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第百十一話 仲間に頼れ——レッドの言葉と、この世界に残したもの

 荒野に、静寂が戻った。

 レッドは巨大な収穫鎌を収めると、スターサラマンダーが消えていった空を見上げた。


「……良い奴だったな、あいつ」

「うん」


 四堂悠太は、静かに頷いた。


「料理人になりたいのか。……なれると良いな」


 レッドは、穏やかな声で呟いた。

 しばらく空を眺めていたが、ふと思い出したように手を叩く。


「あ、そうだ!」


 バトルスーツの胸ポケットから、小さな布袋を取り出した。


「創造主、これ、持っていってくれ!」

「何……?」


 差し出された袋を受け取ると、思いのほか重い。

 口を開けてみると、薄茶色の籾殻に包まれた小さな粒が、ぎっしりと詰まっていた。


「種もみだ!」


 レッドが、誇らしげに胸を張った。


「……種もみ?」

「ああ! こいつがあれば、米を育てられるぞ!」


 そう言うと、レッドはその場にしゃがみ込み、荒野の土をひと掴みした。

 指の間から土をさらさらと落とし、真剣な顔で見つめる。


「……ふむ」

「……何してるの?」

「土を見てるんだ。ちょっと乾いてるが、水さえ引ければ、ここでも稲作ができるかもしれないな!」

「さっきまで死闘を繰り広げてた場所で、田んぼの可能性を探ってるの⁉」

「農家だからな!」


(農家って、そういうものなの……?)


 四堂悠太は呆れながらも、もう一度、種もみの袋を見つめた。

 すると、脳裏にある光景が浮かんできた。


(異世界で、前の世界の作物を育てて、スローライフ無双……。これ、ラノベ市場研究で読んだことあるやつだ‼)


 荒れた土地を開墾し、稲を育て、やがて豊かな田園を築いていく。


(僕、今、その主人公になってる⁉ しかも、種もみを託してくれた農家の青年が、これから消えていくんだよ⁉ 物語の導入として完璧すぎない⁉)


「シドー、何を一人で興奮しておる」


 リデルが、不思議そうに首を傾げた。


「……なんでもない」


 四堂悠太は、そっと種もみの袋を握り締めた。

 そのとき、レッドのバトルスーツが淡く光り始めた。

 召喚の時間が、終わろうとしている。


「……創造主」

「うん?」

「一つだけ、聞いていいか?」


 レッドは、いつになく真剣な顔をしていた。


「お前、一人で抱え込んでないか?」

「……え?」


 思いがけない問いに、四堂悠太は息を呑んだ。


「辛いときは、大切な人に頼っていいんだぞ。俺だって、ブルー、ブラック、イエロー、ピンクがいなかったら、コメクイダーには勝てなかった」


 レッドは、仲間たちの顔を思い浮かべるように笑った。


「田植えも稲刈りも、五人で力を合わせてきたからな。一人じゃ、田んぼも世界も守れないんだ」


(田んぼと世界が同列なんだ……)


 四堂悠太は、思わず苦笑した。

 けれど、その言葉が冗談ではないことを、彼は知っていた。

 五人はいつだって、米作りにも、コメクイダーとの戦いにも、本気だった。


「……俺は、仲間がいたから戦えた。創造主にも、ちゃんと仲間がいるだろ?」


 レッドの視線が、リデルたちへと向けられる。


「頼れよ、ちゃんと。一人で何もかも背負おうとするな」

「……うん」


 四堂悠太は、小さく頷いた。

 その瞬間、懐かしい声が脳裏に蘇った。


『一人で抱え込まなくていいんだよ。辛いときは、大切な人に頼っていいんだから!』


(……エレメント)


 七年間、何度も自分を支えてくれた言葉だった。

 レッドの言葉と、エレメントの声が、胸の中で静かに重なっていく。


(そうだった。……エレメントも、ずっと言ってくれてたんだ)


 分かっていたはずなのに。

 気づけば、一人で抱え込んでばかりいた。

 四堂悠太は、傍らに立つ仲間たちを見た。

 リデル、アレクシア、ルティナ、ストーム、サンダー。

 この世界に来てから、何度も助けられてきた人たちだ。


「……ありがとう、レッド」

「おう!」


 レッドは、嬉しそうに笑った。


「よし‼ じゃあ、俺も帰るか‼」


 光が、少しずつ強くなっていく。


「新米の季節が、もうすぐだからな‼」


(最後まで田んぼのこと考えてるんだ……)


 四堂悠太は、思わず笑ってしまった。


「あ、そうそう!」


 レッドが、何かを思い出したように振り返る。


「さっき放り投げた麦わら帽子、どこ行ったか分かるか?」

「……帽子?」


 一同は、思わず空を見上げた。


「……ないのぅ」


 リデルが、辺りをきょろきょろと見回す。


「風に飛ばされたのでしょうか」


 ルティナも周囲を探したが、見当たらない。


「そうか! まぁ、仕方ないな!」


 レッドは、あっけらかんと笑った。


「また買えばいいしな‼」

「切り替え早っ‼」

「帽子は買えるが、新米の収穫は待ってくれないからな!」


(どういう優先順位なんだろう……)


 四堂悠太が呆れている間にも、レッドの体は光に包まれていく。


「じゃあな、創造主! 種もみ、大事にしてくれよ!」

「……うん。ありがとう!」


 レッドは大きく手を振った。

 その姿が光の粒子となり、静かに空へと溶けていく。

 最後まで、朗らかな笑顔のままだった。

 荒野に、再び風が吹いた。


「……シドー」


 アレクシアが、静かに声をかけてきた。


「麦わら帽子、あそこにあるぞ」

「……え?」


 指差す先を見ると、少し離れた岩の上に、麦わら帽子が引っかかっていた。


「……あったんだ」


 四堂悠太は岩へと歩み寄り、帽子を拾い上げた。

 つばについた砂を軽く払い、麦わら帽子を大切に鞄へしまった。

 そして、もう片方の手に握っていた布袋を見つめる。


(レッドが、この世界に残していったもの、か)


 種もみと、麦わら帽子。

 あれだけ騒がしかった男が去った後に残ったのは、どちらも、ごくありふれたものだった。

 けれど、種もみが無事に育てば、いつか、この世界にも稲穂が実るかもしれない。


(……本当に育てられるかな)


 四堂悠太は、種もみの袋を見つめた。

 子どもの頃、親戚の米農家を手伝ったことがある。田植えも稲刈りも、少しだけ経験した。


(そういえば、あのとき、田んぼの作り方も教えてもらったっけ……)


 ここは異世界だ。水も土も、地球と同じようにはいかないかもしれない。

 それでも、何も知らないわけじゃない。


(……よし。いつか、やってみよう)


 四堂悠太は、種もみの袋を大切に鞄へしまった。


「さあ、戻りましょう」


 ルティナが、静かに声をかけた。


「サンダーの転移で、すぐに城へ戻れます。……ブリザードにも、報告しなければなりません」

「うむ‼ 今日は良い戦いであった‼」


 リデルが、晴れ晴れとした顔で頷いた。


「アレクシアさんの防御も、よく持ちましたね」


 ルティナが、感心したように言った。


「……ストームの補助があったからだ。感謝する」


 アレクシアがストームに向かって頷く。


「……いいえ。皆さんが、よく戦ってくださいました」


 ストームは、わずかに目を伏せた。


「……話は城で続けるとしよう。わしの転移で戻るぞ」


 六人の周囲を、黒い靄が包み込んでいく。

 ふと見上げると、荒野の空は橙色に染まり始めていた。

 夕暮れが近い。

 四堂悠太は、鞄の中の種もみを、そっと手で押さえた。


(……いつか、この世界にも、お米が実るといいな)


 次の瞬間、視界が暗転した。

ここまでお読みくださって、ありがとうございます。

ブクマ登録や評価をくださって、嬉しいです。感想もとても励みになります。リアクションを付けてくださった方も、ありがとうございます。

皆様からあたたかい応援をいただき、頑張って書いていこうと思えました!

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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