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第68話 念を纏う飾り髪

───秋


(髪飾りも、秋用を考えないと。)


紗世は自分の髪を結いながら、秋冬の飾り髪の案を頭の中で並べていた。


紅葉を模した飾りも良い。

薄を使った軽やかなものも、きっと流行るだろう。


そう考えながら髪を整え、最後に簪を挿した、その瞬間。


パキンッ!


乾いた音がした。


「──あれ?」


紗世の手の中で、簪が真っ二つに折れていた。


(……?)


しばらくそれを眺める。


(空気が乾燥してきたからかな。木の簪だし。)


首をかしげながら、別の簪を取り出した。


それを髪に挿そうとした――その瞬間。


パキッ!


また折れた。


「……?」


紗世はしばらく黙って考えた。


そして結論を出した。


(ま、いっか。)


「今日は飾り髪なしで!」


何事もなかったように立ち上がり、御息所の部屋へ向かった。



それからだった。


紗世の周りで、奇妙なことが起こり始めた。


飾り髪の道具箱を開けると、櫛が真っ二つに割れている。


夜、灯していた蝋燭の火が――


ふっ


と、風もないのに消える。


誰かの視線を、妙に強く感じることもあった。


しかし。


(櫛は古かったのかな。)


(蝋燭はちょうど消そうと思ってたし。)


(視線は……また殿方が垣根から覗いてるのかも。)


紗世は、すべて偶然として片付けていた。



ある日のこと。


陰陽頭が、定期の訪問で六条御息所邸にやって来た。


相変わらず颯爽と馬に乗り、供も連れず単身で現れる。


邸の者達が慌てて迎え入れた。


御息所の部屋に通され、季節の挨拶を交わして早々。


陰陽頭は、ふと紗世を見た。


そして――


目を細めた。


「……ほう。」


少し沈黙が流れる。


紗世はきょとんとしていた。


次の瞬間。


陰陽頭が言った。


「して、和泉殿。


なぜそんなに女達の念を纏ってるんだい?」


さらに続ける。


「髪飾り代わりに念をぶら下げるのが、今季の流行かい?」


部屋の空気が止まった。


「…………」


紗世、思考停止。


「…………」


まだ停止。


「………ええっ!!?」


反応が遅い。


陰陽頭はその様子を見て――


ぶっ


と吹き出した。


「ははははは!!

なんだ、気付いていなかったのか!」


膝を叩いて笑う。


「それほど念を纏っていれば、何か異変があったはずだが?」


紗世は首を傾げた。


「異変……ですか?」


御簾の向こうで、六条御息所が心配そうに声をかける。


「紗世?最近、何か変わったことはなかった?」


「心当たり、ないのかい?」


紗世は考えた。


「うーん……」


指を折りながら言う。


「最近、簪や櫛が折れたり割れたりしましたが、寒くなって乾燥しているせいかなって。


あと、蝋燭の火が勝手に消えたりしましたけど、ちょうど消そうと思ってたからいいやって。


それから、たまに強い視線を感じたりしましたが、また殿方達が垣根から覗き見してるのかなと思ったので……。」


少し考えて。


「これ、異変に入ります?」


その瞬間。


御息所と陰陽頭が同時に叫んだ。


「異変でしょう!」

「異変だろう!!」


見事にハモった。


次の瞬間


パシンッ


室内に乾いた音が響いた。


「家鳴り…?」


紗世は天井当たりを見た。


陰陽頭はその紗世を見て、また吹き出した。


「……っふはっ!」


「何ですか、陰陽頭様。」


紗世は怪訝な顔をする。


「あはははは!すごいねぇ、和泉殿!

本来なら、君の体調に異変が出るはずなんだが……」


陰陽頭は涙を拭きながら言った。


「どうやら君、無意識に弾いているらしい。」


「弾く?」


御息所が驚く。


「そう。」


陰陽頭は紗世の周囲を指した。


「君に向かってきた念を、無意識に弾き返している。


その結果――」


天井を指さす。


「とばっちりが、これだ。」


紗世は目を丸くした。


陰陽頭は腹を抱えて笑った。


「ははははは!!

簪や櫛が犠牲になるとは!今も天井のどこかが少し割れたのだろう!


強すぎるよ、和泉殿!!」


紗世はぷるぷる震えた。


「……私、褒められているのでしょうか。」


「褒めてる褒めてる!

あははははは!!」


(褒めるなら笑わないでよ!!)


紗世は陰陽頭を睨んだ。


御息所が真面目な声で尋ねた。


「しかし陰陽頭様。

紗世に女達の念がまとわりついているのでしょう?

なぜ、そのようなことが……」


陰陽頭は笑いを収め、姿勢を正した。


そして紗世を見た。


その目が、わずかに鋭くなる。


「……今回の念は、少し前の文を送った者達の小さな執着とは違う。

簪や櫛が折れるほどの実態が出ている。


つまり念が強い。」


そして、静かに続けた。


「……しかも複数だ。」


紗世の顔が青くなる。


「え……?じゃあ私……

誰かに恨まれているんですか?」


陰陽頭はあっさり言った。


「しかも複数人にね。」


紗世はぷるぷる震え、御息所を見た。


「……御息所様……

私、沢山の人から恨まれているようです……。」


涙目になる。


「しばらく御息所様から離れた方が……」


「紗世!」


御息所の声が止めた。


「最後まで陰陽頭様のお話を聞きましょう。」


御息所は陰陽頭を見る。


陰陽頭は腕を組んだ。


「現時点では、なぜ恨まれているかは分からない。


そして、これは呪詛なのか、生霊なのかもはっきりしない。」


少し考え。


静かに言った。


「……だが。おそらく――


知らず知らずの内に、呪詛の形を取ってしまったのだろう。」


紗世は愕然とした。


「そんな……」


陰陽頭は続けた。


「本人は呪詛をしたつもりはない。


だが、やっていることが呪詛の手順になってしまっている。

結果、呪詛として形になる。」


部屋が静まり返る。


陰陽頭は肩をすくめた。


「今は和泉殿が弾ける程度の大きさだ。

大事にはならないだろう。

だが、事が大きくなる前に手を打つ必要がある。」


御息所が身を乗り出した。


「今、できることは?」


陰陽頭は答えた。


「祓いを行い、この邸と和泉殿に結界を張る。

それと――」


目を細める。


「誰がこの念を送っているのか、調べよう。

複数人ゆえ時間はかかるがね。」


紗世は深く頭を下げた。


「お願いします!」


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