第百十二話 出発前夜に地図を広げて
城の広間に戻ると、ブリザードが、詩集を手に椅子に座っていた。
「……お帰り。どうだった?」
ブリザードが、詩集から目を上げた。
「サラマンダーを、浄化しました」
ストームが、淡々と答えた。
「そうか」
ブリザードはそれだけ言って、また詩集に目を落とした。しばらくの間、誰も何も言わなかった。
「……レッドという召喚キャラが、種もみをくれたんだ」
四堂悠太が、布袋を取り出して言った。ブリザードが、今度は興味深そうに顔を上げた。
「種もみ?」
「この世界で、稲作ができるかもしれないって。土壌を調べてくれたんだ」
「……なるほど。面白いね」
ブリザードは、また詩集に視線を戻した。
その夜は、久しぶりにゆっくりと過ごした。夕食を終えた後、七人が広間に集まった。ブリザードが詩集の陰から、トランプの束をさりげなく取り出しかけた。
「……ブリザード」
四堂悠太が、言った。
「なんだい?」
「今夜は、大事な話があるから。トランプはできない」
「……そうか。別にトランプをしようなんて、思っていないんだけど」
ブリザードは、トランプをそっと詩集の陰に戻した。サンダーが、腕を組んだまま目を逸らした。ストームも前を向いたまま、何も言わなかった。
(どう見ても出そうとしてたけど……)
ルティナが穏やかに微笑みながら、鞄の中から一枚の紙を取り出した。丁寧に折り畳まれたそれを広げると、手書きの地図が現れた。
「……全ての精霊の祠の、大体の位置を書いてみました」
全員が、自然と地図を覗き込んだ。
「私が精霊たちと契約したのは、数百年以上前のことです。……その頃と、地形が変わっている部分もあるかもしれません。ですので、あくまで目安として考えてください。現地で道に迷ったときは、その土地の人に尋ねながら進みましょう」
「なるほどのぅ」
リデルが、地図を指でなぞりながら頷いた。
「では、順番はどう考えておる?」
「はい。まず、ストームが火の精霊の祠に拠点登録していますので、明朝、馬車ごとそこへ転移してから南下します。道中でリューベックの街に立ち寄り、その後さらに南へ進んでサランセルゴ共和国へ入ります。そこに水の精霊ウンディーネの祠があります」
「サランセルゴ共和国……私の故郷だ」
アレクシアが、静かに呟いた。
「はい。……その後は、アルブリー王国を経由して土の精霊ノームの祠へ。そして最後に、同じアルブリー王国にある、光の精霊エレメントの祠を目指します」
「アルブリー王国……我の祖国じゃ」
リデルが、遠くを見るような目をした。
「各地に立ち寄ることになりますが……それぞれの土地で、大切な人たちに会えるかもしれません。それも、この旅の意味の一つだと思っています」
ルティナはそう言ってから、少し微笑んだ。
「長い旅になりますが……よろしくお願いします」
「うむ‼ 任せておけ‼」
リデルが、力強く頷いた。
「……リューベックまでは、私たちも一緒に行くよ」
ブリザードが、口元に笑みを浮かべながら言った。
「リューベックまで、か。……短いが、その分しっかり務めてやる」
サンダーが、ぶっきらぼうにそう言った。
広間に、穏やかな空気が流れた。
***
翌朝、七人は早めに起き、荷物をまとめて城の前に集まった。城主が、快く馬車を貸し出してくれた。
「道中、お気をつけて。……また、いつでも戻ってきてください」
「ありがとうございます。必ず、お礼をしに戻ります」
ルティナが、丁寧にお辞儀をした。
「では、行くとしましょう」
ストームが、黒い靄を展開した。馬車ごと、七人の周囲を靄が包み込んでいく。次の瞬間、視界が暗転した。
目を開けると、見慣れた赤茶けた荒野が広がっていた。火の精霊サラマンダーの祠が、静かに佇んでいる。昨日の戦いの痕跡が、わずかに残っていた。
「……着いた」
「ここから、南下します」
ストームが言った。アレクシアが御者台に座り、手綱を握る。馬車が、ゆっくりと動き出した。




