第百二十話 だっこ‼ と、けっこんしてるの?
フィーネの街への道は、街道から外れた細い山道だった。馬車は通れないため、三人は歩いて向かうことになった。
「ミアちゃん、疲れてない?」
四堂悠太が聞くと、ミアは首を横に振った。
「……へいき」
小さな声で、そう答えた。出会った頃の泣きはらした顔は、少し落ち着いてきている。それでも、時折不安そうに辺りを見渡す様子が、四堂悠太の胸を締め付けた。
「もうすぐお母さんに会えるから、大丈夫だよ」
ミアは、こくりと頷いた。
しばらく歩いていると、ミアがアレクシアの腰の剣に気づいた。
「なにそれ‼ ひかってる‼」
ミアが、目を輝かせながら言った。
「……剣だ。騎士が使う武器だ」
「けんし‼」
ミアが、嬉しそうに繰り返した。
「おねえさん、けんし?」
「あぁ。……騎士だからな」
「つよい?」
「……まあ、そうだな」
アレクシアが、照れたように前を向いたまま答えた。
「じゃあ、おかあさんをまもってくれる?」
「……あぁ。この街に魔王軍が来たら、必ず守る」
アレクシアは、静かにそう言った。ミアは、その言葉をじっと聞いてから、小さく頷いた。
「……ありがとう」
(アレクシア、五歳の子どもにも、真剣に答えるんだな……)
四堂悠太は、その横顔を見ながら、そっと思った。
さらに歩き続けると、ミアの足取りが少しずつ遅くなってきた。
「つかれた……」
ミアが、ぽつりと言った。
「もうすぐだよ。あと少し頑張れる?」
「……まだ?」
「もうすぐだって」
「……まだ?」
(さっきも聞いてたよね……)
四堂悠太が苦笑していると、ミアがアレクシアに向かって、両手を広げた。
「だっこ‼」
「……え?」
アレクシアが、珍しく動揺した顔をした。
「わ、私が?」
「うん‼ おねえさん、つよそうだから‼」
アレクシアは、しばらく困惑した様子で立ち尽くしていた。それから、ゆっくりとミアの前にしゃがみ込んだ。
「……仕方ないな」
そう言いながら、ミアをそっと抱き上げた。ミアが、嬉しそうにアレクシアの首にしがみついた。
「たかい‼」
「……落ちるなよ」
「おねえさん、あったかい」
「……そうか」
アレクシアの口元が、わずかに緩んだ。
(アレクシア……意外と、こういうの、得意なんだな)
四堂悠太は、その光景を見ながら、そっと思った。ミアを抱っこしながら歩くアレクシアの横顔は、普段の騎士団長としての厳しさとは違う、柔らかい表情をしていた。
そのとき、道端から声がかかった。
「あらあら、若いパパとママだねぇ。かわいいお嬢ちゃんだこと‼」
通りすがりの老婆が、にこにこしながら言った。
「ち、違います‼」
「そ、そういう関係ではない‼」
アレクシアと四堂悠太が、同時に声を上げた。老婆は、きょとんとした顔をしてから、またにこにこと笑いながら歩いていった。
ミアが、アレクシアの腕の中から、二人を交互に見た。
「……けっこんしてるの?」
「「してない‼」」
二人の声が、またも綺麗に揃った。
ミアは、少し考えてから、真剣な顔で言った。
「……でも、なかよしだよね?」
「……まあ、そうだな」
「……うん、まあ」
二人が、顔を見合わせた。それから同時に、視線を逸らした。
(な、なんで顔が熱くなってるんだ……)
四堂悠太は、こっそり自分の頬を押さえた。
ミアは、そんな二人の様子など気にもせず、アレクシアの肩から身を乗り出して、遠くを指差した。
「あ‼ ちょうちょ‼」
「……落ちるから、暴れるな」
「つかまえたい‼」
「……駄目だ」
「えー‼」
アレクシアが、ミアをしっかり抱え直しながら、歩き続けた。その顔は、まだわずかに赤かった。
***
フィーネの街は、リューベックよりずっと小さな街だった。石造りの家が並ぶ、静かな街並み。大通りには、いくつかの露店が出ていて、穏やかな午後の空気が漂っている。
街の入り口に差し掛かったとき、ミアが急に身をよじった。
「おかあさん‼」
大通りの端に、一人の女性が立っていた。ミアと同じ色の髪を持つ、若い女性だった。ミアの声を聞いた瞬間、女性の顔が崩れた。
「ミア‼」
アレクシアが、ミアをそっと地面に降ろした。ミアが、お母さんに向かって駆けていく。二人が抱き合った。女性は、ミアをぎゅっと抱きしめながら、何度も何度も名前を呼んでいた。ミアも、お母さんの胸に顔を埋めて、声を上げて泣いていた。
四堂悠太は、その光景を少し離れた場所から見ていた。隣で、アレクシアが静かに目を細めていた。
「……良かった」
アレクシアが、小さく呟いた。
(……良かった。アレクシアがいてくれて)
四堂悠太も、そっと思った。
(もし自分一人でミアちゃんを連れて歩いていたら、通りすがりの人から幼女連れ去りの疑いを持たれて、事案になっていたかも……いや、それより先に良かったと思うことがあるだろう)
女性が顔を上げ、四堂悠太とアレクシアに気づいた。
「あなた方が、ミアを……?」
「たまたま道で見かけたので」
四堂悠太が答えると、女性は深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます。……途中ではぐれてしまって、私も探し回ったんですが、見つからなくて……」
「元気でしたよ、ミアちゃん。……泣きながらも、一人でしっかり立ってました」
四堂悠太がそう言うと、ミアが母親の腕の中から、こちらをじっと見た。それから、小さく手を振った。
「……またね」
「またね、ミアちゃん」
四堂悠太も、手を振り返した。アレクシアも、静かに手を振った。
ミアは、アレクシアをじっと見てから、にっこりと笑った。
「おねえさん、だっこうまかったよ‼」
「……そうか」
アレクシアの口元が、またわずかに緩んだ。
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