第十話 ワナビ、世界最強パーティと出会う
御者がスピードを上げる。しかし、四人も乗った馬車では限界がある。
「ザール、逃げるの?」
「ドラゴン相手に、全部かわせるとか、ガキみてぇなことは言わねぇ。しかもよりによって、最強のレッドドラゴンだ、マジで運が悪い……。
隊長、このまま逃げ切れるとは思えねぇ。俺がここで降りて足止めする」
「待て、俺が降りる。お前はシドウユウタを、必ずリューベックに届けてくれ」
「は⁉ 近接攻撃で足止め? あんた死ぬぞ‼」
「死ぬのが俺一人で済んだらラッキーだ。全滅だって有り得る事態だ。分かってんだろ?」
ザールが珍しく、沈黙した。
「あー、残念。作戦会議は、ここまで。時間切れみたいだね」
ネリサがそう言った直後——。
ドラゴンが地上に降りて来た衝撃で、馬車が吹っ飛んだ。
馬車に乗っていた全員が宙を舞って、地面めがけて落下する。もうダメだと思って目をつぶった瞬間、体がふわりと浮いて、ゆっくりと地面に降りた。
「コレットの風魔法か、助かった」
「ネリサの土魔法との合わせ技です」
二人の魔法がなければ、確実に大怪我か死んでいた。
(日常的に死にかけるって、本当に笑えない……)
それでも隊員たちは、すぐに四堂悠太を囲んで、戦闘態勢に入った。
「レッドドラゴンの弱点は、氷と水属性だ。炎属性は間違っても使うなよ? ブレスは即死級だ、固まらずばらばらに配置して、絶対に避けろ」
ヴィクターの指示に全員が無言で頷いて、散っていく。
「シドウユウタ、こっち」
コレットに連れられて、木陰に身を隠した。
「……コレット、あのドラゴンには勝てますか?」
コレットは即答した。
「絶対に勝てない。だから戦いが始まって、ドラゴンが隊長たちに集中したら、あっちの方角へ全力で走って。できればリューベックまで行ってほしいけど、せめてドラゴンが追い付けないくらいの距離まで」
「コレットは?」
「私はあなたが逃げられたら、隊長たちの援護をする」
「そんな……‼」
何も言えなかった。
ヴィクターが、レッドドラゴンの背後に突撃していくのが見えた。
その巨体——、体長三メートル以上、赤い鱗が夕闇の中で、キラキラと光る。どんな攻撃も通らなそうな圧倒的な強さ。
(コレットが絶対に勝てないと言った理由が、分かる……)
そう遠くない未来に、この場にいる全員が、ドラゴンに殺されるだろう。
コレットの言う通りにすれば、自分だけなら逃げきれるかもしれない。世界を救うために、無属性魔法が必要なのだから、逃げることは戦略的に正しい。
——でも嫌だ。
この世界に来て、まだ二日しか経っていない。コレットと会ったのだって、たった二日前だ。それでも、助けてもらったし、信頼してもらった。
コレットたちが死ぬのは、嫌だ。
(僕にも、みんなと一緒に戦う力があったら……。ヴィクターが、切り札だと期待する無属性魔法が、本当に使えたら)
気付くと、さっきネリサに教わった魔法の基礎を、思い出していた。
(呪文を詠唱して、結果をイメージして、魔力を使う……。でも、呪文が分からない‼)
ヴィクターが一撃を入れた。意外にもレッドドラゴンに効いたらしく、絶叫とともに、体を滅茶苦茶にくねらせ——斧と一緒に、ヴィクターを遥か後方に吹き飛ばした。
「ヴィクター……‼」
思わず立ち上がって、声を上げた僕を、コレットが力ずくで押さえつける。
「何やってるの、シドウユウタ‼ 早く逃げて」
ヴィクターを振り落としたドラゴンが、ふとこちらを向いた。
声に気付いたのだ。
考える間もなく、目の前に巨大なドラゴンが現れた。赤い鱗の一枚一枚が、顔が映りそうなほど近い。生臭い息が頬にかかった。
背後からザールの矢もネリサの魔法も飛んできたが、ドラゴンは振り向きもせず、尻尾で払い落した。
(だめだ……、コレットまで……‼)
せめて命の恩人の盾になろうと、四堂悠太はレッドドラゴンの前に立ちはだかった。
覚悟を決めた瞬間——、
眼前に巨大な光の壁が現れた。レッドドラゴンが吐いたブレスが、壁に当たって反射し、自らを焼いた。耐性があるはずのドラゴンが、苦しそうに悶絶している。
「こっちだ、レッドドラゴン!」
左方向から声がした。
剣と盾を持った女の子が、一人で突っ立っていた。長い黒髪を後ろで一つに束ねた、華奢な女の子だ。
(ドラゴンを引き付けようとしている⁉ たった一人で……‼)
ドラゴンはその声を聞いた途端、女の子めがけて突進した。全身での体当たりを、女の子は盾で軽々としのいだ。
「見事な突進だ。だがまだ全力じゃないだろう? もっと本気で来い。騎士は、全身全霊の相手としか戦わない!」
微笑を浮かべながら、力の押し合いをしている。最強のレッドドラゴンと、じゃれあっているみたいだった。
「絶対防御のアレクシア……」
コレットがつぶやいた。
ヴィクターが、世界の命運を託したと言っていた、最強の一人だ。
「頭ががらあきじゃ。しっかり防御しておらぬと危ないぞ」
アレクシアの横から飛び出した女の子が、レッドドラゴンの頭に巨大なハンマーで一撃を食らわせた。
ドラゴンはひっくり返って、手足をばたばたさせた後、二度と動かなくなった。
(え……今、何が起きた……?)
見た目は十歳ほどの女の子だが、猫耳と尻尾がある。獣人族の王女で、怪力の持ち主——破壊神リデライン。
三メートル超のドラゴンの頭上に軽々跳躍して、たった一撃で仕留めてしまった。
(いや、全然理解できないんだけど……)
「リデル、ドラゴンはどうやって頭を防御すればいいんだ? あの手の長さでは頭に届かないと思うのだが」
アレクシアが真面目な顔で、今一番どうでもいい疑問を発した。
(そこ、気にするの……⁉)
「感覚じゃ! 感覚。無我の境地で感覚を研ぎ澄まし、頭を守る感じじゃな」
「ふむ、無我の境地で感覚を研ぎ澄まし、頭を守る感じか! なるほど、今度やってみよう」
(……全然分からない。なのにアレクシア、何故か理解してる)
世界最強の二人組なのに、そこはかとなく漂うポンコツ臭。ヴィクターが、「性格に難がある」と言っていたのを、今ようやく理解した。
「あらあら、お二人とも相変わらず。でも、助けた方々にご挨拶しないと、化け物と思われてしまいますよ」
肩まで伸びた銀色の髪、とんがった耳。——背が高いエルフの女の子が、小首を傾げて微笑んだ。
「あ、えっと、大丈夫です。助けて頂いて、ありがとうございました」
少し棒読み口調になってしまったのは、ヴィクターの話を思い出していたからだ。
(この子が政治献金……)
そのかわいらしい見た目からは、到底信じられない。
「助かったわ、ルティナ。あの光の壁がなかったら、私もシドウユウタも死んでいた」
そうだ——、突如現れた光の壁。ドラゴンのブレスを反射させた、あの魔法。
(一瞬であれほど大きな壁を……)
コレットやネリサの魔法とは、桁違いだ。底なし魔力のルティナ。二つ名が腑に落ちた。
「本当にレッドドラゴンは死んだのかしら……」
「間違いなく死んでる」
どこからか駆けつけたヴィクターが、ドラゴンの脇にかがんで確認した。遠くまで吹っ飛ばされていたはずなのに、完全無傷だ。獣人は丈夫にできているらしく、誰も驚いていない。
コレットはようやく安心したのか、その場にへたりこんだ。
アレクシアは倒したばかりのドラゴンに向かって、居ずまいを正した後、無言で短く頭を下げた。それから剣を鞘に収める前に、布で丁寧に刃を拭いた。一連の動作が、あまりにも迷いなく自然で、毎日欠かさずやっていることなんだと分かった。騎士としての流儀なんだろうか。
「そんなことよりヴィクター、次のお届けまではあと三か月ありますのに、何故こんなところに?」
「そりゃこっちの台詞だ、ルティナ。なんでもうすぐ日が落ちるのに、街の外をウロウロしてるんだ? 助かったが……」
「それは……キノコを採りに来たからです」
「はぁ⁉」
ルティナが経緯を話し始めた。
いつも通り三人は、お金を使い果たして金欠になり、今晩の食事もなく、動物でも狩ろうということになった。野兎を見つけて、ルティナがアレクシアに仕留めるように頼んだところ、
「断る。騎士の剣は飾りだ。斬れない」
と断られた。物理的な話か、心情的な話かは不明だが、問いただしても、解決しない。元々動物大好きな獣人のリデラインは、狩りに大反対で、頼りにならない。ルティナの魔法では、小さくすばしっこい動物は捕らえにくい。
仕方なく、ルティナはその辺の木を切って、即席のボウガンを作り、アレクシアに使ってもらうことにした。騎士なら弓術の心得があるはずだと読んだのだ。
再び野兎を見つけ、アレクシアが狙いを定めて撃った。精度は高く、一発で仕留められるはずだった。 ——しかし、リデラインが野兎をかばって、撃たれた。
「全く、リデルさんの動物好きにも困ったものです……」
ルティナがくすくすと笑う。
「私も危うく仲間を撃ち殺すところだった。騎士失格だな!」
アレクシアも、恥ずかしそうに笑っている。
「いや全く笑えねぇよ‼ 何で晩御飯かばって撃たれてんだ⁉」
ザールが、鋭く突っ込んだ。
(ほんとそれな‼)
男版ツンデレのザールが、急にまともに見えてきた。
瀕死のリデラインにルティナが治癒魔法を施し、動物を狩ることを断念して、キノコを探していたところ、四堂悠太たちがドラゴンに襲われているところを見つけて、助けてくれたのだった。
「助けてもらったのはありがたい。だが、半年分の生活費を三ヶ月で使い切ったとか、野兎をかばってボウガンに撃たれたとか、キノコを探して夕暮れの森を彷徨っていたとか……」
ヴィクターは大きなため息をついて、空を仰いだ。
「まぁ、こんなところで話していたら、また魔物に見つかるかもしれんから、ともかく街に行こう」
(世界の命運を託した最強の三人が……、これかぁ)
何とも言えない気持ちで一杯になった。
***
ドラゴンに襲われた森を十分ほど歩くと、大きな街が現れた。
——リューベックの街だ。
(ほんとにあともう少しで到着できるとこだったのか……)
しかし、覚悟していたゴーストタウンの光景は、どこにもなかった。店が立ち並び、屋台には夕方の買い物客が集まって、レストランからは笑い声や歌声まで聞こえてくる。
思っていた街とは、全然違っていた。最前線の街から逃げられずに、魔王軍に怯えながら仕方なく荒んだ生活をしている人々なんて、どこにもいない。
「なんだ、思ったより普通で、驚いてるって顔だな」
ザールがにやにやして声をかけてきた。
「戦争ってのは儲かるもんなんだとよ。多少の危険があっても、よそより儲かる商売があるなら飛びつくのが人だ」
「にしても、いつ来ても緊張感がなさすぎる気がするが……」
ヴィクターが首を傾げると、ネリサが明るく言った。
「きっとアレクシアたちが頑張って戦ってくれているから、街の人たちも安全に暮らせているんだよ。楽しく暮らせているなら、何よりだよね」
「……そうだな。いつか本当に、安全で平和な暮らしを実現させてやりたいが、今はこんなもんで勘弁してもらうしかない」
ヴィクターが街を見渡したので、つられて街を見渡した。
街の真ん中に、大きな時計塔があった。高さ五メートルを超える、石造りの立派な塔だ。
——しかし、時計の針は、一時を指したまま止まっている。
「朝早く出発して、昼を食べて、魔物に遭遇して夕方になったのに……なんで一時?」
「壊れているだけだ。私たちがこの街に来た時、すでに止まっていた。この街のシンボルだったそうだが、もう随分長く、あの鐘の音を誰も聞いていないと、街の人が言っていた。悪徳領主のせいで、修理もされないまま放置されているんだ」
アレクシアが、親切に教えてくれた。
「いつか世界が平和になったら、あの時計塔の鐘の音を聞いてみたいものだ」
「あら、戦うかギャンブルしか興味がないと思っていましたのに、意外と感傷的なんですね」
「い、いやまぁ……、そう褒められると困るのだが……」
(たぶん全く褒められていない)
「この世界が平和になって、街のシンボルだった鐘の音を聞く――良い目標だな。今日はそのために、大きな一歩を成し遂げた。ということで、どこかうまい飯屋に行って、シドウユウタの歓迎会をしよう」
ヴィクターの提案で、美味しそうな匂いのするお店に入った。
***
店に着いてすぐ、ヴィクターが、この街にきた理由を話すと、
「無属性魔法が使えるって……、それ魔王の手先なんじゃないですか?」
ルティナが不審そうな目で四堂悠太を見た。
(はい、その疑いキタ—!)
この世界に来て、もう何度目か分からない。
(この先も初対面の人に訂正し続けなきゃならないのか……。まぁ、心強い味方がいるから、いきなり殺されることはもうないだろうけど)
「大丈夫だ、ルティナ。シドウユウタは魔法が一切使えない。殺されそうになっても使う気配がなかったから本当に使えないんだ。今のところ、魔法石がその適性があると判断しただけでな」
ヴィクターがすかさず説明してくれた。
「魔法石の判定に、誤りのあるはずがありませんね。それどころか、判定不可能なほどの魔力を持っていて、魔法石を砕いてしまうなんて。底なし魔力と言われる私でさえ、そんなことにはなりませんよ。ヴィクター……、とんでもない人を連れてきましたね」
「ほう、ルティナよりすごい魔法使いか。名乗れ」
さっきから名前付きで紹介されているのに、リデラインは聞いていなかったらしい。
「四堂悠太と言います。魔法を使えたことは一度もないのですが、この世界を救うためにできることをしたいと思っています」
緊張したせいで、入学して初めての自己紹介みたいになってしまった。恥ずかしい。
「シドー……なんじゃ? 名前が長くて覚えられぬ。これからはシドーと呼ぶが、構わぬか?」
「いいですよ」
「では我も名乗ろう。リデライン・ディ・クレムナート・レーデルシュタイン・ルルド・アルブリーだ。よろしく頼む」
「長いわ‼」
ひとの名前が長いとは、一体どの口が言うのか。
「王族ゆえな。特別にリデルと呼ぶことを許す」
改めてリデルを観察してみる。大きな三角形の耳に、長い尻尾。
「リデルは、猫の獣人だね?」
「違う‼ 猫ではない、ライオンだ‼ 百獣の王と言えば、ライオンしかないであろう! それをこともあろうに猫とは‼」
(どこからどう見ても子猫なんだけど……)
「ごめん、ヴィクターから、王族にしかいないライオン型の獣人だって聞いてたのに、すっかり忘れてた。よく見たらライオンにしか見えなかった」
リデルの怒りを鎮めるため、嘘をついた。
「全く……。ルティナより凄い魔法使いと聞いておらなんだら、不敬罪で噛み殺すところであったわ」
(噛み殺すって言われても、見た目が猫耳幼女だから、全然怖くない)
改めてリデルのことを整理してみた。獣人族の王女様で、もふもふ猫耳獣っ娘で、幼女で、堅苦しい喋り方だけど、漂うポンコツ臭もあって、それでも世界最強の一人——。
(設定盛りすぎ‼)
キャラ作りでよくやってしまうのが、設定をつけすぎることだ。ツンデレ金髪ツインテールで、生徒会長で、財閥のお嬢様で、成績トップで、理事長の娘で、政府とも謎の繋がりがあって、NASAの宇宙開発にも携わっていて、実は主人公の生き別れた妹——、そんなキャラを作ったことがある。
(蘇る黒歴史……)
「あの……リデルさん、設定はせめてあと半分くらい減らした方が良いと……、僕は思うのですが……」
「設定じゃと? 何のことか分からぬが?」
(しまった‼ またやってしまった)
リデルはキャラではなく、この世界に存在している生身の獣人だ。現実とラノベの区別が(以下略)。
「リデルさんの魅力が、たくさんあり過ぎるということですよね?」
ルティナが瞬時にフォローを入れてくれた。
「あ、えっと、まぁ……そんなところです」
「ふむ。王族ゆえのオーラを持つ自覚はあるが……、世界の危機において、王族も平民もあるまい。以後は共に戦う同志として接することを許す」
「あぁ、はい、ありがとう……」
(ルティナ、本当に頭が切れる……)
設定盛り過ぎと言ったのも、ほぼ意味を違えず、伝わってしまったみたいだし。
「シドウユウタをここに連れてきたのは、正解だったようだ。無属性魔法の解明はルティナに任せる。コレットとネリサは暫くこの街に滞在して、ルティナに協力してやれ」
「了解です。隊長は?」
「俺とザールは、明日の朝帰る。本部を留守にしっぱなしにする訳にもいかんからな」
世界最強パーティとの合流は果たせた。無属性魔法については、何の進展もないけど、ヴィクターは安心した様子で翌日帰っていった。
——三人が浪費してお金を使い果たすことがないよう、くれぐれもよく見張ってくれと、何度も念を押しながら。
初めてのブクマ登録、ありがとうございます。励みになります。あと数話であらすじのチート能力覚醒しますので、もう少しお待ちください。これからもよろしくお願いします。




