第百九話 ご飯は大事——それでも、戦わなければならない
「そういえば、お前、炎を使うんだな」
「そうだけど?」
「じゃあ、料理は得意か?」
「……は?」
スターサラマンダーの動きが、ぴたりと止まった。
「何で、いきなり料理の話になるんだよ」
「いやぁ、俺、田舎で米を作ってるからさ。新米を炊くときは、かまどの火加減が大事なんだよ」
レッドは楽しそうに続けた。
「お前みたいに炎を自在に扱えたら、最高にうまいご飯が炊けるんじゃないかと思ってな‼」
「……最高に、うまいご飯?」
スターサラマンダーの声が、わずかに変わった。
「そうだ‼ せっかく育てた米だ。どうせなら、一番うまい状態で食べてもらいたいだろ?」
「……あんた」
スターサラマンダーは、ゆっくりとレッドに向き直った。
「あたし……料理人になりたいんだ」
「そうなのか‼」
レッドの目が輝いた。
「俺も、自分が育てた米を、おいしく食べてもらうのが夢なんだ‼」
「分かる‼ ご飯って、みんなを笑顔にするじゃん‼」
「そうそう‼ うまいもん食えば、元気が出る‼」
「お腹いっぱい食べれば、また頑張れるしね‼」
「食い物は大事だよな‼」
「大事だよ‼」
いつの間にか、二人は拳と拳を合わせていた。
ごつん。
(……何だろう)
四堂悠太は、その光景を呆然と見つめていた。
(さっきまで、こっちは命懸けで戦ってたんだけど⁉)
レッドは満面の笑みを浮かべた。
「俺たち、気が合うな‼」
「そうだね‼」
「よし! じゃあ、戦う理由なんてないな‼」
「ほんとだ! 戦わなくていいじゃん‼」
スターサラマンダーは笑顔でレッドに背を向け、数歩歩いた。
そして、ぴたりと足を止めた。
「……って、そんなわけないでしょ‼」
勢いよく振り返り、レッドの前へ戻ってくる。
(ノリツッコミまでできるのか、サラマンダー……)
「シドー……」
アレクシアが、困惑した顔で近づいてきた。
「……どうすればいい?」
「僕に聞かないでくれ……」
サンダーは腕を組んだまま、二人のやり取りを見つめていた。
「……賑やかな奴らだな」
そう呟いた口元が、かすかに緩んでいた。
やがて、スターサラマンダーの笑みが静かに消えた。
レッドも、それに気づいたらしい。
二人は目を合わせ、ゆっくりと距離を取った。
「……でもさ」
スターサラマンダーが、ぽつりと言った。
「あんたみたいな奴と戦うの、正直、嫌だな」
レッドは麦わら帽子のつばを押し上げ、真っ直ぐに彼女を見た。
「俺も嫌だよ」
「……え?」
「ああ。できれば、一緒にうまい飯でも食いたい」
その言葉に、スターサラマンダーは小さく笑った。
「……いいね、それ」
「だろ?」
レッドも笑う。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「でも、お前にはお前の守りたいものがある。俺にも、果たさなきゃいけないことがある」
「……うん」
「だから、やるしかないんだろ?」
スターサラマンダーは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと拳を握る。
「……そうだね」
彼女の周囲に、炎が灯った。
「あたしには、エレメントがいる。あたしを救ってくれた、大切な仲間が」
小さな炎が、両の拳を包んでいく。
「だから、負けられない」
「俺もだ‼」
レッドは、腰に差していた農具を引き抜いた。
鎌に似た形をしているが、刃には見慣れない機構が組み込まれている。
「……そろそろ、本気を出すか‼」
麦わら帽子を脱ぎ、勢いよく空へ放り投げた。
「スイハンジャー、チェンジ‼」
光が弾けた。
泥のついた作業着が、鮮やかな赤いバトルスーツへと変わる。
胸には稲穂のエンブレム。ヘルメットの両側には、稲の葉を模した意匠が施されていた。
変身を終えたレッドは、静かに腰を落とした。
先ほどまでの呑気な雰囲気が、すっと消える。
足を肩幅に開き、重心を低く構える。その姿勢には、農作業で培った足腰の強さと、幾度もの戦闘をくぐり抜けてきた者の落ち着きがあった。
(……あれ?)
四堂悠太は、思わず息を呑んだ。
(レッドって、こんなに頼もしかったんだ……)
スターサラマンダーも、同じものを感じたらしい。
「……さっきと、雰囲気が違うね」
「当たり前だろ」
レッドは、静かに答えた。
「コメクイダーと戦ってきた時間は、俺の本気だ。……ふざけてなんかいない」
「……分かってる。頼んだよ、レッド‼」
四堂悠太が拳を握り締める。
レッドは大きく頷くと、地面を蹴った。
スターサラマンダーもまた、炎を纏った拳で迎え撃つ。
「フレアバースト‼」
灼熱の奔流が、レッドへ迫った。
レッドは農具を両手で構え、真正面から受け止める。
「ぐっ……‼」
刃が赤く熱せられ、火花が散った。
足元の砂が吹き飛び、靴底が地面を削る。
レッドは歯を食いしばりながら、農具の角度を変えた。
「ぬおおおおっ‼」
炎の流れが左右に割れる。
すべてを防ぎきれたわけではない。バトルスーツの表面は焦げ、肩には焼けつくような熱が走っていた。
それでも、レッドは倒れなかった。
「……っ! 受け止めた⁉」
サラマンダーが目を見開く。
「熱っついな‼」
レッドが思わず叫んだ。
「当たり前でしょ‼」
「でも、いい火力だ‼ これなら、かまどの火加減も自由自在だな‼」
「もう料理の話はいい‼」
スターサラマンダーのツッコミが、荒野に響いた。
(レッド……戦闘中まで、ご飯のこと考えてるのか……)
四堂悠太は呆れながらも、レッドの動きを目で追った。
炎の勢いが弱まった瞬間、レッドが足を踏み出す。
一歩。
さらに、一歩。
派手な動きはない。
攻撃を受け流し、体勢を整え、隙ができれば前へ進む。
後退するときも、決して背中は向けない。
スターサラマンダーが再び拳を繰り出した。
「はあああっ‼」
レッドは身を沈め、炎の拳をかわした。
頬を熱気がかすめる。
そのまま懐へ踏み込もうとしたが、スターサラマンダーが素早く距離を取った。
「……やるね!」
「そっちこそ‼」
レッドは農具を構え直した。
「田んぼじゃ、足元が悪くても仕事を止められないからな! 踏ん張るのは得意なんだ‼」
「農家って、そんなに強いの⁉」
「コメクイダーにも負けなかったぞ‼」
「……そういえば、さっきも言ってたけど、そのコメクイダーって何なの?」
「俺たちスイハンジャーの宿敵だ‼ 米作りを邪魔する悪の組織‼」
「……米作りを邪魔して、何がしたいんだよ」
「人類を飢餓に陥れ、世界征服するつもりなんだ‼」
「世界征服の仕方が回りくどいな、コメクイダー‼」
「俺もそう思ってた」
レッドが、真顔で頷いた。
「詳しい事情は、創造主に聞いてくれ‼」
「僕に振らないでくれ……‼」
四堂悠太は、思わず頭を抱えた。
(中一の僕に、悪の組織の壮大な思想なんて求めないでくれ‼)
リデルが、とうとう堪えきれずに笑い出した。
「はははっ‼ 何じゃ、その悪の組織は‼」
アレクシアも、口元を押さえている。
ルティナは静かに微笑み、ストームだけが真剣な顔で戦況を見つめていた。
「……レッドの足運びには、無駄が少ないですね」
「ストームよ、今はそういう話ではなかろう……」
「いえ。あの炎を受けてなお、体勢を崩さず前進しています。足腰の強さだけでなく、戦闘経験による判断も的確です」
ストームは、真面目に続けた。
「ただし、熱による損傷は蓄積しています。長期戦は避けるべきでしょう」
「……急に現実的な話になったな」
四堂悠太は、レッドへ視線を戻した。
スターサラマンダーが、炎を纏った拳を繰り出す。
レッドは農具で受け流し、半歩踏み込む。
炎を避けるたびに、少しずつ距離が縮まっていく。
その姿は、華やかとは言い難かった。
それでも、一歩一歩、確実に前へ進んでいる。
(……拓海と、同じだ)
四堂悠太は、ふとそう思った。
誰も見ていない配信を続け、少しずつ強くなった拓海。
田んぼで働きながら、仲間とともに戦ってきたレッド。
やってきたことは違っても、積み重ねてきた時間が、今の二人を支えている。
「……悪くない戦い方だ」
サンダーが、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
レッドが、もう一歩踏み込む。
スターサラマンダーもまた、拳を握り直した。
二人の間で、再び炎が弾けた。
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