第348話 観月の宴、その前に
「三日後!!!!?」
紗世は思わず、あんぐりと口を開けた。
「姫様、はしたのうございますよ。」
傍に控える真砂が、小声で窘めた。
「急な事とは承知でございます。しかし、お主上が是非に、との事でございます。」
命婦が恭しく頭を下げた。
「三日後の観月の宴で何か料理を、と言われましても……。人数や材料もありますし。」
紗世は眉を下げた。
「そこは急な話でしたので、姫君のお料理を召し上がられるのは、お主上や大臣達くらいとのことです。人数としたら五、六人分。材料は大膳職にあるものは、全て使って良いとのことでございます。」
「あの、前日までに食材や調理器具の確認に、大膳職へ行くことは……?」
「もちろん構いません。大膳職に来る刻や、誰が来るのかを事前にお知らせください。」
「行くのは私と、そこの真砂、あとは当家の台盤所の者一、二名で……。」
「藤原の姫君ご自身がいらっしゃるのですか!?」
命婦は目を丸くした。
「ええ……。作るのは私ですから。」
「まああああ! 高貴な姫君が料理など……! そのようなものは下の者たちにお任せくださいませ!!」
(そっか、参内できるくらいの貴族が料理する事はまずないし。これが普通の反応だよね。)
紗世は、わずかに肩を落とした。
「あの、でもお主上にお出しする物ですので、間違いがあってはなりませんし……。私の料理は、下拵えや調理法が馴染みないものもございますので、当家の台盤所の者であっても、任せきるのには不安がございます。」
紗世は、命婦の表情を窺いながら言った。
「そうは言いましても、宴に参加する姫が台盤所に立つなど……。」
命婦は、まだ納得できないようだった。
「台盤所に立つ時は、女官の格好をしますので。宴は宴できちんと正装で臨みます。それも無理でしょうか……。」
「……そこまでおっしゃるのでしたら、仕方ありませんね。」
命婦は眉を顰めたものの、大きく息を吐いて言った。
紗世の顔が、ぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます。では、大膳職に下見に行くのは、いつがよろしいでしょうか!? できれば早めが良いのですが。」
「実際に料理するわけでもなし……。食材や調理器具の確認でしたら、明日でも大丈夫でしょう。詳細は追ってお知らせしましょう。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
紗世は、ぺこりと頭を下げた。
───
命婦が帰ると、紗世はげんなりとした顔で真砂に話しかけた。
「ねぇ、真砂。三日後の宮中行事の宴に参加しろだなんて……。そんな事ある?」
「私も聞いたことございませんわ。宴となれば、色々お支度もございますのに。」
真砂はため息を吐いた。
「あとで詳細を教えてくれるとはいえ、宴の段取りも何も分からないのに。その上、料理までって……。」
「紗世様。どのような料理にするか、お考えは?」
「食材を見てからじゃないと何とも……。他の料理もあるだろうし。」
二人は顔を見合わせた。
「頑張るしかないね。」
「頑張るしかございませんわね。」
───夕刻
取り次ぎの女房が、慌てた様子で紗世の部屋へ来た。
「姫様。中務卿宮様がお越しにございます。」
「……ええっ!? まっ……真砂っ! 髪っ! あとお香っ! えと、あと、それと……っ!」
先触れの文も何もなかった。
突然の事に、紗世は慌てて支度をする。
やがて、中務卿宮が紗世の元へやって来た。
「突然来てすまぬな。紗世。」
惟成以外の男に名前を呼ばれるのは、罪悪感というか、くすぐったいというか、妙な気持ちがした。
「宮様。いらっしゃいませ。突然いらしたということは、何か急用でも?」
紗世は首を傾げた。
「いや。仕事が終わって、紗世の顔を見たくなっただけだ。これといって用はない。」
中務卿宮は、飄々とした顔で言った。
「………そうでございますか。あ、宮様!」
紗世は、思い出したように言った。
「三日後の観月の宴に呼ばれ、そこで何か料理を出すように言われたのですが、宮様、観月の宴には参加されるのですか?」
「観月の宴? ああ、私も毎年参加している。もちろん今年も参加するつもりだ。」
宴の場に知った顔がある。
そう思っただけで、紗世は少し安心した。
「紗世も参加するのか。それは楽しみだな。前回のお主上の謁見の時は、紗世の姿に動揺していたからな。紗世の正装は、さぞ美しかろう。」
(み……宮様って、こういう事さらりと言うんだよね。)
紗世は顔を赤らめた。
「紗世。料理は何を作るのだ?」
「それはまだ決めてなくて……。明日、大膳職へ行くので、その時に食材や調理器具を見て決めようかと。」
「なに!? 明日、大膳職へ来るのか!?」
中務卿宮は身を乗り出した。
「え? はい。明日の午後行く予定です。」
「午後か……。」
中務卿宮は、何か考える素振りを見せた。
「………うむ! 何とかなる! 私も明日、大膳職へ共に行こう。」
中務卿宮は、手を叩いて言った。
「いや、何とかなるって。お仕事があるのでしたら、そちらへ行ってください! 私はただの下見ですので!」
紗世は慌てて首を振った。
「いや! 紗世と一緒に居たい! だから私も共に行く!!」
紗世は顔を真っ赤にして俯いた。
「そ……ですか……。」




