第百七話 魔法少女の拳は、正面から受けない
目を開けると、そこは見慣れない場所だった。
赤茶けた岩肌が続く、乾いた荒野。空気が熱く、肌がじりじりと焼けるような感覚がある。遠くに、揺らめく陽炎。地平線の向こうに、くすんだ橙色の空が広がっていた。
「……着きました」
ストームが、静かに言った。
「ここが、火の精霊サラマンダーの祠か」
四堂悠太は、周囲を見渡しながら呟いた。祠は、荒野の中央に、ひっそりと建っていた。石造りの小さな建物で、表面には長年の熱で焼けたような、黒ずんだ跡が残っている。祠の周囲だけ、空気が揺らいでいた。熱気とは違う、何か別の力が漂っているような、独特の気配だった。
「……感じます」
ルティナが、杖をそっと前に向けながら言った。
「強い炎の精霊の気配。……それと、もう一つ」
「もう一つ?」
アレクシアが、眉をひそめた。
「はい。……魔法少女の、気配です」
その言葉が終わるより早く、祠の前の空気が、ゆらりと揺れた。
炎が、地面から吹き上がった。橙色の炎が渦を巻き、人の形を作っていく。炎が収まったとき、そこに一人の少女が立っていた。
肩を少し越える、赤みがかったピンク色の髪が、炎のようにたなびいている。赤と白のコスチュームに、オレンジのスカート。腰に手を当て、仁王立ちで、こちらを見据えている。目は鋭く紫色で、迷いも揺らぎも一切なかった。
「来たね」
スターサラマンダーが、口を開いた。その声は明るくて真っ直ぐで、どこか懐かしさすら感じる声だった。
「ねこニャンにもらった魔法アイテムで、シルフから聞いてたよ。……四堂悠太が戻ってきたって」
スターサラマンダーは、拳と拳を打ち合わせた。
「前回は、引き分けだったね。今回は……どうかな」
(前回は引き分けだったのに、この余裕か……)
四堂悠太は、内心で緊張しながら、スターサラマンダーを見つめた。
「……名前を聞かせてもらえますか」
ルティナが、静かに前に出た。
「あたし? スターサラマンダー。……まぁ、サラマンダーって呼んでくれていいよ」
スターサラマンダーは、あっけらかんとした様子でそう答えた。
「あなたは……料理人になりたいんですよね」
ルティナの言葉に、スターサラマンダーの表情が、一瞬だけ動いた。
「……シルフから聞いた?」
「いえ、ストームから」
「そっか」
スターサラマンダーは、少しだけ視線を落とした。それからすぐに、また真っ直ぐこちらを見た。
「でも今は関係ない。今あたしがやるべきことは、あんたたちと戦うことだから」
炎が、スターサラマンダーの周囲に渦を巻いた。
「さあ、始めようか」
(小説のタイトル……。召喚しなきゃいけない。二作目の……「働く車変形ロボ ワークギアー」の次に、中一のときに書いた……)
四堂悠太は、頭の中を必死に探った。
(稲作の話で……戦隊で……五人いて……お釜と……コンバインで……)
タイトルが、出てこない。
(なんで……‼ 確かに書いた。絶対に書いた。なのに……)
「シドー、どうした。タイトルは」
リデルが、小声で聞いてきた。
「……もうちょっと待って」
「いつも思い出せぬな、シドーは」
「いえ、前回拓海さんのときは、最初から言えていました」
ルティナが、すぐに訂正した。
「……そうじゃったか」
「はい。前回だけですが」
「つまり、シドーの記憶力の問題ではなく——」
「小説のタイトルが、それだけ思い出したくない過去だった、ということだと思います」
リデルが、少し神妙な顔をした。
「……そうか。ならば、急かすのは酷じゃな」
「ですが、スターサラマンダーは待ってくれませんので」
(お釜……ご飯……戦隊……五色……悪の組織……お米……)
じりじりと、焦りが募っていく。
「……来る‼」
アレクシアが叫んだ。
スターサラマンダーの両拳を包む炎が、勢いを増していく。
「四堂悠太、タイトルを思い出せるまで、私たちで時間を稼ぎます‼」
ストームの声が、荒野に響いた。
「頼む……!」
「アレクシア。今回は、正面から受け止めないでください」
「……何?」
「前回と同じ戦い方では、通用しません。彼女の勢いを利用します」
ストームが素早く周囲を見渡す。右手には岩壁。左手には、焼けた岩が幾つも転がっている。
「私が攻撃の軌道をずらします。アレクシアは彼女を右へ誘導してください。ルティナ、リデル、準備を」
「分かった」
「はい」
「我に任せよ!」
五人が、それぞれの位置についた。
スターサラマンダーはその動きを見て、口の端を上げた。
「いいね。前回より気合い入ってるじゃん!」
「当然だ」
アレクシアは盾を構え、真っ直ぐにサラマンダーを見据えた。
「前回の借りを返す」
「借り? 引き分けだったじゃない」
「私にとっては、負けも同然だ」
スターサラマンダーの笑みが深くなった。
「……いい心がけだね。じゃあ、遠慮なく行くよ‼」
スターサラマンダーが地面を蹴った。
炎を纏った右拳が、アレクシアへ迫る。
「はあああっ‼」
アレクシアは盾を正面に構えたまま、ぎりぎりまで動かなかった。
拳が届く、その寸前。
「今です!」
ストームが横風を叩きつけた。
スターサラマンダーの体が、わずかに右へ流れる。
同時にアレクシアが半歩退き、盾を斜めに傾けた。
「……っ⁉」
スターサラマンダーの拳が盾の表面を滑り、背後の岩壁に激突した。
轟音。
岩肌が赤く焼け、砕けた石片が飛び散る。
(……魔法少女の拳で、岩が砕けた。前から思ってたけど、やっぱりスターナイツって魔法少女じゃなくて、物理少女だよね⁉)
「なるほどね……! 正面から受けるつもりはないってわけか!」
「そのとおりです」
ストームは、既に次の指示を出していた。
「ルティナ!」
「はい‼」
ルティナが杖を振ると、細い水流が岩壁へ走った。
焼けた岩肌に水が触れ、白い蒸気が噴き上がる。急激に冷やされた岩壁に亀裂が走り、その足元まで広がっていった。
「リデル、今です!」
「待っておったぞ‼」
リデルが地面を蹴る。
狙いはスターサラマンダーではない。
彼女の足元まで亀裂が走った、岩壁の根元だった。
「うおおおおっ‼」
ハンマーが岩を打ち砕いた。
「なっ⁉」
スターサラマンダーの足元が崩れた。
踏ん張りが利かず、体が前へ傾く。
「サンダー!」
「分かっている‼」
サンダーが踏み込み、拳を振り抜く。
狙い澄ました一撃が、スターサラマンダーの脇腹へ迫った。
「……甘い‼」
スターサラマンダーは崩れかけた体勢のまま、左腕で拳を受け止めた。
鈍い衝撃が響く。
「ぐっ……!」
そのまま炎を爆発させ、強引に距離を取る。
サンダーも腕で顔を庇いながら後退した。
「惜しい! 次こそ捉えるぞ!」
「ですが、狙いどおりです」
ストームが静かに告げた。




