第百四話 三幹部の優雅な留守番
城の広間に戻ると、三幹部が揃って待っていた。
「……どうでしたか?」
ストームが、尋ねた。
「倒せたよ」
四堂悠太が、短く答えた。
「スターシルフを……?」
ストームは、思わず目を瞬いた。サンダーも腕を組んだまま、微かに眉を動かした。ブリザードだけは、いつもの飄々とした表情を保っていたが、その目の奥には、隠しきれない驚きがあった。
「……本当に、倒したのか」
サンダーが、信じられないといった様子で呟いた。
「スターサラマンダーは、わしらがクライナーを三体用意し、六人がかりで挑んでも、引き分けに持ち込むのが精いっぱいだった相手だ。スターシルフも、それと同等の力を持っていたはずだが……」
「うん。……拓海が、頑張ってくれた。……心のチャンネル登録しておくよ。高評価も」
四堂悠太は、光の中へ消えていった拓海の姿を思い浮かべた。
ストームは何も言わなかった。その視線は、どこか遠くを見ているようだった。
「ストーム。お前、何か考えているな」
その様子に気づいたブリザードが、声をかけた。
「……少し」
ストームはそれだけ答え、口を閉ざした。
「それより、聞かせてください」
ルティナが、ふと口を開いた。
「私たちがスターシルフと戦いに行っていた間、皆さんは、ここで何をされていたのですか?」
三幹部は一瞬、顔を見合わせた。
「……別に、大したことはしていない」
サンダーが、そっぽを向いた。
「串焼き肉を、少し焼いた程度だ」
「少し?」
ストームが、すぐさま口を挟んだ。
「料理人に頼まれて、五十本ほど焼いていました」
「五十本⁉」
リデルが、目を丸くした。
「わしが食うためではない。城の者たちへの差し入れだ」
サンダーが、ぶっきらぼうに言った。
「……十本ほど、ご自分で食べていましたよね」
ストームが、抑揚のない声で指摘した。
(……ちゃんと数えてたんだ)
四堂悠太は、思わずサンダーの顔を見た。
「五十本も焼いたのだ。十本くらいは誤差の範囲だ」
「二割ですよ」
「……細かいことを言うな」
「それから」
ブリザードが、どこか楽しそうに続けた。
「私は、少し読書をしていたよ。『美しき絶望の詩』、良い詩集でね。声に出して読んでいたら——」
「爆睡しました」
ストームが、静かに補足した。
「サンダーが」
「詩の良さが分からんと、子守唄にしかならんのだ」
サンダーが、開き直ったように言った。
「では、君たちにも少し読んであげよう」
ブリザードは詩集を開くと、静かに朗読を始めた。
——第三章「氷の鎮魂歌」——
沈みゆく夕陽は、誰かの祈りに似ている。
届かぬと知りながら、それでも空へと伸ばす手。
美しいのは、その無力さゆえ。
嵐の夜に灯る、一つの蝋燭。
消えることを知りながら、燃え続ける。
尊いのは、その儚さゆえ。
絶望とは、夜明け前の、最も深い闇。
だからこそ、その中に立つ者だけが、
星の美しさを、知ることができる。
「その詩集、ちょっと見せてもらっていいかな?」
四堂悠太は、ブリザードの手から詩集を受け取った。
表紙には、金文字で『美しき絶望の詩』と記されている。著者名はヴァルター・シュヴァルツェ。そして奥付を開いた瞬間、四堂悠太の手が止まった。
発行:民明書房
定価:一、二〇〇円(税別)
「……民明書房?」
(……これを異世界に持ってきたのか、ブリザード)
「知っているのかい?」
「知ってるというか……。その出版社、大丈夫なの?」
「名前に風格があって、良いと思うけど」
「風格の方向性が、だいぶ独特なんだよ……!」
四堂悠太は、思わず頭を抱えた。
「詩の内容は、本物だよ。……読んでみるかい?」
「まぁ……内容が良ければ、出版社は関係ないか」
四堂悠太は気を取り直し、詩集を開いた。
「沈みゆく夕陽は、誰かの祈りに似ている。届かぬと知りながら、それでも空へと伸ばす手。美しいのは、その無力さゆえ——」
そこまで読んだところで、低い音が聞こえてきた。
顔を上げると、サンダーが腕を組んだまま、既に眠っていた。
(……また寝た⁉)
四堂悠太が呆れていると、サンダーは片目を開けた。
「……続けろ。聞いている」
(絶対聞いてなかっただろ……)
「それから、トランプを」
「トランプ⁉」
四堂悠太が、思わず声を上げた。
「異世界に来てまでトランプ……って、修学旅行じゃないんだから!」
(……よりによって、詩集とトランプを持ってきたのか。……いや、僕もハンカチとティッシュしか持ってこなかったんだった。そう変わらないな)
「地球で見つけた、美しいデザインのカードでね。捨てるには惜しかった」
ブリザードが、涼しい顔で答えた。
「それで、何をして遊んでいたのですか?」
ルティナが、興味深そうに尋ねた。
「ポーカーだよ」
「結果は、どうだったのじゃ?」
今度はリデルが身を乗り出した。
「わしの全勝だった」
「ブリザードは、美しい手札を揃えることばかり気にしていました。……データ通りです」
ストームが、即答した。
「一度だけロイヤルストレートフラッシュを揃えたんだけどね」
ブリザードが、遠い目をしながら言った。
「それなら、勝ったんじゃないの?」
「その勝負では、サンダーも同じ役を揃えました」
ストームが説明した。
「……スペードでな」
サンダーが、静かに付け加えた。
「同じ役が揃った場合は、スペードを最上位とする。開始前に、ブリザードが提案したルールです」
「…………」
ブリザードは、それ以上何も言わなかった。
「自分で決めたルールに負けたのか……」
四堂悠太が呟いた瞬間、リデルが噴き出した。
それをきっかけに、アレクシアとルティナも堪えきれずに笑い始める。四堂悠太も、つられるように声を上げて笑った。
こんなふうに腹の底から笑えたのは、随分と久しぶりのような気がした。




