第百十話 五穀豊穣・天地収穫斬と、ご飯は笑顔
二人の間で、再び炎が弾けた。
レッドは炎の拳を農具で受け流し、間合いを詰める。
だが、スターサラマンダーも退かない。踏み込んでくるレッドを迎え撃ち、炎を纏った拳を次々と繰り出した。
「はあああっ‼」
「ぬおおおおっ‼」
激しい攻防が続く。
レッドのバトルスーツには、幾つもの焦げ跡が残っていた。それでも、彼の足は止まらない。
やがて、レッドは大きく後方へ跳び、スターサラマンダーとの距離を取った。
「……よし。そろそろ決めるか!」
レッドが、収穫鎌を思わせる農具を構え直した。
「創造主‼ 必殺技、見せてやる‼」
「うん、頼む‼」
四堂悠太が拳を握り締める。
レッドは大きく頷くと、農具を天高く掲げた。
「よし‼ コンバイン、合体‼」
叫んだ瞬間、荒野に巨大な影が落ちた。
どこからともなく、黄緑色のコンバインが現れたのだ。
荒野には似つかわしくない農業機械が、地響きを立てて着地する。
「な、なんじゃ……あれは‼」
リデルが、目を丸くした。
「……農業機械です」
ストームが、珍しく困惑した様子で言った。
その間にも、コンバインが変形を始めていた。
アームが展開し、幾つもの刃が組み替わっていく。巨大な車体は光に包まれ、レッドの掲げた農具へと吸い込まれるように合体した。
「……農業機械ですか。また何だかよく分からないものが、武器に……」
ルティナが、呆然とそう呟いた。
「なぜ、農業機械が武器に変形するのじゃ?」
「……私にも分かりません」
(僕にも分からない。書いたのは僕だけど……)
四堂悠太は、思わず目を逸らした。
「地球のコンバインか。……懐かしいものを見るな」
サンダーは腕を組んだまま、興味深そうに眺めていた。
合体が完了したレッドの手には、巨大な収穫鎌が握られていた。
コンバインの刃を組み込んだ、異形の武器。
鋭い刃が陽光を受け、きらりと輝く。
「これが、俺たちスイハンジャーの力だ‼」
レッドは収穫鎌を両手で構え、腰を落とした。
先ほどまでの粘り強い戦い方とは違う。
大きな一撃を放つため、全身の力を一点に集中させている。
(……来る)
四堂悠太は、息を呑んだ。
あの収穫鎌は、レッドの切り札だ。
スターサラマンダーも、その力を感じ取ったのだろう。両拳に炎を凝縮させ、真っ直ぐにレッドを見据えた。
「……いいよ。全力で受けてみせる‼」
炎が、激しく燃え上がる。
「フレアバースト‼」
サラマンダーの両拳から、灼熱の奔流が放たれた。
先ほどまでとは比べ物にならない炎が、荒野を焼きながらレッドへ迫る。
レッドは退かなかった。
収穫鎌を大きく振りかぶり、地面を踏み締める。
「行くぞおおおおっ‼」
全身の力を刃に込めた。
「スイハンジャー・五穀豊穣・天地収穫斬‼‼‼」
巨大な刃が、振り下ろされた。
炎の奔流を、真っ向から斬り裂く。
轟音とともに、炎が左右へ割れた。
「なっ……⁉」
スターサラマンダーが目を見開く。
レッドは勢いを殺さず、地面を蹴った。
炎の間を駆け抜け、一気に間合いを詰める。
「……っ‼」
スターサラマンダーは咄嗟に両腕を交差させた。
だが、間に合わない。
振り抜かれた収穫鎌が、彼女の身を包む炎を根元から刈り取るように薙いだ。
光が、弾けた。
荒野を覆っていた熱気が、静かに薄れていく。
スターサラマンダーの両拳から、炎が消えた。
「……あぁ」
彼女は、ほっとしたように息を吐いた。
その体を、柔らかな浄化の光が包み込んでいく。
「この感じ……シルフが言ってたとおりだ」
スターサラマンダーは自分の手を見つめ、小さく笑った。
「少しも、嫌じゃないな」
やがて、顔を上げる。
その視線は、四堂悠太へと向けられていた。
「……ねえ、四堂悠太」
「……何?」
「あたしさ。料理人になりたいって言ったら、笑われたんだ」
スターサラマンダーは、静かに語り始めた。
「お前みたいにがさつで大雑把な奴が、料理なんかできるわけないって」
少しだけ、困ったように笑う。
「……まぁ、否定はできないんだけどね。あたし、実際にがさつだし、大雑把だし」
四堂悠太は、黙って耳を傾けていた。
「でも、料理は好きだったんだ。おいしいものを作って、誰かに食べてもらうのがさ」
スターサラマンダーの表情が、柔らかくなる。
「エレメントだけは、笑わなかった」
「……エレメントが?」
「うん。あたしが初めて作ったご飯、ひどい出来だったんだよ」
スターサラマンダーは、思い出したように苦笑した。
「焦げてるところもあれば、べちゃべちゃなところもあってさ。もう、見るからに失敗作」
それでも、と彼女は続けた。
「エレメントは、全部食べてくれたんだ。ひと口も残さずに」
スターサラマンダーの目が、遠くを見る。
「それで、笑って言ってくれたんだよ」
彼女は、あの日の声を思い出すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「『ご飯がおいしいって、最高だね! 幸せになれる! きっとサラマンダーは、これからたくさんおいしいご飯を作って、食べた人を幸せにするんだね! ご飯は笑顔!』って」
そこで、声が少し震えた。
「……あのときのエレメントの顔、忘れられないんだよね」
浄化の光が、静かに揺れる。
「あたし、自分でも失敗したって分かってたんだ。でも、あの子は本当に嬉しそうに食べてくれた」
スターサラマンダーは、そっと目を細めた。
「それが、嬉しくてさ……」
四堂悠太は、何も言わずに聞いていた。
「あの顔を見たとき、思ったんだ。もっとおいしいご飯を作りたい。また、あの子に笑ってほしいって」
スターサラマンダーは、自分の胸に手を当てた。
「……それが、あたしの本当の夢だったんだと思う」
(エレメント……)
四堂悠太は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(君は、サラマンダーの夢も、ちゃんと信じていたんだ)
スターサラマンダーは、ゆっくりと顔を上げた。
「だから、あたしは戦った。エレメントのためなら、世界を壊すことになっても……負けられなかった。……ねえ、四堂悠太」
「……うん」
「いつか、エレメントと一緒にご飯を食べてみてよ」
スターサラマンダーは、いつもの明るい笑顔を浮かべた。
「あの子と一緒に食べるとさ、笑顔になれるんだ。きっと、最高においしいよ」
「……うん」
四堂悠太は、小さく頷いた。
「エレメントは、あたしの夢を一番信じてくれた子だから」
スターサラマンダーの体を包む光が、少しずつ強くなる。
「あんたにも、いる? 自分のことを信じてくれる奴」
四堂悠太は、すぐには答えられなかった。
脳裏に、仲間たちの顔が浮かぶ。
リデル。
アレクシア。
ルティナ。
ストーム。
そして——エレメント。
みんな、何度も自分を支えてくれた。
自分が何もできないと落ち込んでいたときも、もう戦えないと思っていたときも。
それでも、信じてくれた。
「……うん」
四堂悠太は、スターサラマンダーを真っ直ぐに見た。
「いるよ。……僕のことを、信じてくれる人たちが」
「そっか。……なら、頑張りな」
スターサラマンダーは、満足そうに笑った。
彼女を包んでいた浄化の光が、ゆっくりと薄れていく。
やがて、光は完全に消えた。
スターサラマンダーはその場に立ったまま、四堂悠太を見つめていた。
「……エレメントのこと、頼んだよ」
そう言って、いつものように明るく笑う。
次の瞬間、彼女の体が、淡い炎に包まれた。
赤みがかったピンク色の髪が、ゆらゆらと、炎のように揺れる。
「じゃあね、四堂悠太!」
スターサラマンダーは軽く手を振ると、自らを包む炎とともに、まるで陽炎に溶けるように、荒野の彼方へと消えていった。
炎が収まり、辺りに静寂が戻る。
勝った。
スターサラマンダーを浄化することもできた。
それなのに、胸の奥に残っているのは、勝利の喜びとは少し違う感情だった。
スターシルフも、スターサラマンダーも、本心から自分たちと戦いたがっていたようには思えない。
それは、四堂悠太自身も同じだった。
できることなら、戦いたくなかった。
そして二人とも、最後にはスターエレメントのことを自分へ託していった。
(……どうして、僕たちはスターナイツと戦わなきゃいけないんだ)
どちらも、誰かを救うために戦っていたはずなのに。
今は、その少女たちと自分が、敵として向かい合っている。
戦いには勝った。
負けずに済んだことにも、みんなが無事だったことにも、心から安堵している。
——けれど。
四堂悠太は、自分がこの勝利を、手放しでは喜べないことに気づいた。




