第百十五話 迷子と、賭博場と、シドーがいる前では自重するのじゃ
さらに二日が過ぎた。馬車は順調に南下を続け、リューベックの街まであと一時間ほどという地点にさしかかった頃だった。
「……あれ?」
アレクシアが、御者台から声を上げた。道の端に、小さな人影が見えた。
「少し馬車を止める」
馬車が止まると、道端にうずくまっていたのは、五歳くらいの小さな女の子だった。膝を抱えて、声を殺して泣いている。
「どうした? 一人か?」
アレクシアが馬車から降り、女の子に近づいた。女の子は、びくりと顔を上げた。目が真っ赤に腫れている。
「……お母さんと、はぐれちゃった」
「どこで、はぐれた?」
「わからない。……歩いてたら、どこか遠くに来ちゃって」
四堂悠太が、膝をついて女の子と目線を合わせた。
「どこの街から来たの?」
「……フィーネ、っていう街」
「フィーネの街ですか。確か、ここから北西に二時間ほど歩いたところにある街ですね。リューベックとは逆方向です。このままリューベックに向かってから引き返せば、大きく遠回りになりますが……どうしましょうか」
ルティナが、考え込みながら全員を見渡した。
「女の子を、先に街に送り届けたい」
四堂悠太が、すぐに答えた。
「でも、リデルはブルーム公に預けた犬が気になってるだろうし、ルティナもリューベックの街が気になってるだろう。コレット副隊長に三幹部を紹介しないといけないし」
「うむ。……確かに、リューベックに行くと決まってから、あの犬のことが頭から離れぬのじゃ」
リデルが、正直に頷いた。
「私はフィーネの街を知っている。リューベックを拠点にしていた頃、時々行っていたんだ。その……少し変わった趣向の賭博場があって……。私が送り届けよう」
アレクシアが、きまり悪そうに言った。
「……全員でフィーネに行くと、時間がかかってしまいますね」
ルティナが、少し考えながら口を開いた。
「ここで二手に分かれましょう。私とリデルさん、それから三幹部でリューベックへ。アレクシアさんとシドーさんが女の子を送り届けてから、サランセルゴ共和国への街道にあるウォルムの宿場町で合流するのはいかがですか。フィーネへの道は、街道から外れた細い山道だと聞いています。馬車では通れませんので、徒歩になりますが……」
「……その方が、効率的ですね」
ストームが、即座に頷いた。
「アレクシアさん一人では、少し心配ですので」
ルティナが、意味深な笑みを浮かべた。
「……変わった趣向の賭博場があるとのことですし、アレクシアさんだけでは」
「そ、それは関係ない‼」
アレクシアが、真っ赤になった。
「……本当に?」
「……少しだけ、気になっていただけだ」
一同に、小さな笑いが起きた。
そのとき、リデルがアレクシアの耳元で、こそこそと囁いた。
「アレクシア。もし気になったとしても、シドーがいる前では自重するのじゃぞ」
「……分かっている」
「本当じゃな?」
「分かっていると言っている‼」
今度は、また別の方向で笑いが起きた。アレクシアは、耳まで赤くなっていた。
(リデルに何か言われたら、余計に怒るんだな……)
四堂悠太には、その理由はよく分からなかった。ただ、アレクシアがリデルから目を逸らしたまま、やけに早足で歩き出したことだけは、はっきりと分かった。
「じゃあ、ウォルムで落ち合おう。えっと……君、名前は?」
四堂悠太が、女の子に聞いた。
「……ミア」
「ミアちゃんか。よし、一緒に帰ろう」
ミアは、少しだけ表情を和らげた。
「……うん」
こうして、一行は二手に分かれた。ルティナ、リデル、ストーム、ブリザード、サンダーの五人が馬車でリューベックへ。アレクシアと四堂悠太、そしてミアが、北西の街フィーネへと歩き始めた。
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