第百十六話 変わらぬリューベックと、お前はあの時の……‼
リューベックの街の門をくぐった瞬間、ルティナは思わず足を止めた。
石畳の大通り。露店の並ぶ賑やかな一角。行き交う人々の声。城壁の向こうに見える、見慣れた建物の輪郭。
何一つ、変わっていなかった。
(……良かった)
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。魔法少女たちが攻めてくる前に、この街を離れた。その間、何か起きていないだろうかと、ずっと気になっていた。だが今、目の前に広がる街の姿は、出発した日と変わらない活気に満ちていた。
「……懐かしいのぅ」
隣で、リデルが感慨深そうに呟いた。
「うむ。この街の空気は、独特じゃな。かつて最前線の街だったとは思えない、この賑やかさ」
「……ええ」
ルティナは、静かに頷いた。
(この賑やかさを守るために、私はここに来た。そしてこれからも、守り続けなければならない)
それなのに、街が無事だと分かっただけで、胸の奥から安堵がこみ上げてくる。自分でも、少し不思議だった。
三幹部は、馬車から降りながら、静かに街を見渡していた。ストームが、周囲の様子を冷静に分析するように視線を巡らせている。サンダーは腕を組んだまま、特に何も言わない。ブリザードだけが、街並みを眺めながら、どこか懐かしそうな表情を浮かべていた。
***
領主の屋敷へ向かうと、コレット副隊長が出迎えてくれた。
「ルティナ、リデル‼ 無事で……‼」
コレットが、駆け寄ってきた。その目が、三幹部の姿を捉えた瞬間、ぴたりと動きが止まった。
「……その方々は」
「ご説明します。……少し、驚かれるかもしれませんが」
ルティナは、そう言った。
だが、それより先に、廊下の奥から足音が聞こえた。
「コレット、さっきの件だが——って、ルティナ⁉ リデルも‼ いつ戻ったんだ⁉ 無事なようで何よりだが……」
ヴィクターが、顔をほころばせながら飛び込んできた。コレットに用事があってリューベックに来ていたところへ、思いがけない再会だった。だが次の瞬間、三幹部の姿に気づいて、ぴたりと足が止まった。
「……お前たちは」
ヴィクターの表情が、一気に引き締まった。
「ルティナ。こいつらは……魔王軍の幹部じゃないのか⁉」
「……はい。そうです」
「なんで一緒にいるんだ⁉ まさか、魔王軍と和解して帰ってきたのか⁉」
「和解ではありません。……共通の敵に対抗するため、同盟を結びました」
ルティナは、落ち着いた声で答えた。
「魔王軍よりも強大な敵が、この世界に現れました。……その敵に対抗するため、この方々と共闘することにしました。魔王軍によるこの世界への侵略については、現在は止まっています。ただし、それよりはるかに危険な脅威が、今この世界に迫っています」
「……魔王軍より強大な敵だと⁉」
「はい。……詳しいことは、追い追い説明します。今は、この方々を仲間として信じていただけますか」
「お、おう……」
ヴィクターは、勢いを削がれたように頷いた。コレットが、静かにヴィクターの隣に並んだ。
「隊長、まずは話を聞きましょう」
「……分かった。だが、納得できる説明じゃないと困るぞ」
ヴィクターとコレットに事情を説明するのに、しばらく時間がかかった。本当のことを言えば、三幹部は魔王軍の幹部ではなく、違う世界にある遠い星からやってきた存在だ。だがそれを一から説明しようとすれば、話があまりにも長くなりすぎる。ストームたちとは事前に話し合い、この世界の人々が思っているように、元魔王軍幹部として通すことで合意していた。
「……今は、この方々がかつて敵だったこと、そして今は仲間として、リューベックの街の防衛に力を貸してくれること、それだけ信じてください。魔王の居場所については、現時点では不明です。魔王討伐はまだ続けていますが、今はそれより先に対処すべき相手がいます」
「……魔王軍でも手が負えない相手が、この世界を狙っているということか」
「はい。……その点だけは、今すぐ備えていただく必要があります」
ヴィクターは、しばらく黙り込んだ。それから、大きく息を吐いた。
「……分かった。細かい話は後で聞く。今は動くことが先だ。コレット、準備を頼む」
「はい」
コレットは、すでに動き始めていた。
コレットが部屋を出ていき、場が少し落ち着いた頃だった。
ヴィクターの視線が、改めてブリザードに向いた。
「……そういえば、お前。どこかで見た顔だと思ったら」
「あれ」
ブリザードが、涼しい顔でそう言った。
「見覚えがある熊だね。……ロゼット村で逃げていったヒグマだ」
「ヒグマじゃねぇぇぇ‼ ツキノワグマだ‼ 首の白い毛が三日月型してんだろ、見えないのか‼」
ヴィクターが、両腕をぶんぶん振り回した。
「ヒグマでもツキノワグマでもどっちでもいいよ。熊は熊だしね」
ブリザードは呆れたように言った。
コレットが、いつの間にか戻ってきて、すかさずヴィクターの腕を掴んだ。
「確かにただの熊は喋らない。……つまりこの世界の獣人だったというわけか。熊なんか石化しても、夢見るドキドキハートは得られないと思って見逃したんだけど……」
「待て‼ つまり獣人だと分かっていたら、石化していたってことか⁉」
「……可能性はあったね」
「しれっと言うな‼」
コレットが、静かに、しかしきっぱりと割り込んだ。
「隊長。魔王よりも強大な敵が、この世界に現れたんですよ。今は同盟関係ですので、抑えてください」
「そんなこと言ったってなぁ……あいつが魔物を使役して、村人を全員石化したんだぞ⁉」
「……そうだね」
ブリザードは、珍しく表情を曇らせた。
「私がやったことだ。弁解はしないよ」
「……な」
ヴィクターが目を丸くした。
「村の人たちは、どうなったんだい?」
「……シドーが、後から手に入れた夢見るドキドキハートを使って、元に戻してくれると言った。そうだろう、ルティナ?」
「ええ、ロゼット村とカルヴィン村の石化した人々は、シドーさんが元の姿に戻してくれました」
「……そうか」
ブリザードは、それ以上何も言わなかった。ただ、ほんの少しだけ目を伏せた。
「だが、村人たちが元に戻ったからといって、お前のしたことが消えるわけじゃないぞ」
「……あぁ、そうだね。美しくない行いだったと、今は思うよ」
ここまでお読みくださって、ありがとうございます。
ブクマ登録、評価、リアクション、とても嬉しいです。いつもやる気を頂いています。ありがとうございます。
「転生したらまた悪役令嬢でした」をお読みくださっている方も、いらっしゃいましたらありがとうございます。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。




