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辺境にて

 翌朝、私は罪人用の馬車に乗せられ、北の辺境伯領サザナミに流されました。朝というより明け方に近い時刻でしたので、誰にも見送られることのない出立でした。

 馭者は辺境伯領入りしてすぐそこの道で私を罪人用の馬車から突き落とし、そのまま去って行きました。

 私は聖女ファティマ改め破戒者ティマとしてサザナミ教会預かりの身となりました。教会と言っても王都のそこここで見かける立派なものではなく、雨風しのげるのが奇跡とも言える小さな古い三角屋根の建物の中で、神父様が住み込みで1人で何役もこなされるという、中央神殿(私がいたあの王都の神殿です。国中の聖女が彼処に収容されるのです)の聖女も真っ青な働き方の教会です。


「いや〜、あなたが来て下さって本当に助かっていますよ、ティマ」


 私の身元引き受け人であるプリーストのヴィス様は、いつもにこにこのんびりこうおっしゃって私を労って下さいます。20代半ばでしょうか、聖職者然とした優しげな雰囲気でブルーブラックの長い髪をひとつにまとめて緩く編み、いつでも温和な笑みを絶やしません。細身で長身、小さなお子様との対話では屈んで目を合わせて、ゆったりお話なさる方……そのアメジストの瞳にどことなく既視感を覚え、どこかでお会いしましたか、と、尋ねれば、うーんどうでしょう、私、人の顔覚えるのあまり得意じゃないんですよ〜、という呑気なお答えが返ってきまして脱力したものでした。

 そのヴィス様ですが、いきなり現れた背袋ひとつに肩掛け鞄、ボロボロの服で小汚い格好の家出少女同然の私を見るや否や、その首のモノ外せますよ、と、ひとこと。あの場合に普通ならあるであろう、どうしたんですか大丈夫ですか何があったんですか等のやりとりは皆無で、全く動じるそぶりもありませんでした。面食らいましたが、あぁこの方がクラウス殿下がおっしゃるところの『ヴィス』なのね、と察しました。

 ちなみにその時、自己紹介もまだなヴィス様からのお申し出は、丁重にお断り致しました。





 ここサザナミ領唯一の教会は領主の館ーーというより石造りの要塞という表現の方がしっくりきますーーの敷地内、入口にあり、騎士団の方のご利用が圧倒的多数ですが、一般の領民の方々もちょくちょく訪れます。まさに、親しみ易い街の教会そのものです。

 ここでの私は、見習いシスターとして認識されているようです。シスターの制服は頭から足元まですべて覆い隠してくれるデザインで、勿論魔封じの首輪は人目に触れません。私も自ら、実は封じられているのは光魔法だけなんですよ、と吹聴したりは致しませんので、人畜無害の普通のシスターとしての扱いです。主要任務はヴィス様の補助(魔法無し)と教会内の庶務雑務です。

 魔術師としての役割も、治療師としての役割も、当然聖女としての『お努め』も、私に振られることはありません。おかげ様で夜、ちゃんと眠れます。お食事も、駆け込み利用者様の対応等で時間がずれることはあっても日に3食きちんといただけます。体力魔力を酷使することがなくなったせいでか、体調も格段に良くなりました。

 私はいわゆる普通の『シスター』に求められる役割を淡々とこなすだけです。それでもヴィス様も領民の方々も、ありがとう、助かります、とおっしゃって下さいます。王都中央神殿での奴隷のような扱いとの落差が激し過ぎて、時々これが幸福な夢なのではないかと混乱します。

 切った焦げた刺されたと物騒な理由で駆け込んで来る利用者様方を見るにつけ、やはりここはエスニャ様のおっしゃるところの「危険」な場所ではあるのでしょう。そしてそのことは、罪人用の馬車から放り出されてこの教会に辿り着くまでの道行で、充分骨身に染みました。





「神父様、昼食の支度ができました」


 薬膳スープを味見して、その仕上がりに納得してから私はヴィス様にお声をおかけ致しました。


「う〜ん、昼食というより、もうおやつの時間ですよねー。いつもすみませんね、ティマ」


「いいえ。ひもじいのには慣れておりますし、時間通りに食事ができることも稀でしたから」


 まったくもって、神殿での暮らしは何だったのでしょう! まだ半年も経っていないのに、悪い夢のようにも思えます。

 1日1回薬膳スープを今でも頑なに守る私に、ヴィス様は何もおっしゃいません。ただこのスープを目にする度に、どことなく嬉しそうな懐かしそうな、それでいてどこか哀しげな表情になるだけです。追憶の瞳の意味を、私は尋ねません。ヴィス様もまた、何もおっしゃいません。何なら彼は、私が魔封じの首輪=罪人の証を着けていることに対しても、私が破戒者となるに至った経緯についても尋ねることはありませんし、その他についても私に何か訊くこともありません。ですので、私も何も語りません。


 バタバタしたり、にぎやかだったりハラハラしたり慌ただしかったり……その間、こうして時折訪れる、緩くゆったり流れる時間。

 辺境での日々は、想像していたより悪くありません。いえ、実家や神殿と比べたらどこだって天国です!

 お食事前の神への祈りは、神殿でも勿論していましたが、あれは貴族の『御作法』でした。ここでは、本来的な意味での神と糧への感謝です。

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