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第81話 新年の訪問

新年の宴期間も終わりに近づいた頃、紗世のもとへ源氏の君から文が届いた。


昨年末、和泉殿に相談した件の少女を引き取った。

若紫という。

和泉殿にも紹介したい。

ついでに北の方と若紫の新春の飾り髪を頼めるだろうか──


そんな内容だった。


御息所に相談すると、二つ返事で許された。


牛車に揺られながら、紗世は腕を組む。


(若紫様かぁ……後の紫の上、だよね。

あの源氏の君があれだけ執着する子だもん、絶対可愛いよね。

でも北の方様との関係……修羅場じゃなければいいけど……。)


その心配は、あっさり杞憂に終わった。



二条院に着くと、源氏の君がにこやかに出迎えた。


「明けましておめでとう、和泉殿。よく来たね!」


「明けましておめでとうございます。」


紗世は深く頭を下げる。


奥の御簾の内から、葵の上の声がした。


「明けましておめでとうございます。和泉、お久しぶりね。元気だったかしら?」


穏やかで柔らかな声音だった。


(あ、これ絶対うまくいってるやつだ。)


紗世は内心で頷く。


「ええ、元気にしておりました。お二人ともお変わりないようで安心いたしました。」


すると源氏の君が扇を閉じた。


「さて、和泉殿に紹介しよう。さあ、おいで。」


几帳の向こうへ声をかける。


すると、ひょこっと少女が姿を現した。


「和泉殿、お初にお目にかかります。若紫と申します。」


ゆっくり顔を上げる。


(わああああ!!可愛い!!!)


若紫は、まさに愛らしさの塊だった。


(葵の上が“綺麗系お姉さん”なら、若紫は“可愛い系妹”……完成度高すぎでしょこの配置。)


「初めまして。六条御息所様に仕えております、和泉と申します。」


紗世も頭を下げる。


すると若紫の顔がぱっと明るくなった。


「和泉殿のお話は、北山にいた頃から聞いておりました。お兄様にも聞いたら、とっても可愛く髪を結ってくれるって。」


(お兄様って……瓜…源氏の君のことか。可愛いなぁ。)


「はい。本日も若紫様の髪を飾りあげるために参りました。」


御簾の内から葵の上が声をかける。


「若紫は可愛らしいから、華やかな飾り髪をお願いできるかしら?」


「よろしければ、北の方様と若紫様、お揃いの飾り髪にいたしましょうか?」


その一言に、源氏の君が食いついた。


「おお、それはいい!!北の方と若紫がお揃いとは、なんとも可愛らしいではないか!」


「私も!お姉様と一緒がいいです!家族みたい!」


若紫がはしゃぐ。


「ふふ、夫と子供にせがまれているようですね。」


紗世がくすりと笑う。


「ええ。お揃いにしてちょうだい。」


御簾の内がやわらかく揺れた。


その瞬間──


源氏の君が、にこりと笑った。


「私と北の方との間に子供ができたら、こういう会話が増えるのだろうな。

そう思うと、早く子供が欲しいな。」


(あ…………)


紗世、即座に察知。


そっと御簾の方を見る。


(葵の上、絶対いま爆発してる。)


御簾の内では──


(こ、こ、こ、子供……!?)


扇の下で葵の上が真っ赤になっていた。


(源氏の君が子供欲しいって!?私と!?

いや分かるけど!!分かるけど!!心の準備というものが!!)


耳まで真っ赤。


呼吸、乱れ気味。


(ちょっと待って無理無理無理!!)


完全にパニックである。


一方その外では──


「ねえお姉様!お揃い楽しみですね!」


「え、ええ……そうね……。」


必死に平静を装う葵の上。


(よく耐えてるなこの人。)


紗世は心の中で拍手した。




やがて仕上がった飾り髪は、三つ編みに細長い布を編み込んだ椿髪。


淡い桃色の房飾りが揺れる。


「うわぁ!お花みたい!」


若紫が鏡を覗き込んでくるくる回る。


「素敵でしょう?私と若紫、お揃いよ。」


葵の上も微笑む。


その時、若紫がふと思い出したように言った。


「この髪、魔除けにもなるのでしょう?」


(……やっぱりその話、広がってるよね。)


「お祖母様が言ってました。髪は女の命。“結ぶ”というのは結界と同じだって。」


紗世ははっとした。


(そっか……。


私、飾り髪でずっと“結界”張ってたのかもしれない。だから、呪詛を弾いてたんだ…。)


今までの出来事が、一本に繋がる。


「和泉殿?どうかしたかい?」


光源氏が覗き込む。


「いえ、若紫様はとても利発だなと。」


「そうだろう?若紫は賢いのだよ。」


(親バカだ。)


紗世は心の中でツッコミを入れた。



─────



六条御息所邸に戻ると、紗世の文机の上に、文箱がひとつ置かれていた。


「……?」


新年の挨拶もひと通り落ち着いたはずだ。


紗世は首を傾げながら、そっと文箱を開ける。


中には、丁寧に折られた文が一通。


差出人の名を見て、わずかに目を細めた。


「……参議家の、二の姫君……?」


小さく呟き、文を開く。


一行、二行と読み進めるうちに、紗世の表情が微妙に曇っていった。


「……うーん……」


悪い内容ではない。


むしろ、礼を尽くした丁寧な詫び文だ。


だが――


「……びみょー……。」


言葉にしづらい違和感が、胸の奥に引っかかる。


「……御息所様に相談しよ。」


文を畳み、紗世はすぐに立ち上がった。




──御息所の居室


「参議様の、二の姫君から……?」


御息所もまた、わずかに首を傾げた。


「はい。今まで文のやり取りはなかったのですが……昨年の民部卿の騒動の折に、お会いしているようで。」


紗世は文を差し出す。


御息所はそれを受け取り、静かに目を通した。


文には――


春の集まりでの騒動についての詫び。

原因が参議家の女房にあったことへの謝罪。

その償いとしての贈り物を受け取ってほしいという願い。


そして――


和泉に、改めて飾り髪を教わりたいという申し出。


どれも、筋は通っている。


「……なるほど。」


御息所はゆっくりと文を畳んだ。


「お詫びを断るのは、かえって角が立つわね……。」


「そうなんです。品を受け取れば、今度は飾り髪の件も断りづらくなりますし……。」


紗世は少し困ったように笑った。


御息所は一瞬、考え込む。


そして、穏やかに言った。


「でも……原因が参議家にあったのなら、詫びたいと思うのは当然のこと。」


「はい。」


「断れば、“許されていない”と受け取られるかもしれないわね。」


静かな判断だった。


「……できれば、行った方がよいでしょう。」


その言葉に、紗世は素直に頷いた。


「承知しました。では、お伺いする旨、お返事を出します。」




参議邸への訪問。


それは、礼を尽くした正しい応対であり――


誰もが納得する、自然な流れだった。


だからこそ。


その先に待つものが、


どれほど歪んでいるのか――


この時の紗世は、まだ知らなかった。


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