第百十八話 姫様は子どもではないのじゃ‼ と、また噛まれた
ヴィクター隊長への説明が一段落すると、ルティナとリデルは連れ立って、同じ屋敷の奥へと向かった。ブルーム公の部屋へ挨拶に行くためだった。
廊下を歩きながら、リデルが、そわそわと辺りを見渡している。
「……リデル、犬のことが気になっているのですか?」
「そ、そんなことはないぞ‼ ただ……まぁ、元気にしておるかな、と」
リデルが、そっぽを向きながら言った。
(正直ですね、本当に)
ルティナは、微笑みをこらえながら歩き続けた。
ブルーム公の部屋の前に着くと、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「ワンッ、ワンッ」
「……あ‼」
リデルが、我慢しきれないように駆け出した。
扉が開いた瞬間、屋敷の中から、二人の人物が飛び出してきた。虎型の獣人で、周囲を静かに見据える強面の男——ガルダと、人懐っこい雰囲気の狼型獣人の青年——ヘンリルだった。
二人とも、リデルの姿を見た瞬間、目を輝かせた。
「姫様‼ ご無事の帰還、何よりに存じます‼」
二人が、口を揃えて言った。
「ガルダにヘンリル‼ お主たちも、元気そうじゃな‼」
リデルが、嬉しそうに笑った。
「姫様、少々よろしいですか」
ガルダが、深刻な顔で言った。
「なんじゃ?」
「姫様のお眼鏡に叶う動物雑貨は、手に入りましたか? もしお手元にございますならば、私めが預かっておきます。大切なコレクションに、戦闘で傷がつくといけませんので。……そちらに見えますワラビーは、動物雑貨ですね。預かっておきましょう」
ガルダの視線が、リデルの腰のあたりに向いた瞬間、リデルは素早く両手でワラビーを背中に隠した。
「な、ないぞ‼ ワラビーなど、どこにもおらんぞ‼」
「姫様、今隠しましたよね」
「隠しておらん‼ これは……そう‼ 肌身離さず持ち歩くタイプの動物雑貨なのじゃ‼ 戦闘には関係ない‼」
「そうなのですか。……では、預かっておきましょう」
「だから預けないと言っておる‼」
肌身離さず持ち歩くタイプの動物雑貨、という概念が存在するのかどうか、ルティナには分からなかった。が、敢えて聞かなかった。
「それから、歯磨きはきちんとしていますか? 夜眠るとき、布団をはねていませんか? お腹を出して寝てはいけませんよ。それから食事は、ちゃんと三食——」
「あー、もう‼ 我は子どもではないのじゃ‼」
リデルが、真っ赤になって叫んだ。
「姫様は昔から、夜中にお腹を出して寝ておられましたから」
ヘンリルが、ガルダに続けた。
「それに、歯磨きをさぼって、ガルダに叱られておられましたし」
「やめい‼ そういうことを言うでない‼」
リデルが、顔を真っ赤にしながら二人を止めようとした。ルティナは、その様子を見ながら、こらえきれずに笑ってしまった。
「ルティナ、笑うでない‼」
「……すみません。でも、とても微笑ましくて」
ガルダとヘンリルが、揃ってルティナに頭を下げた。
「ルティナ様も、ご無事で何よりでございます。姫様のこと、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ルティナが笑いながら頷いたとき、縁側の方から、元気な声が聞こえてきた。
「ワンッ‼」
「あ……これ、待つのじゃ‼」
リデルが、縁側へと駆けていった。そこには、茶色い犬がいた。旅に出る前には、散歩に連れて行ったり一緒に遊んだりするうちに、すっかり懐いてくれていたはずだった。リデルの顔を見れば、尻尾を振って駆け寄ってくるようになっていた。
なのに。
「こ……こら‼ 噛むでない‼ いだだだだっ‼」
茶色い犬は、リデルの腕にがっしりと噛みついていた。
「お主……我のことを忘れたのか⁉ あれだけ一緒に遊んだというのに‼ 散歩にも連れて行ったではないか‼」
犬は、そんなリデルの抗議など聞こえないかのように、腕に噛みついたまま、なかなか離そうとしない。
「姫様、留守中のリューベックの様子をご報告申し上げます」
「うむ、聞かせてくれ」
「街は平穏でございます。冒険者の方々も、コレット副隊長のもと、しっかりと守りを固めてくださっております。サランセルゴ共和国の騎士団の方々も、ヴィンラント連合の魔導部隊の方々も、街の復興や警備に手を貸してくれています」
「……そうか。みな、よく頑張ってくれたな」
「それから姫様……」
ヘンリルが、少し言いにくそうに続けた。
「この犬ですが、姫様がいらっしゃらない間毎日、姫様が泊まっていらした宿屋の前で、座って待っておりました。何度連れ戻しても、またそこへ行くのです」
「……なんと」
リデルが、腕に噛みつかれたまま、犬を見つめた。
「お主……ずっと待っておったのか」
犬は、相変わらずぐいぐいと噛みついていた。
「いだだだだ……‼ ではなぜ、噛んでくるのであろう?」
「……姫様が旅に出られてから、この子もずっと寂しそうにしていたんですがねぇ」
ガルダが、困ったように言った。
「久しぶりすぎて、また最初に戻ってしまったようですね」
ヘンリルが、冷静に補足した。
「そんな……‼ 犬の記憶力とは、そういうものなのか……‼」
リデルは血を流しながらも、嬉しそうに犬を抱きしめた。
「元気そうで良かったぞ! よーし、よしよし……いだだだだ……‼ また一から仲良くなればよいだけじゃ‼ 我は諦めぬ‼」
「姫様。まず腕の治療をした方がよろしいかと」
「その前に仲直りじゃ!」
「順番が逆では……」
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