第73話 呪の渦VS物理
───嵐山・紅葉見物の場(結界内)
唸るような風が、結界の外で渦を巻いていた。
ザァァァァァァ――――
紅葉が舞う。
否、それはもはや“舞い”ではない。
無数の刃のように空を切り裂き、結界の外縁を削り取ろうとしていた。
陰陽頭は一歩前へ出る。
袖が大きくはためいた。
「……来たな。“混ざった”か。」
低く呟く。
ドンッ!!
結界に、何かが叩きつけられた。
見えないはずの壁が、歪む。
「っ……!」
陰陽頭の眉がわずかに動いた。
(単体の念ではない……
これは――
絡み合っている。)
女達の声が、風の中に混じる。
『返して……』
『どうしてあの子ばかり……』
『私のものだったのに……』
『憎い……憎い……』
『和泉……』
『和泉……』
『和泉……!!』
「……耳を塞げ。聞くな。」
陰陽頭が低く言う。
惟成は即座に紗世の頭を押さえ込んだ。
「じっとしてろ。聞くな。」
「な、なにこれ……っ……!」
紗世の声が震える。
ドゴォッ!!!
結界が大きく歪んだ。
紅葉が一斉に叩きつけられる。
まるで“意思”を持っているかのように。
「……おかしいな。」
陰陽頭が静かに言った。
「何がです?」
惟成が問う。
「普通、これだけの数の念はな――
互いに打ち消し合う。」
もう一撃。
結界が軋む。
「だがこれは違う。」
陰陽頭の目が鋭くなる。
「互いの念に“干渉している”。」
風が一瞬、止んだ。
その静寂の中で、何かが“形”を持とうとしていた。
ぐにゃり
と、空間が歪む。
女の影が、いくつも、いくつも浮かび上がる。
輪郭は曖昧。
だが、確かに“こちらを見ている”。
「……集合霊……いや、違う……」
陰陽頭の声がわずかに低くなる。
「これは……誰かが“束ねている”。」
その瞬間
ドンッッッ!!!
結界に、今までで最大の衝撃。
ヒビが走る。
「―――っ!」
御息所の袖がわずかに震えた。
(やはりか。)
陰陽頭は歯を食いしばる。
(ただの嫉妬の寄せ集めじゃない。
“核”がある
あの尼寺の女か……。)
「惟成くん。」
「何です?」
「最悪の場合――結界を一度解く。」
「は!?」
「その瞬間に、俺が全部“切る”。」
「正気ですか!?」
「正気じゃなきゃ陰陽頭なんてやってないさ。」
軽く笑う。
だが目は笑っていない。
その時だった。
紗世が、ふと顔を上げた。
「……なんか……変……。」
「顔出すな!」
惟成が押さえようとする。
しかし紗世は、結界の外を見た。
女達の影が、一斉に紗世を見た。
ビキッ
結界が鳴る。
その瞬間
紗世の周囲の空気が
“弾けた”。
パァンッ!!
見えない衝撃が外へ広がる。
紅葉が一斉に吹き飛ぶ。
「――は?」
陰陽頭が固まる。
女達の影が、一瞬、崩れた。
「……無意識で……弾いた?」
思わず笑いが漏れる。
「はっ……はは……」
「何を笑ってるのですか。」
惟成が睨む。
「いや……これ……」
肩を震わせながら
「守る側いらないじゃないか……。」
次の瞬間
さらに大きな衝撃が来る。
ドゴォォォォォッ!!!
「……っ!来るぞ、本命が!」
陰陽頭の声が変わる。
風が黒く濁る。
紅葉の色が沈む。
空気が、重くなる。
“核”が、姿を現そうとしていた。
「……さあて」
陰陽頭が一歩踏み出す。
袖を払う。
呪符が、宙に舞う。
「本気、出していこうか。」
風は、ただの風ではなかった。
渦を巻き、音を持ち、意志のようにうねる。
バキッ、バキバキッ──
枝が裂け、紅葉が裂け、空気そのものが軋む。
陰陽頭の祝詞が場を支えている。
だが──
「……ちっ……増えたな。」
低く、舌打ち。
最初は“複数”だった。
今は違う。
“混ざっている”。
怨念、嫉妬、執着、憎悪──
それぞれ別のものが、絡み合い、一つの巨大な“塊”になっている。
「和泉殿──動くなよ。」
陰陽頭の声は、もう軽さがなかった。
その時だった。
──ぐにゃり
空間が歪んだ。
風の中心。
そこに、“何か”が現れる。
人の形をしているようで、していない。
顔はない。
だが、“笑っている”と分かる。
「……出てきたか。“核”が。」
陰陽頭が目を細める。
──民部卿の姫君
その“意思”だけが、ここに出てきていた。
肉体ではない。
だが確かに、“本人”だ。
空気が震えた。
声が、響いた。
「──見つけた。」
ぞくり、とするほど静かな声。
「……和泉。」
その瞬間、風が一斉に紗世へ向いた。
「……え?」
顔は見えない。
でも、“見られている”のが分かる。
(……なに、これ……。)
今までとは違う。
ただの嫌な感じじゃない。
“狙われている”。
それでも──
「……なんか、ムカつく。」
ぽつりと漏れた。
「え?」と惟成が紗世を見る。
「なんか分かんないけど……すっごい、感じ悪い。」
その瞬間。
空気がピシッと張り詰めた。
陰陽頭が目を見開く。
「……おいおい……」
笑いが漏れる。
「怒るとこ、そこかよ……!」
風が叩きつける。
ゴォォォォッ!!
だが──
紗世の周りだけ、弾かれる。
目に見えない“壁”のように。
バチンッ!!
空気が弾けた。
「……あ。」
紗世が首を傾げる。
「また弾いた。」
陰陽頭、完全に笑いをこらえる。
「ははっ……!無意識防御、ここまで来たか……!」
だが次の瞬間。
風が“変わる”。
バラバラだった念が、
一つにまとまる。
重い。
圧が違う。
ドンッ!!!
見えない何かが、紗世にぶつかった。
「っ……!」
初めて、よろめく。
「おい。」
惟成の声が低くなる。
「下がれ。」
紗世の前に立つ。
迷いがない。
「え、でも──」
「いいから下がれ。」
短く、強い声。
その瞬間、風が惟成に叩きつけられた。
バンッ!!!
袴が激しくはためく。
だが、動かない。
「……なるほど。」
惟成は静かに言う。
「これが“呪詛”か。」
一歩、前へ出る。
完全に物理で対峙。
「見えないなら、見えないなりに対処するだけだ。」
腕で風を払う。
無茶苦茶である。
陰陽頭が腹を抱えそうになる。
「はははははは!!出たよ!!脳筋対処!!」
「笑ってる場合か!」
惟成がキレる。
風
念
意思
そして
人間
全部がぶつかる。
「和泉殿!そのまま弾き続けろ!意識するな!いつも通りでいい!」
「いつも通りって何!?」
「適当でいい!!」
「雑!!」
ツッコミながら、紗世はまた弾く。
バチンッ!!
バチンッ!!
まるで“反射”。
だが──
“核”が動く。
ゆらり、と。
「……邪魔。」
惟成に向いた。
空気が圧縮される。
(来る──)
陰陽頭が動こうとした、その瞬間。
「──触るな。」
惟成が一歩踏み込んだ。
ドンッ!!!
正面から“ぶつかる”。
完全に物理。
ありえない。
だが──
弾いた。
一瞬だけ、“核”の動きが止まる。
沈黙。
そして
陰陽頭が、ニヤリと笑う。
「……ははっ……最高だな、お前ら。」
扇が鳴った。
パチン。
空気が変わる。
「──そろそろ終わろうか。」
声が落ちる。
低く、鋭く。
祝詞が変わる。
重い。
深い。
空間そのものが震える。
「混ざったなら、ほどけばいい。」
風の流れが変わる。
渦が分解されていく。
「寄せ集めの念に、“核”は扱いきれない。」
“核”が揺れる。
初めて、不安定になる。
「……ちっ……」
女の声が歪む。
消えかける。
だが、最後に紗世を見た。
「……和泉……」
ぞくり、とする声。
「……次は、逃がさない。」
ふっと、
消えた。
風が止む。
紅葉が、はらりと落ちる。
静寂。
「……終わった?」
紗世がぽつり。
「終わった終わった。」
陰陽頭が軽く言う。
「いや軽いな!?」
惟成がツッコむ。
「だって面白かったし。」
「どこがだ!!」
「君、呪詛に体当たりしたよ?」
「知らん!!」
「和泉殿も無意識で全部弾くし。」
「私も知らない!!」
陰陽頭、爆笑。
「はははははは!!最高だよお前ら!!」
御息所、くすくす笑う。
そして静かに呟く。
「……でも、終わっていないのですね。」
陰陽頭の目が、わずかに細まる。
「ええ。」
「“本体”は、まだ向こうだ。」




