王都の噂
「ところで、王都では大変なことになっているそうですよ〜」
遅めの昼食の最中に、ヴィス様が軽い世間話のようにおっしゃいました。
まぁ、と、一応礼儀として驚いてみせて、私は続きを促しました。
「神殿を中心に張られていた王都内の結界が消滅したそうです」
「消滅……ですか」
意外と保たなかったのね、というのが正直な感想です。私が『原状回復』してからまだ半年と経っていません。
ヴィス様は薬膳スープに黒パンを浸しながら続けます。
「ええ。一気にドカーンと消えたわけではなさそうで。徐々に徐々に弱まっていって、結局は消えて無くなった、と」
「あら、それは大変ですわね」
「ええ、本当に大変だそうですよ〜。貴族街にまで瘴気の発生が確認されたとか」
「あらあらうふふ、それはそれは」
既にそこまで行ってしまいましたか……まぁあのポンコツ仕様の結界を張るのに今までの5倍の魔力を注がなければならないのですから、時間の問題と言うべきところかも知れません。
ヴィス様はにこにこと屈託なく、
「結界がなければ、王都にも魔物がたくさん、攻めてくるでしょうね〜」
「沢山、ですか? 徒党を組んで?」
「そりゃ〜そうでしょう。だって今まで、王都近くの魔物を結界で弾いた結果、他領に流れてってたわけですし〜? 王都周辺の領は、かえって助かってるんじゃないですかね〜」
黒パンがスープを含んで柔らかく食べ易くなったのを確認し、ヴィス様はぱくん、と食して、続けます。
「王都は魔物討伐だけでも大わらわのようですよ〜。何しろ今まで大分ラクしちゃってましたからね〜」
「で、魔物を倒した後にまた瘴気が発生する、と」
私がうんうん、と納得しておりますと、ヴィス様は、おや〜? と小首を傾げて、
「ティマは随分、詳しいのですね」
「知人の卒論のテーマが『瘴気の特性及びその発生条件』でしたので」
「ああ、なるほどー」
ヴィス様は何やら納得なされたように、私を真似てうんうん、と頷き、
「王都民は神殿に対して大層不信感を抱いているようですよ〜」
むしろ今まで信仰心など持ち合わせておられたのでしょうか、王都の方達は。……もっとも、私の知る『王都の方達』は神殿と王宮の周辺という狭い世界でしたから何とも申し上げられませんが。
「もっぱら神殿長と第二王子が槍玉に上がっているようです。冤罪で追放された聖女ファティマへの暴虐に神様がお怒りなんじゃないか〜なんて。第二王子を甘やかしていた側妃様や国王陛下にまで飛び火して、そちら方面も収拾がつかなくなってるそうですね〜」
今更何を、というのが本音です。私は黙々と薬膳スープを食することに全力を傾けました。
「聖女達もお努めその他でてんてこダンス! だそうですよ〜。貴族特権なんて言ってる場合じゃなくなって、令嬢聖女も平民聖女も同等の働きを求められるようになったとかでして〜……」
「それは良いことです。けれど、学生の聖女様は少しお可哀想な気も致しますわね。何でも王命であの馬鹿いえ失礼致しました、第二王子のお守りまで押しつけれらていらっしゃるとのことでしたから」
「…………ティマ」
黒パンをスープに浸したまま、ヴィス様がじっと私を見据えます。
穏やかで柔和な表情、なのにアメジストの瞳は心もち鋭さを帯びていてーー何でしょうこのデジャヴ。いつか、どこかでーー。
「貴女は、誰かが『何を言ったか』ではなくて『何をしたか』で物事を判断しなければなりませんよ」
あぁ、そうでした。静かで穏やかで鋭くて、とてもとても真剣にそう諭して下さった方ーー。
ーーファティマ様、お父様やお母様が「何を言ってくれたか」ではなく、「何をあなたにしてきたか」を基準に考える癖をつけるべきですよ。




