第百二話 ダンジョン配信、はじめました
「創造主さん。……そろそろ、行けそうですか?」
拓海が、スターシルフの攻撃を受け止めながら、こちらを振り返った。
「あぁ」
四堂悠太は、短く答えた。
「拓海、今の攻撃、右足の踏み込みが浅かった! 次はもっと深く入ってくる、気をつけろ‼」
実況ではない。命令でもない。ただ、目の前の戦いを見て、気づいたことを拓海に伝えた。視聴者としての、初めてのコメントだった。
拓海が一瞬、動きを止めた。
「……創造主さん、今、コメント、くれました?」
「あぁ! 見てるから、ちゃんと!」
拓海の口元が、僅かに緩んだ。
「はは……。誰も見てない配信のはずだったんですけどね。……初コメント、いただきました」
その瞬間、拓海の纏う空気が、明らかに変わった。実況の声に、これまでとは違う、確かな熱が乗る。
「はい、じゃあ、初コメントいただいたところで……。ここからは、視聴者一名様、限定配信といきますか」
拓海の踏み込みが、目に見えて鋭くなった。
これまでの動きとは、明らかに違った。重心が低く、地面を蹴る足に、確かな力が込められている。腰に差した短剣を抜き放ち、スターシルフの風の刃を、最小限の動きで躱しながら、じりじりと間合いを詰めていく。
「右から来る!」
四堂悠太が叫ぶ。拓海は、声と同時に体を沈め、風の刃が頭上を通り過ぎるのを確認してから、即座に踏み込んだ。
「っ……‼」
スターシルフが、驚いたように後退する。拓海の短剣が、彼女の風の防御を、薄皮一枚掠めていた。
「ナイスコメント。……助かります」
拓海は息を整えながら、短く言った。
「今の、解説しますね。視聴者一名様、限定解説です。風を纏った相手に正面から当たると、刃が弾かれる。だから——」
「今度は左から!」
「——こうやって、角度を変えて差し込む。ありがとうございます、タイミングばっちりです」
拓海の短剣が、スターシルフの風の隙間を縫うように、左の脇腹へと迫る。スターシルフは間一髪、体を捻って躱したが、その分だけ体勢が崩れた。
「フェザートルネード‼」
スターシルフが、態勢を立て直すように、大きく風を解き放った。渦巻く暴風が、拓海を中心に広がる。
「うおっ……‼」
拓海が、吹き飛ばされる寸前、地面に短剣を突き立てて堪えた。砂埃が舞い上がり、視界が白く霞む。
リデルが、わずかに身を乗り出した。アレクシアも剣の柄を握る手に、ぐっと力が入る。
(まずい、見えない……‼)
「拓海、風が収まる瞬間、一歩だけ右に! その後、真っ直ぐ前!」
四堂悠太は、スターシルフの動きを目で追いながら叫んだ。砂埃の向こうで、スターシルフが次の技を構えているのが、微かに見えた。
「……信じます」
拓海が、短く答えた。
風が、僅かに凪いだ瞬間——拓海は、一歩だけ右へ踏み出した。スターシルフの追撃が、その一歩分だけ空を切る。そして次の瞬間、拓海は真っ直ぐに、スターシルフへと踏み込んだ。
「これ、ダンジョンで何百回もやってきた動きなんですよ」
拓海の声は、相変わらず実況口調だった。
「モンスターの攻撃って、パターンがあるんです。怒ったとき、追い詰められたとき、必ず同じ動きをする。……それを、誰も見ていない配信の中で、ずっと観察し続けてきました」
追撃をかわされたスターシルフが、風を両手に集め直した。胸元を覆っていた風が、指先へ流れる。
その一瞬、みぞおちの前に隙間ができた。
「今だ‼」
四堂悠太が叫んだ瞬間、拓海は大きく踏み込んだ。ダンジョンの底で、何度も死にかけながら磨いてきた、一撃。
泥臭くて、華もない。ただ、確実に相手の芯を捉えるための、最短距離の一撃だった。
短剣の柄が、スターシルフのみぞおちへと深く食い込んだ。
「……っ‼」
スターシルフが、大きく仰け反る。纏っていた風が、霧散していく。膝が、がくりと折れた。
四堂悠太は、止めていた息を吐いた。
拓海が一瞬だけこちらを見た。四堂悠太は、小さく頷いた。
背後でアレクシアが、静かに息を吐く気配がした。
「……終わりにしましょうか」
拓海は荒い息のまま、短剣を静かに収めた。
「配信、締めます。……ご視聴、ありがとうございました」
リデルが腕を組んだまま、眉を寄せた。
「……シドー。配信、とは何じゃ」
「……あとで説明する」
拓海の一撃を受けスターシルフの体が、淡い光に包まれていく。それはこれまで召喚したキャラクターたちがクライナーを浄化した時と同じ、優しい光だった。
スターシルフが、小さく息を漏らした。
「……あぁ。……不思議だね。この光、少しも嫌な感じがしないや」
「……スターシルフ?」
四堂悠太が、思わず声をかけた。
「エレメントはさ、ちゃんと私たちに話してくれたんだ。……でも、それをあなたに話すことは、今はまだ、できないんだよね」
「……なんで」
「エレメントがそう言ってたから。……あなたが全部受け止める準備ができた時に、自分で話すって」
スターシルフは、真っ直ぐに四堂悠太を見た。
「薄々、察してはいるんだけどさ。……エレメントがどうしてそこまでするのか、その理由だけは、私たちにも教えてくれなかったけど」
「……」
「あなたに、これだけ力を貸してくれる仲間がいる。……それを見て、少しだけ安心したよ」
「安心……?」
「うん。……エレメントの様子を見てると、迷いながらも、絶対に迷いを見せまいとしてる。そういう時のエレメントって、誰か大切な人のために動いてる時なんだよね」
「大切な、人……」
「それが誰なのか、何のためなのか。……それはあなたが直接、エレメントに聞くべきことだと思う」
その言葉を最後に——スターシルフは、消えなかった。
光に包まれたままその場に、静かに佇んでいた。
「……あれ? 大丈夫……?」
四堂悠太が、思わず声をかけた。
「うん。……ちょっとだけ、思い出してた」
スターシルフは、どこか遠くを見るような目で言った。
「放課後の音楽室でさ。暗くなるまで、ピアノの練習してたことがあったんだよね。いつもは家で練習するんだけど……コンクールの前で、どうしても上手く弾けなくて、場所を変えて弾いてたんだ」
四堂悠太は、何も言わなかった。ただその言葉を、静かに聞いていた。
「こんな遅い時間まで、一人で練習してたのに。気づいたらいつも、エレメントが、そこにいるんだよね。何も言わないで、ただ聴いてて」
「……エレメントが?」
「うん。恥ずかしくて、『こんな時間まで聴いてなくていいのに』って言ったら、エレメント、笑ってさ」
スターシルフの表情が、ふっと柔らかくなった。
「『シルフの演奏は、ずっと聴いていたくなる温かい演奏だよ。だからつい、こんな遅くまで聞き入っちゃう』って」
風が、静かに吹き抜けた。
「……いつも、そうだったんだよね。何も言わないで、ただ隣にいて。私が言ってほしい言葉を、エレメントはいつも、かけてくれた」
スターシルフは、そこで目を閉じた。光がその体を、少しずつ包み込んでいく。
「……だから、エレメントが何か大切なもののために動いてるなら、私は止められない。たとえ、世界を壊すことになっても」
その声は既に、風の音に溶けるほど、小さくなっていた。
「あぁ、そうそう、そういえばエレメントに伝言頼まれてたんだった」
スターシルフは、光に包まれながら言った。
「私たち全員と決着をつけたら、エレメントが直接会うって。……それまでは、光の精霊エレメントの祠には来ないでほしいって」
「……なんで」
「それは私にも、詳しくは教えてくれなかった。でも」
スターシルフは、僅かに目を細めた。
「エレメントがそう言うなら、きっと理由があると思う。……あの子が、意味のないことをするはずがないから。じゃあ四堂君。……エレメントのこと、頼んだよ」
それを最後に、スターシルフの体を包む光が、ひときわ強く輝いた。風が渦を巻き、薄紫の髪がなびく。そして次の瞬間、まるで風に溶け込むように——その姿は、忽然と消えていた。




