶対に光ったよね……)
広場の一角には大きなテーブルが置かれ、すでに何人かの男女が集まっている。その中央には『賞金 金貨七百枚』と、遠くからでも分かるほど大きな文字で書かれた看板が立っていた。
参加費は金貨五十枚。定員は十人。
看板を見る限り、三枚のカードを使って三色を揃えるだけの、簡単な賭けらしい。
「金貨五十枚で、七百枚……」
アレクシアが小さく呟いた。
その表情を見て、四堂悠太は溜息をついた。
とはいえ、アレクシアにとって賭博は、単なる遊びではない。
——絶対防御。
どれほど強大な攻撃を受けても仲間を守り抜く、アレクシアの力だ。その力を維持するためには、いざというとき自分の全てを投げ打ってでも誰かを守るという覚悟を、常に持ち続けなければならない。
だからこそアレクシアは、定期的に賭けをする。
時には負け、失った金を働いて返すところまで含めて、自分の覚悟を鈍らせないための鍛錬なのだ。
四堂悠太も、アレクシアが賭けで覚悟の鍛錬をしているのは、十分に分かっている。ルティナに至っては、そのために領主になったと言っても良いだろう。
(絶対防御を維持するための、サブスク課金みたいなものなんだよな……。しかも月額固定じゃなくて、時々とんでもない請求が来るタイプの)
本人に言えば怒られそうなので、胸の内に留めておく。
ただし、覚悟を鍛えることと、大借金を背負うことは別問題だった。
「参加するの?」
「……今回だけだ」
「その言葉、前にも聞いた気がするけど」
「……何回目だ?」
「数えてないけど、多分かなりの回数」
「…………」
「アレクシア?」
「……今回だけだ」
「聞いてた?」
「必要な鍛錬だ。私はいつでも、全てを投げ打って仲間を守る覚悟を持っていなければならない。そのためには、定期的に自分を追い込む必要がある」
「それは分かってるよ。でも、大幅に負けるのは駄目だからね。何か月も働いて返すことになったら、旅どころじゃなくなるんだから」
「分かっている。今回は慎重にやる」
事前にルティナから、「アレクシアさんが賭博をすることになれば必要でしょう」と、金貨百枚を預かっていた。
四堂悠太は鞄から金貨袋を取り出し、アレクシアに手渡した。
アレクシアは今も、四堂悠太がヴィクターから四人の生活費を預かり、管理していると思っている。
「……これ、生活費の一部だからね?」
「勝てば戻る」
「その理屈は危ないと思う」
「だから慎重にやると言っているだろう!」
そう言いながら、アレクシアは金貨五十枚を参加費として差し出した。残りは五十枚。
(まあ、賭けること自体を止めるわけにはいかないんだよな。……でも、これでまた大負けしたら、ルティナに何て説明すればいいんだろう)
その光景を想像しただけで、四堂悠太は胃が痛くなってきた。フィーネの街へ来たのは、ルティナに「アレクシアさんを頼みます」と言われたからだ。
やがて十人の参加者が揃うと、賭け主の男が満面の笑みを浮かべた。
「それでは、賭けについて説明します。使用するカードは、この五種類です」
賭け主は、赤、青、緑、黄、紫のカードを一枚ずつテーブルの上に並べた。
「この五色を含む三十枚のカードを使用します。この中から一人三枚ずつ配り、一時間以内に三種類の色を揃えた方が勝者となります」
参加者たちが見ている前で、男は五枚のカードを束へ差し込み、何度も手際よく切ってみせた。
少なくとも、その場にいた者には、十分に混ざったように見えた。
(ちゃんと五色とも入ってるんだな)
そのときの四堂悠太は、それ以上のことを気に留めなかった。
「それから、賭けの開始前に、最後の注意事項だけ説明しておきましょう」
「最後の注意事項?」
「はい。残念ながら三色を揃えられなかった方には、賭けが終わった後、追加で金貨百五十枚をお支払いいただきます」
一瞬、広場が静まり返った。
「なに⁉」
「そんな話、聞いてないぞ!」
参加者たちから一斉に声が上がる。
「参加規約には記載しております」
賭け主は、申し訳なさそうな顔をしながら、小さな紙を取り出した。
だが、その文字は明らかに小さい。四堂悠太には、わざと目立たないように書かれているように見えた。
「だったら、今やめてやる!」
「申し訳ありませんが、参加費をお支払いいただいた時点で参加契約は成立しております。途中棄権も敗北扱いとなりますので、その場合も百五十枚を頂きます」
ざわめきがさらに大きくなった。
四堂悠太は隣を見る。
アレクシアが、引きつった顔をしていた。
「……シドー」
「うん」
「かなりまずい状況だ」
「嫌な予感はしてたよ。負けたら金貨百五十枚は、さすがに想定してなかったけど」
「まだ負けたわけではない!」
「その顔で言われても説得力がないよ!」
覚悟の鍛錬とはいえ、生活そのものが破綻するほど負ける必要はない。ルティナが想定しているのは、一回の賭けで負けるのは金貨百枚程度だ。それ以上は、ルティナも支払えない。
やがて、三枚のカードが伏せた状態でアレクシアの前に置かれる。
アレクシアは祈るような表情で、一枚目をめくった。
赤。
二枚目も赤。
そして三枚目も——赤。
しばらくの間、アレクシアは何も言わなかった。
「…………」
「…………」
やがて、ゆっくりと四堂悠太の方を向く。
「……シドー」
「うん」
「かなりまずい状況だ」
「二回目だよ‼」
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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近々予定しているシリアス展開に向けて、ギャグが多めの展開が続きます。シリアス展開になると、ギャグも入れににくくなってしまうので、伏線と併せて多めに入れています。ギャグも伏線だったりします。
ギャグじゃなくて、ストーリーが見たい! って方すみません、もうしばらくお待ちください。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。




