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第84話 紗世の行方

──参議邸


門前に早馬が着くと同時に、一人の武官が飛び降りた。


惟成だった。


「二の姫様に、急ぎ取次を!」


張り詰めた声。


捜索依頼にははっきりと記されていた。

──和泉、最後の目撃は参議邸。

──二の姫に会いに行っていた。


(まさかとは思うが……。)


その“まさか”を振り払えなかった。


やがて、御簾の内に二の姫が座す。


「惟成様。お久しぶりにございます。本日は初春の寒さも——」


「申し訳ありません。」


言葉を遮る。


「本日は職務にて参りました。手短にお聞きします。」


空気が変わる。


「昨日、六条御息所邸の女房、和泉殿がこちらを訪ねましたね。」


「ええ。」


「その後、体調を崩したと。回復された後、どちらへ?」


「……お帰りになりました。」


「本当ですか?」


「ええ。」


淡々とした応答。


「帰りは六条邸の迎えでしたか?」


「そこまでは。迎えと名乗る者にお任せしました。」


一瞬の沈黙。


「……昨日は、どのような話を?」


二の姫は目を伏せた。


「民部卿邸での件のお詫びと、贈り物を。それと飾り髪をお願いしました。」


「……しかし」


惟成の視線が鋭くなる。


「二の姫様の御髪は、整えられていないように見受けますが。」


「……惟成様?」


声が低くなる。


「私を疑っていらっしゃるの?」


「事実確認です。」


その一言で、空気が軋んだ。


二の姫の指が、ぎゅっと握られる。


「……では、私からも一つ。」


顔を上げる。


「惟成様は、本当に……お慕いしているお相手は、いらっしゃらないのかしら?」


「……その話は今——」


「関係ございます!!」


鋭く、声が割れた。


「和泉では、ないのですか!?」


惟成の瞳が揺れる。


「でなければ……なぜ、そこまで必死なのです!」


「兵衛府の任務です。」


即答だった。


「衛門府にも女房捜索の依頼が出ております。」


「それだけで……!」


声が震える。


「それだけで、そんな顔をなさるのですか……?」


その言葉に、惟成はわずかに息を詰めた。


二の姫の視線が歪む。


「……あんな子……あんな、偽善者……」


「偽善者?」


低く返す。


「そうよ……!」


感情が噴き出す。


「痛めつけられているのに……“当然です”だの、“分かります”だの……!」


惟成の肩が、ぴくりと動いた。


「……痛めつけた……?」


一歩、踏み出す。


「和泉殿に、何をしたのです?」


声が変わる。


「何をしたのですか。」


「……なによ……」


二の姫の呼吸が乱れる。


「早く終わらせてください、だなんて……」


その瞬間——


「紗世に何をした!!!」


空気が裂けた。


惟成が踏み込もうとした、その刹那。


「お鎮まりください!」


裾を掴む手。


播磨だった。


「私が……ご説明いたします!」


「播磨、やめなさい!」


「二の姫様……もう、おやめください。」


震えながらも、強く言う。


「これでは……誰も、救われません。」


そして惟成を見る。


「……こちらへ。」


惟成は一瞬だけ二の姫を睨み——


播磨に従い、部屋を出た。




───六条御息所邸


陰陽頭は、ほとんど駆けるように廊下を進んでいた。


御息所の部屋に入ると、空気が沈んでいた。


女房たちは皆うつむき、すすり泣く声さえ混じる。


「……御息所様。和泉殿は?」


問いかける。


御息所の声は、かすれていた。


「参議邸までは……分かっているのです……。その後が……」


言葉が続かない。


右近が代わりに答えた。


「網代車に乗った、という情報だけで……その先が、まったく……」


沈黙。


陰陽頭の目が、わずかに細められる。


「……皆」


御息所が、かすかに言う。


「下がってちょうだい。」


女房たちが静かに退出する。


その直後だった。


バサッ——!


御簾が上がる。


御息所が、陰陽頭に縋りついた。


「陰陽頭様……!」


声が、崩れる。


「どうか……どうか、紗世を……見つけてください……!」


指が震えている。


「お願いします……お願いよ……」


普段の気高さは、そこにはなかった。


ただ、“一人の人間”としての恐怖だけがあった。


(……この方は——)


陰陽頭は、静かに息を吐く。


(すでに一度、大切な人を失っている。)


だからこそ——


そっと抱き締めた。


「必ず、見つけます。」


低く、はっきりと。


「大丈夫です。」


腕に力を込める。


「和泉殿は、強く、賢い子です。」


一拍。


「必ず……戻ってきます。」


御息所の震えが、わずかに強くなった。


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