第百十四話 どきっとしたのは戦いのせいじゃ
翌朝、リデルは農家の裏庭に出た。
四堂悠太が、一人で木剣の素振りをしていた。
(ほう……)
リデルは、腕を組んで、その様子をしばらく眺めた。動きは、まだぎこちない。だが、なかなか様になってきている。ブリザードとサンダーに鍛えてもらったと聞いていたが、毎朝こうして自分でも練習していたのか。
(……やるではないか)
「シドー」
声をかけると、四堂悠太が振り返った。
「リデル? どうしたの、こんな朝早く」
「朝なら、獣人の我の方が早いわ。そんなことより、手合わせせい」
「え?」
四堂悠太が、目を丸くした。
「サンダーとブリザードに鍛えてもらったと聞いた。どれだけ強くなったか、我が確かめてやろう」
「……それって、ただ戦いたいだけじゃないの?」
「そんなことはない‼ お主の成長を確かめてやろうという、純粋な親切心じゃ」
「目が輝いてるけど。サンダーとの戦いほど、白熱した楽しい戦いにはならないと思うよ」
「輝いておらんし、戦いたい訳ではないわ‼」
リデルは、顔を逸らした。
(輝いておるかもしれんが、それは関係ない)
そこへ、ルティナとアレクシアが顔を出した。
「何をしているんですか?」
「リデルが手合わせしたいって」
「……そうですか」
ルティナが、穏やかに微笑んだ。アレクシアは、無言で壁にもたれかかった。二人とも、見物するつもりらしい。
「ハンデとして、我はハンマーを使わず、素手で戦ってやる」
リデルが、胸を張って言った。
「……それ、ハンデになってるの?」
「なっておる。さあ、来い‼」
四堂悠太が、木剣を構えた。その顔に、緊張の色がある。
(ふむ。構えは悪くない。だが、重心が少し高い)
四堂悠太が踏み込んできた。木剣を横に薙ぐ。リデルは、軽く身をかわした。
「遅い。……踏み込みが浅い」
リデルは、静かに言った。
「踏み込むときは、もっと腰を落とせ。上半身だけで打ちにいっても、威力が出ぬ」
「……こう?」
四堂悠太が、もう一度踏み込んだ。今度は、少し腰を落として。
「……悪くない」
リデルは、今度はきちんと受け止めた。木剣がリデルの手のひらに当たり、鈍い音がした。
(ほう。一度言っただけで、修正できるか)
教えた通りに動ける人間と、そうでない人間がいる。四堂悠太は、前者だった。
「次は右から来い」
「なんで教えてくれるの?」
「教えた上で、それでも捌いてみせるのが、真の強さというものじゃ」
リデルは、にやりと笑った。
四堂悠太が、右から打ち込んできた。リデルが、すっと体をずらして避ける。だが次の瞬間、四堂悠太はすぐに左へ切り返してきた。
(こやつ、最初より動きが……)
その瞬間、リデルは気づいた。自分が、四堂悠太の真剣な目から、目を離せていなかったことに。
一瞬、足が止まった。
ごん、と鈍い音がした。
「……あ」
四堂悠太の木剣が、リデルの真横の壁に当たっていた。リデルは壁を背に、四堂悠太に正面から見下ろされる形になっていた。
「……リデル、大丈夫?」
四堂悠太が、驚いた顔で聞いた。
(な、なんじゃ……この状況は……‼)
リデルの顔が、一気に熱くなった。胸が、どきどきと音を立てている。
(これは……戦いの興奮じゃ。そうに決まっておる‼)
「だ、大丈夫じゃ‼ 今のは、わざと避けなかっただけじゃ‼」
「え、なんで?」
「……お主の成長を、身をもって確かめてやろうと思っただけじゃ‼」
「……そっか」
四堂悠太は、よく分からないという顔をしながら、木剣を引いた。
(絶対に、見とれていたとは言えん……‼)
アレクシアが、壁にもたれたまま、静かに呟いた。
「……顔が赤いぞ、リデル」
「戦いで体が温まっただけじゃ‼」
「……そうか」
アレクシアは、口元を押さえながら、どこか懐かしむような目をした。
「前に、似たようなことを言われた気がするな。……お互い様、ということか」
「な……⁉」
リデルが、勢いよくアレクシアの方を向いた。ルティナは、静かに微笑んでいた。
(二人とも、何か言いたそうな顔をしておるが……気のせいじゃ‼)
手合わせが終わった後、リデルは四堂悠太の前に立った。
「……まあ、悪くなかったぞ」
「ありがとう。リデル、教えるの上手いんだね」
四堂悠太が、笑顔でそう言った。
「……そうか? 当然じゃ」
リデルは、そっぽを向きながら言った。
「我は、王女として武の心得も持っておるからな。……お主が素直に聞くから、教えがいがあっただけじゃ」
「また教えてくれる?」
「……まあ、頼むなら考えてやらんでもない」
四堂悠太は笑いながら頷いて、宿屋へと戻っていった。
リデルはその背中を見送りながら、静かに自分の胸に手を当てた。
(……戦いの興奮じゃ。絶対に、そうじゃ)
どきどきは、なかなか収まらなかった。
その後、七人は再び馬車に乗り込んだ。農家の主人が、見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
馬車の隅で四堂悠太が、鞄から空になった種もみの袋を取り出し、感慨深げに眺めている。その横顔をリデルは、ちらりと盗み見た。
満足げな四堂悠太の顔を見ていると、なぜだかリデルの口元にも、自然と笑みが浮かんだ。
(……まったく。あやつの顔を見ておるだけで、こう、心が緩むとは。困ったものじゃ)
胸の奥にまだ、微かに残る温もりがあった。
(これも……戦いの余韻、じゃな。うむ)
リデルは、何度もそう自分に言い聞かせた。
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