第九話 ワナビ、世界を救いに出発する
こんこん、とドアをノックする音で、目を覚ました。
「シドウユウタ、起きている?」
ドア越しに聞こえたのは、コレットの声だ。
「……はい。すぐ出ます」
急いで起き上がり、テーブルに畳んであった制服に着替える。目覚まし時計がないから、時間通りには起きられなかった。異世界に来てまだ二日目だからいいけど、そのうち制服も洗濯したいし、着替えも欲しい。あとでヴィクターに頼もうと思いながら、急いで支度をした。
「おはようございます、コレット」
「おはよう、シドウユウタ。よく眠れた?」
「はい、美味しいご飯と良い部屋のおかげで」
「それは良かった。出発の準備が整ったら、外へ出て。馬車を用意してあるから」
コレットに言われて部屋を見渡したけど、持っていくものは何もない。この世界には、身一つで来たのだ。それでも一応部屋を見渡して、何も置いてないことを確認してから外へ出た。
宿屋の前に、大きな馬車が停まっていた。馬車の前で誰か二人が立ち話をしていて、そのうちの一人が、コレットの姿を見つけて、こちらを見た。
「——よう。この世界の救世主ってやつは、そいつか」
銀色の長髪をひとつに結んだ、背の高いエルフだ。
「ザール、いきなり失礼よ。彼の名前はシドウユウタ。今日はリューベックの街まで、護衛をお願いね」
「あぁ、この世界の希望だからな。せいぜい敵に見つからないよう、馬車の中で隠れていろよ、救世主様」
(……典型的なツンデレだ)
口調はトゲトゲしているけど、根は良い人——二次元の作品には、男女問わずこういう性格のキャラが多い。どうせツンデレなら女の子の方が良かったが、隣町までの護衛を頼める相手がいるだけでありがたい。今は、何の能力もない、非力な人間だ。
「ザールさん、今日はよろしくお願いします」
「……っ、べ、別にお前に頼まれなくたって、俺は任務をこなすだけだから……」
そっぽを向いたザールを見て、僕は確信した。
(やっぱりツンデレだ。しかも古典的なやつ)
「シドウユウタ、こっちがエルフのネリサよ。八階層までの魔法がつかえるの」
「ネリサです、今日はよろしく!」
コレットに紹介されたエルフが、フレンドリーに手を差し出してきた。金髪ショートヘアで、ザールと同じく背が高い。
全員が馬車に乗り込んだところで、ヴィクターが御者席の隣から声をかけてきた。
「荷物は積み終わった。出発するぞ!」
——こうして、世界を救う旅が始まった。
***
「ザールとネリサが来てくれたか。ご苦労だったな、コレット」
「あとは、なるべく魔物に遭遇しないと良いですね」
「何もなければ、昼過ぎには到着できる。——そういえばザール、魔法は何階層まで使えるんだ?」
「はあっ、魔法⁉ 魔法なんて使えねぇよ。エルフはみんな魔法が得意だと思うなよ! 俺はエルフの中では珍しい弓使いだ‼」
ザールは憤慨しつつ、背中に背負った弓を、ちらちら見せてくる。エルフの弓使いは、メジャーなイメージだったから、珍しいと言われてもぴんとこない。
「じゃあネリサは……」
「火属性が八階層まで、土属性が五階層まで、水属性が四階層まで使えるよ」
「おおっ、ネリサ。シドウユウタに魔法を教えてやってくれないか? 今は何の魔法も使えんらしい」
「魔法なら、リューベックの街にいるルティナに教わった方が良いんじゃない?」
「もちろん、向こうに着いたらルティナに頼む積もりだ。だが道中、基礎くらいなら習得できるんじゃないかと思ってな」
「なるほど。やってみる? シドウユウタ」
「お願いします」
唐突に振られたが、条件反射で頷いていた。まさか馬車の中で、魔法の練習をするとは思っていなかった。でも、どうせリューベックの街で魔法を学ぶ予定だったのだから、早いに越したことはない。
「じゃあまず、魔法の基礎からね」
ネリサは、鞄の中をごそごそと探り、透明な一本の瓶を取り出した。
「水の精霊ウンディーネよ、水の眷属である我に、汝の力を貸したまえ」
その瞬間、空だった瓶の中に、どこからともなく水が沸いてきた。あっという間に、瓶を満たしてしまう。
「……すごい!」
「旅先で水に困ったときに、便利な魔法だよ。使う魔力もごく少量で、呪文も簡単。まず私と同じようにやってみて」
ネリサは、瓶の水を馬車の外に撒いて、空にしてから差し出した。
慎重に受け取ると、見た目通りの重量の、何の変哲もない瓶だ。
(ただの透明な瓶に、魔法の力で水を……)
こんなことは、前にいた世界では絶対にできない。種も仕掛けもなく、精霊の力を借りて、なかったものを存在させるなんて。
(どこからどう見ても……魔法だ)
当たり前のように、魔法が存在するの目の当たりにして、改めて異世界に来たことを実感した。
「さぁ、やってみて」
「水の精霊ウンディーネよ、水の眷属である我に、汝の力を貸したまえ」
言っている途中から猛烈に恥ずかしくなったが、何とか唱えることができた。
——しかし、何も起こらない。
「魔力が足りない訳でも、呪文が間違っている訳でもないし……、何でかなぁ?」
ネリサも不思議そうに首を傾げている。
(やっぱり、僕には魔法なんて使えないのか……)
「結果のイメージが足りないんじゃない? 瓶の中に水が沸くイメージが、上手くできていないとか」
コレットが指摘してくれた。ネリサもそうかもしれないと頷く。
「次は、瓶の中に水が沸くイメージをしっかり描きながら、唱えてみて」
一生懸命イメージしながらもう一度。
「水の精霊ウンディーネよ、水の眷属である我に、汝の力を貸したまえ」
——それでも何も起きない。
「俺と同じで、魔力がほぼない、なんてことはないよな。魔法石がコイツの魔力で砕けた訳だし」
ヴィクターも様子を見ながら、原因を考えてくれた。
「おいおい、みんな難しく考えすぎじゃねぇか? 単に魔法が使えないってだけだろ」
「ザール、そう簡単に結論付けんでくれ。シドウユウタの無属性魔法は、俺たちの切り札になるかもしれん強力な魔法だぞ」
「あるのかないのかも分からん魔法に期待してもしょうがねぇだろ。もっとマシな手段を考えた方が、時間が有効に使えるんじゃねぇか?」
「マシな手段があるなら、とっくに魔王を倒してる。もう奇跡みたいな力にでも頼らないと、勝ち目がないんだ」
ヴィクターの言葉を聞いて、ザールは溜息をついた。
「まぁ……隊長命令なら仕方ねぇ。せいぜい期待に応えてくれよ、シドウユウタ」
「ちょっとザール、そんな言い方ないじゃない!」
「本当のことだろ。こんな、ガキでもできる簡単なことが何度やってもできなくて、俺なら嫌になるね。弓使いに転職したくなったら、いつでも歓迎するぜ」
「ありがとう、ザール。もうちょっと頑張ってダメそうなら、弓使いも考えてみる」
毎日ひたすら呪文を詠唱し続ける自分を思い描いて、すでに嫌になってきた。
(魔法が使えるようになる気が全くしない……)
「五大精霊の加護を受ける魔法と、無属性の魔法じゃ、やはり使い方が全然違うのかもしれん。だとすると、どうやって……」
「まぁ、まずはリューベックのルティナに聞いてみようよ。魔法については、彼女が一番詳しいから」
「そうだな、取り敢えずシドウユウタ、何度も練習してみてくれ、それで駄目だったら——」
「おい‼ 魔物だ‼」
ヴィクターの言葉を遮って、ザールが叫んだ。
——その瞬間、馬車の空気が一変した。
さっきまで魔法についてあれこれ議論していたのに、たった一言で全員の顔が切り替わった。武器を手に取り、速やかに戦闘態勢に入っていく。
(さすが歴戦の冒険者たちだ……!)
「ザール、敵は何だ、数は?」
「ゴブリンの群れ……五匹いやがる……。さすが最前線の街へ行くルートだな。こいつは手ごわいぞ」
「ザールとネリサは援護を。コレットはシドウユウタを守っててくれ」
ヴィクターが指示を出すと、あっという間に馬車を飛び降りた。ザールは手近な木の上へ。ネリサは大きく地面を蹴ってジャンプし、——直後、馬車の屋根がどすんと鳴った。屋根に飛び乗ったのだ。
コレットが御者に、全速力で駆け抜けるよう頼んでいる。
四堂悠太は馬車の中から、戦いを見守ることしかできない。
薄暗い明け方の道に、ゴブリンの影が見えてきた。思っていたより小さくて、顔に角が生えている。剣や盾を持ちながら、馬車よりも速いスピードで追ってくる。
「ゴブリン……、あいつらは何が目当てなんですか?」
「ほとんどの魔物に目的なんてないわ。ひとを見れば襲うだけ。あまり身を乗り出して、落ちないようにね」
コレットも反対側の窓から、身を乗り出しながら答えてくれた。
「ヴィクターたちは勝てますか?」
「五匹は苦戦するかも。でも安心して——四人で戦えば、勝てない敵じゃない」
実は不安に思う反面、元ワナビとして楽しくもあった。
(実際の魔物との戦闘‼ 目に焼き付けておこう‼)
焼き付けて描写の参考に——と考えて、苦笑した。
(もうワナビをやめたんじゃなかったのか。描写の参考なんてどうでもいいから、ただ楽しめばいいんだ)
馬車に向かって全力疾走するゴブリンめがけて、炎の塊が飛んだ。ネリサが馬車の上から、魔法を放ったのだ。ゴブリンはすんでのところで、右に飛び退いて回避した。——が、その瞬間、木陰から矢が飛んできて、首に命中した。
(……すごい)
ネリサは、最初から魔法を当てるつもりじゃなかった。ザールの射程距離まで誘導したのだ。何の言葉もなしに、これほどの連携ができるなんて。
四堂悠太は、魔物に襲われていることも半ば忘れて、目の前の戦闘に目を奪われた。
もう一匹のゴブリンが、再び馬車に突っ込んできて、二人はあっという間に、同じ戦法で仕留めた。どうやらゴブリンは、仲間がやられるのを見ていたのに、同じように突っ込んでくるらしい。
(頭はあまり良くないんだな)
「あっという間に二匹! あと三匹ですね!」
「近接タイプは楽だけど、残りはどうかしら……」
「ゴブリンにも、攻撃タイプの違いがあるんですか?」
「えぇ。近接と遠隔がいて、厄介なのが、遠隔ね。こちらと同じ魔法と弓で、一定の距離を保ちながら、ちまちま攻撃してくるの。毒攻撃があって、一撃でもくらえば、致命傷。それから、近接タイプの中に一種類だけ、重装ゴブリンがいて——防御力が半端ないから、弓矢も半端な物理攻撃も効かない。倒すなら魔法か、よほど強い打撃じゃないと……」
(なるほど。魔物側にも戦闘タイプを作れば、戦闘がより複雑になって面白いのか! よし、次作に取り入れて——)
四堂悠太は、頭を抱えた。
(だから‼ もう書かないんじゃなかったのか‼ 次作なんて永遠にないんだよ‼)
いちいちワナビ脳で反応してしまう自分が嫌になる。
「大丈夫よ、シドウユウタ。厄介なタイプでも、みんな倒し方は分かっているから」
コレットが、怖くなったのだろうと勘違いし、励ましてくれた。
(僕の脳内が、コレットには到底理解できないおかしな妄想で満ちているとは言えない……)
「そ、そうですか。それなら安心ですね!」
慌てて返事をした。
案の定、残りのゴブリンは遠隔タイプだったようで、矢や魔法が、馬車めがけて飛んできた。ザールとネリサが迎撃してくれているが、膠着状態が続く。その状況を打開したのは、ヴィクターだった。
馬車よりずっと先に走って行き、重装ゴブリンを一人で倒し、戻ってきて魔法タイプの背後を取り、たった一撃で仕留めた。
(物理攻撃が効きにくい重装タイプを、圧倒的な力で倒すなんて……)
ツキノワグマ型の獣人だからなのか、ザールやネリサとは別格だ。
ヴィクターが魔法タイプを倒したことで、残る弓使いタイプも、ザールとネリサが協力して仕留めた。
「みんな、無事ですか?」
コレットが喜んで迎えた直後、ネリサが負傷した腕を差し出した。
「コレット、ダメージ解除してもらっていい?」
「毒じゃなくて、魔法による火傷ね」
コレットが呪文を唱えると、傷はたちまち消えた。
「ありがとう。ソロなら、死んでたかも」
「……え?」
「八割がた死んでたな」
とヴィクターに注意されて、ネリサは首をすくめた。
「ソロなら逃げることにしてるよ」
「賢明だな」
(普段なら逃げるほどの魔物と、僕を護衛するために戦ってくれたのか……)
生で戦闘が見られて嬉しいなんて、感動していた自分が、急に恥ずかしくなった。
「ネリサさん、危ない目に遭わせて、すみません……」
「いやいや、冒険者なんてこんなもんだから! 死にかけるのも、日常茶飯事だからね。ましてや、私たちは世界を救い隊に入ったときから、みんな覚悟は決めてる」
「俺はそこまで弱っちい冒険者じゃねぇよ。日常的に死にかける冒険者なんて、冒険者辞めた方がいいぜ?」
ザールが至極まっとうな発言をした。
「物は例えだよ! 大体ザールだって、私と同じ遠隔タイプじゃん! 紙装甲なのは一緒でしょ?」
「はぁ⁉ 誰が紙装甲だ‼ 一緒にすんな‼ もし仮に防御力が少し低かったとしてもだ、俺の素早さがあれば、魔物の攻撃なんざ全部回避できるんだからな!」
「お前ら、そこまでだ。俺たちの目的は、魔王を倒すことで、そのためにシドウユウタが必要だから、無事にリューベックまで護衛する。それが達成できるなら、逃げようがかわそうがどっちでもいい」
ヴィクターにたしなめられて、二人ともうなだれた。
「なんにせよ、無事に切り抜けられて良かった。みんなこの調子で頼む」
その後、運よく魔物に遭遇することなく、順調に進んだ。ゴブリン戦で、時間をロスして、昼休憩も挟んだため、すっかり夕暮れになっていたが。
「日が暮れるまでには着けそうだ。もう少し、急いでくれ……」
ヴィクターが御者に頼んだその時——。
大きな地響きと、獣の咆哮が聞こえた。
「なに、この叫び声は……」
「分からんが、この揺れからして相当近い、警戒しろ‼」
窓から身を乗り出して、ザールが叫んだ。
「ドラゴンだ‼ 全速力で逃げろ‼」




