第百五話 七人そろって、大富豪
夕食を終えると、四堂悠太たちは広間の隅に集まり、久しぶりにゆっくりと話をした。
戦いのことでも、次の作戦のことでもない。ただの、他愛もない話を。
「そういえば、シドーは、元の世界で好きな食べ物はあったのか?」
リデルが、ふと思い出したように尋ねた。
「好きな食べ物……。ラーメンかな。特に、夜中に食べるやつ」
「よなかに、らーめん……」
「夜中に食べると、なんだか特別においしいんだよ。食べちゃいけない時間に食べているような、背徳感があって。……一番背徳感があるのは、ペヤングかな。いや、赤いきつねか、緑のたぬきか……」
「きつね? たぬき?」
リデルが、首を傾げた。
「食べ物の名前なんだけど……。赤いきつねはうどんで、緑のたぬきはそばで……説明が難しくて」
「きつねやたぬきを麺にして食べるのか、シドーの世界は……」
「食べないよ! 商品名だから!」
「紛らわしい名前をつけるものじゃな……」
「アレクシアは、騎士になる前に、好きなことってあったのか?」
四堂悠太が、ふと聞いた。
「……盾を磨くことだな」
「盾を?」
「あぁ。剣は飾りだが、盾は騎士の魂だ。幼い頃から、憧れていた騎士の盾をこっそり持ち出しては、夢中で磨いていた。何度も怒られたが、どうしてもやめられなかった」
「それ、すでに騎士じゃないか」
「盾を磨くことが好きで、騎士になったのだから、順番としては正しい」
アレクシアが、真顔で言った。四堂悠太は、なんとなく納得してしまった。
「ルティナは?」
ルティナは、遠い記憶をたどるように目を細めた。
「リューベックの街は、夜になると街の灯りがとてもきれいなんです。でも、城壁の外へ出ると、星がもっとよく見えて……。一人で、よく見に行っていました」
「……一人で? 危なくなかったのか」
アレクシアが、心配そうに聞いた。
「魔法が使えますから。それに……あの頃は、一人でいる方が静かで好きだったんです」
ルティナは、そこで少し微笑んだ。
「今は一人よりも、こうして皆さんといる方が好きですが」
その言葉に、四堂悠太は何も言えなくて、ただ小さく頷いた。
しばらくの間、穏やかな沈黙が続いた。
そこへ、広間の扉が静かに開いた。
「……随分と楽しそうですね」
ストームが、扉の隙間から顔を覗かせた。その後ろには、ブリザードとサンダーも当然のようについてきている。
そして、ブリザードの手には、見覚えのあるトランプの束が握られていた。
「またトランプ……」
四堂悠太が、半ば呆れながら言った。
「もういいよ、トランプは」
「まあまあ、そう言わずに。せっかくだから、今度は七人で大富豪をやってみようじゃないか」
ブリザードは楽しそうに、テーブルの上へカードを置いた。
「七人に増えたところで、サンダーがさらに勝つだけではないか?」
リデルが、早くもげんなりした顔で言った。
「人数が増えれば、わしが負ける可能性も上がるかもしれんぞ」
サンダーが、もっともらしい顔で答えた。
「……本当にそう思っているのですか」
ストームが、確認する。
「思っていない」
サンダーが、即答した。
「少しは謙遜せんか!」
リデルが、思わずテーブルを叩いた。
「ちょっと待って」
四堂悠太は、あることに気づいた。
「リデルたちって、トランプのルールを知らないよね」
リデル、アレクシア、ルティナの三人が、揃って首を傾げた。
「……そもそも、トランプとは何ですか」
ルティナが、真剣な顔で尋ねた。
「いろいろな遊び方ができるカードだよ。一枚ずつ数字が書いてあって、数字の強さや組み合わせで勝負するんだ」
「数字が強いとは、どういう意味ですか? 数字そのものに、強弱があるのですか?」
「普通は大きな数字の方が強そうだけど……今回やる大富豪では、3が一番弱くて、2が一番強いんだ」
「……2が、最強になるのですか?」
ルティナが眉を寄せる。
「そう。数字の順番どおりじゃないんだ」
「では、2を多く持っている者が有利ということですね」
「まあ、そうだけど、相手がどの札を持っているかは分からないから——」
「手札を隠すのか」
アレクシアの目が、鋭くなった。
「ならば、相手に読まれぬよう、表情を管理することが重要だな」
「そう。それが、いわゆるポーカーフェイスで——」
「つまり、戦略が必要なのじゃな」
リデルも、急に乗り気になった。
「それで、どうすれば最も早く勝てる?」
「自分の手札を、最初に全部出し切った人が勝ちだよ」
「ならば、最初に全部まとめて出せばよいのではないか?」
「同じ数字の札しか、まとめて出せないんだ。それに、場に出ている札より強い数字じゃないと出せない」
「……なるほど。敵の防御を突破しながら、手持ちの戦力を減らしていくわけじゃな」
「急に戦争みたいになったな……」
リデルは腕を組み、妙に真剣な顔で考え始めた。
「ほかにも、八切りや革命というルールがあって——」
「革命?」
アレクシアが、ぴくりと反応した。
「この遊びは、国家の転覆まで想定しているのか?」
「違うから! カードの強さが逆転するだけだから!」
(……説明だけで夜が明けそうだ)
四堂悠太は、助けを求めるようにブリザードを見た。
ブリザードは涼しい顔で、いつの間にかカードを配り終え、自分の手札を美しい扇形に広げていた。
「実際にやってみた方が早いと思うよ」
「最初からそう言ってほしかった」
四堂悠太は、思わずそう呟いた。
こうして、七人で大富豪をすることになった。
最初の数回は、リデルが強そうな札を全部まとめて出そうとして止められたり、ルティナが「この札が残っている確率は」と計算を始めて場を静まり返らせたり、アレクシアが「これは防衛用だ」と強い札を温存し続け、最後まで手札が減らなかったりと、なかなか勝負にならなかった。
ブリザードは、数字の並びとカードの色合いが美しくなるように手札を並べ替えているうちに、何度も自分の番を逃した。
三回ほど繰り返す頃には、ようやく勝負らしい形になった。
それでも、結局はサンダーの全勝だった。
「アレクシア、君は最後まで、ずいぶんカードを残していたね」
ブリザードが、楽しそうに言った。
「守りを固めていたのだ。いざというとき、手札がなければ対応できんだろう」
「大富豪は、手札をなくした者が勝つ遊びなんだけどね」
「敵の攻撃に備えず丸腰になるなど、騎士として認められん」
「アレクシアは、たぶん一生、大富豪にはなれないと思う」
四堂悠太がそう言うと、アレクシアは納得できない様子で眉を寄せた。
「そういうお前こそ、美しい手札とやらにこだわって負けたのではないか?」
「……否定はできないね」
ブリザードは、自分の手札を見下ろした。
「勝負には負けたけれど、この並びは美しいと思わないかい?」
「負けた者の手札など、誰も見ておらん」
サンダーが、容赦なく言い放った。
「君はもう少し、美しさを理解した方がいい」
「勝てば美しい。それで十分だ」
「……価値観が合わないね」
「今さら気づいたのですか?」
ストームが静かに尋ねると、皆の間から笑いがこぼれた。
その夜、広間から笑い声が途絶えることはなかった。
かつて敵だった者たちと、こうして同じテーブルを囲んで笑い合える日が来るとは、四堂悠太は想像もしていなかった。
四堂悠太は、次の勝負のカードを配りながら、ふと思った。
(この人たち、本当に敵だったのかな)
今となっては、もうそんな気が全くしなかった。
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