第百三話 チャンネル登録と、高評価、お願いします
スターシルフの姿が消えた後、しばらく誰も口を開かなかった。
拓海は首から提げたカメラをそっと外すと、片手でゆっくりと周囲を映し、静かに下ろした。
「……はい、お疲れ様でした。以上をもちまして、今回のダンジョン配信は終了です」
いつもの実況口調だったが、その声はどこか静かだった。
「拓海」
四堂悠太が声をかけた。
「……ありがとう。助かった」
「いやいや、こちらこそですよ」
拓海は軽い調子でそう返すと、自分の手のひらに目を落とした。
透き通り始めた指先が光の粒子となり、ゆっくりと空へ溶けていく。
「創造主さん、一つだけ聞いていいですか」
「何?」
「俺の物語、好きでしたか?」
四堂悠太は、思わず言葉に詰まった。
「……好きだったよ。新人賞に落ちてからは、思い出すのも辛かったけど」
悠太は、少しだけ笑った。
「でも、書いている間は、夢中だった」
「……そっか」
拓海は、嬉しそうに笑った。
「それが聞けて、よかったっす」
手にしたカメラに目を落とす。
「俺、最初の配信、視聴者ゼロ人だったんですよ。コメントもゼロ。リアクションもゼロ。……それでも、ずっと続けてきました」
そこで、四堂悠太を真っ直ぐに見た。
「でも、今日は創造主さんが見てくれましたからね。初コメントまで、いただいちゃいましたし」
「……拓海」
「ちゃんと届いたんだなって。……それだけで、十分っすよ」
拓海の体が、少しずつ光に包まれていく。
「……最後に、一個だけ」
透き通っていく手を見つめながら、静かに言った。
「小さな一歩でも、積み重ねれば、いつか大きな力になるんで……諦めずに、続けてみてください」
その言葉に、四堂悠太は、はっとした。
(……それは)
先ほど、戦いの最中に拓海が口にしていた言葉と同じだった。
だが、それだけではない。
もっと前から、何度も聞いてきた言葉だった。
脳裏に、アニメ『魔法少女スターナイツ』で何度も聞いた、あの声が蘇った。
『小さな一歩でも、積み重ねれば、いつか大きな力になるよ! 諦めずに続けてみて』
(……エレメント)
七年間、何度も自分を励ましてくれた言葉だった。
だからこそ、悠太はその言葉に込められた思いを、十一作目の小説にも込めた。
誰にも見てもらえなくても、配信を続ける主人公。小さな努力を積み重ね、少しずつ強くなっていく拓海。
その拓海が今、自分自身の経験から生まれた言葉で、悠太を励ましてくれている。
(……そうか。僕は、エレメントからもらったものを、拓海にも託してたんだ)
新人賞に落選してからは、思い出すのも辛かった物語。
けれど、書いている間は、夢中だった。
あの言葉を信じて、拓海の冒険を書き続けていた。
四堂悠太は、消えゆく拓海を真っ直ぐに見つめた。
「……ありがとう、拓海」
「チャンネル登録と、高評価、お願いします」
拓海がカメラを持ち上げ、最後の挨拶をするように構えた。
その姿が、ふわりと光に包まれていく。
「……次回作で、またお会いしましょう」
その声を最後に、拓海は光の中へと消えていった。
***
「……面白い奴じゃったな」
リデルが、拓海の消えた空を見上げながら呟いた。
「うん」
四堂悠太は、小さく笑った。胸の奥に、温かいものが残っていた。
「……ところで、シドー」
アレクシアが、不思議そうに首を傾げた。
「ダンジョン配信というのは、一体何なのだ?」
「あぁ……ダンジョンに潜りながら、その様子を動画で生中継する……みたいなものかな。今回はダンジョンじゃなかったけど」
「生中継……?」
「誰かに見てもらいながら、リアルタイムで戦いの様子を伝えるんだ」
「ほう。では先ほどの拓海とやらは、スターシルフとの戦いを、誰かに見せておったということか?」
リデルが、驚いた様子で尋ねた。
「いや、今回は配信の向こうに視聴者はいなかったよ。そもそも、この世界じゃネットにつながらないし」
「……では、何のために、ずっと喋り続けておったのじゃ」
「それは……まぁ、癖みたいなものだと思う」
しばらく、三人は黙り込んだ。
「……つまり、配信を見ている人がいないのに、誰かに見せているつもりで戦っていた、ということですか」
ルティナが、至って真剣な顔で確認した。
「うん、そうなるね」
「傍から見ると、かなり異様な光景ですね」
「まぁ……そうかもしれない」
「だが、今日は見ておった者がおるのだな?」
リデルが、四堂悠太を見た。
「そうだね。僕がコメントしたから」
「なるほどな。……ということは、シドーが声をかけなければ、最後まで誰からもコメントをもらえずに終わっておったということか」
「……うん、そうなるね」
「それは……」
リデルは腕を組み、しばらく考え込んだ。
そして、至って真顔で言った。
「シドー……お主、良いことをしたな」
「……そう言ってもらえると嬉しいけど、なんか照れるな」
アレクシアも頷いた。
「確かに。……誰かに声をかけるというのは、簡単なようでいて、なかなかできないことでもある」
「私も、次に機会があれば、コメントとやらをしてみたいと思いました」
ルティナが、真剣な顔で言った。
「ルティナ……まず、この世界には、配信を見る環境がないと思うんだけど」
「環境……? それは、どういう意味でしょうか」
「あ、えっと……配信を見るには、まず動画を映す機械が必要で、それを動かすには電気が必要で、さらに通信するための設備や回線が……」
四堂悠太は、途中で言葉に詰まった。
「……説明すると、かなり長くなるんだけど」
「つまり、簡単にはできないということだな」
アレクシアが、あっさりとまとめた。
「……まぁ、そうだね」
「なるほど。……残念です」
ルティナは、至って真剣な顔のまま言った。
「ですが、いつか視聴できるようになったときのために、コメントの内容だけは考えておきます」
「ずいぶん気の長い準備だね……」
「備えは大切ですので」
(……本当に残念そうだ)
四堂悠太は、思わず笑ってしまった。
「シドー」
アレクシアが、静かに呼びかけた。
「……祠を確認しよう。本来の目的を果たさないとな」
「あぁ、そうだった」
四堂悠太は改めて、苔むした祠を見つめた。
ルティナが、一歩を踏み出す。
今度は、邪魔する者はいなかった。
祠に近づき、そっと手をかざす。
しばらくは何も起きなかったが、やがて祠の表面に、かすかな光が滲み出してきた。
「……何かあります」
ルティナが、息を呑んだ。
「この祠に、魔力の残滓が染みついています。……私はエルフですので、魔力の気配には人より敏感なんです。ここに残っているのは、風の精霊シルフの力だけではありません。幾つもの気配が、何層にも重なっています」
「重なっている……?」
「はい。スターシルフが使っていた痕跡の下に、さらに古い層があります。……よく似ていますが、同じものではありません。別の誰かが、以前からこの祠を使っていたようです」
「スターシルフ以外の誰かが、ここを……?」
アレクシアが、眉をひそめた。
「はい。……そして、この古い気配には、どこか覚えがあります」
ルティナは、しばらく黙ったまま、祠に手をかざし続けた。
やがて、何かに気づいたように顔を上げる。
「……シドーさん。この祠には、スターエレメントが使っていた痕跡も残っています」
「え……⁉」
四堂悠太は、思わず祠へ駆け寄った。
リデルの眉間に深い皺が刻まれる。アレクシアも無言のまま、半歩前へ出た。
「エレメントが、ここに?」
「はい。……ただ、エレメントの気配の方が古いようです。エレメントが先にこの祠を離れ、その後もスターシルフが使い続けていたのかもしれません」
沈黙が、その場を包んだ。
(エレメントは……ここで、何をしていたんだろう)
四堂悠太は、祠の表面にそっと手を触れた。
冷たい石の奥に、ほんの僅かだが、温もりが残っているような気がした。
そこまで考えて、ふと一つの疑問が浮かんだ。
(そういえば……僕はこの世界に来てから、ほとんど宿屋に泊まってきた。野宿したのは、せいぜい数日程度だったけど……。エレメントたち、まさか、この世界に来てからずっと野宿していたのかな)
脳裏に、魔法少女たちが真剣な顔でテントを張り、焚き火を囲んでいる光景が浮かんだ。
スターサラマンダーは豪快に炎を噴き出し、肉を炙っている。
火力が強すぎて表面が炭になりかけているが、本人は「中まで火が通れば問題ない」と気にも留めていない。
スターシルフは、焚き火の煙を風で散らしている。ただし、時折風向きを間違えて、全員を燻していた。
スターウンディーネは器用に水を汲み、スターノームは手際よく地面を整地している。
そしてエレメントは、ねこニャンと一緒に、魔法アイテムで星空を観察していた。
(……めちゃくちゃ有能なキャンプ集団になってる。煙の問題以外は)
想像の中のエレメントたちは、なぜかとても楽しそうだった。
まるで、『魔法少女スターナイツ』の、ありふれた日常回のように。
「……シドーさん?」
ルティナの声に、四堂悠太は我に返った。
「あ、ごめん。……何でもない」
「……次へ、行きましょう」
ルティナが言った。
「うん」
四堂悠太は、祠から手を離した。
まだ、答えは見えない。
それでも、一歩ずつ近づいている気がした。




