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第71話 呪(まじな)い遊び

───とある貴族邸の女房の局


この日、相模は他家の女房達との集まりを開いていた。


六条御息所の紅葉見物の供に呼ばれていたが、


「母の具合が優れず……」


ともっともらしい嘘をつき、これを断っていた。


集まったのは、先日相模から「通っていた殿方が和泉へ心変わりした」と知らされた女房たちばかりである。


「さあ――今日は思う存分、溜め込んだ想いを吐き出しましょう?」


相模が穏やかな声でそう告げると、待っていたかのように女たちの声が溢れ出した。


「橘様に何度も催促のお文を出したのよ。そしたら、なんて返ってきたと思う?


“訪ねたいと思っているが、ことごとく方違えや政務が重なり行けない。仏の御心が邪魔をしているようだ”


ですって!」


吐き捨てるような声に、周囲から冷ややかな笑いが漏れる。


「あら、橘様なら先日、六条御息所様の邸の垣根から和泉を覗き見しておりましたよ。」


相模が扇の陰で口元を歪めた。


「やっぱりね!!


和泉も和泉よ!思わせぶりな文でも返して楽しんでいるのかしら!」


「文を返してくれるだけまだ良いわ。大江様なんて、通いも文もぷっつりよ。


最近も和泉には文が山のように届いているのでしょう?それってつまり、多くの殿方に思わせぶりなことをしているってことよね?」


「まだ子供のくせに……恐ろしいわ。」


「鬼女かもしれないわよ?物語に出てくる、男を惑わす――」


「鄙つ女のくせに、生意気な……」


笑い声に混じって、罵りが次々と重なっていく。


その言葉はやがて形を失い、ただ濁った感情だけが場に漂い始めていた。


――ふと。


最初に口を開いた女房の手が、ぴたりと止まった。


「……あら?」


「どうしたの?」


「今……誰かに見られているような……」


一瞬、場が静まる。


しかしすぐに、


「やだ、気のせいよ。」


「こんなところに誰がいるのよ。」


と、笑いが上書きした。


その様子を眺めながら、相模の脳裏に、あの日の光景がよぎる。


───清水寺


守袋のまじないを教え終えたあと、近江が静かに言った。


「もし守袋がいっぱいになりましたら――それを相手に見立てて、痛めつけると良いですよ。」


「痛めつける……?」


「ええ。床に叩きつけたり、懐剣で突き刺したり……


散々痛めつけたあとは――燃やしてしまうのも良いでしょう。」


その言葉を聞いた時、相模の胸の奥にあった澱が、すっと軽くなった気がした。


――楽しい。


そう、思ったのだ。


(私一人でやるより……みんなでやった方が、ずっと良いわ。)


相模はゆっくりと顔を上げた。


「さあ――皆さん。


鬱憤は吐き出せましたね?」


女房たちが顔を上げる。


「では、この守袋のおまじない――最後の段階に入りましょう。」


「最後の段階?」


「守袋に紙を入れて終わりではないの?」


興味に満ちた視線が集まる。


相模は、ゆっくりと微笑んだ。


「この守袋を……憎い相手に見立てるのです。


叩きつけても良いし、懐剣で刺しても良い。


そして最後は――燃やしてしまいましょう?」


一瞬の沈黙。


やがて、誰かがくすりと笑った。


「……それは、面白そうね。」


その一言をきっかけに、女たちの目に同じ色が宿る。


その奥で、何かが静かに揺れ始めていた。




───嵐山・紅葉見物の場


「……うん?」


陰陽頭の眉が、わずかに動いた。


ミシ……


どこかで、微かな軋みの音。


次の瞬間――


ガターン!!


「うわっ!」


突如吹き荒れた風に、屏風が倒れた。


「御息所様!ご無事でございますか!?」


「ええ、大丈夫よ……でも、急に……?」


先ほどまで、風などなかったはずだった。


その直後。


ザザザザザザ――――ッ


広場全体をかき回すような、異様な風が吹き荒れた。


紅葉が巻き上げられ、渦を描く。


陰陽頭は立ち上がり、空を鋭く睨んだ。


「……御息所様付きの女房が一人、今日来ていないことに引っかかっていたが……」


ぽつりと呟く。


「……遊び半分の念ほど、質が悪い。」


その瞬間――


ぞわり、と空気が変わった。


「牛車の傍にいる者!!

そこから離れよ!!!!」


鋭い声が響く。


「え!?は、はいっ!!」


御者や女房たちが慌てて離れた、次の瞬間。


ミシッ――


ガタン!!


バキバキッ!!


「きゃあああっ!!」


牛車の車輪が外れ、(ながえ)が折れた。


「皆の者、御息所様の周りに集まれ!動くな!結界を張る――!」


陰陽頭が素早く動く。


「……っ御息所様!御無礼仕る!」


袿を被せ、その身を胸に引き寄せる。


視線だけで惟成に合図を送る。


惟成も即座に応じた。


同じように紗世に袿を被せ、強く引き寄せる。


「なに!?惟成、見えない!!」


「黙ってじっとしてろ!」


じたばたする紗世の頭を押さえ込む。


風はなおも唸りを上げていた。


陰陽頭は、低く息を吐いた。


「……風流を楽しむ場で、ずいぶんと無粋なことをしてくれる。」


そして――


祝詞が、静かに、しかし確かな力をもって響き始めた。


その声は、乱れた空気を押し返すように、場を満たしていった。


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