第339話 父親達の覚悟
「………何をしておるのだ………。」
惟成の背後から、呆れたような声が落ちた。
惟光が帰ってきていた。
「父上。お帰りなさいませ。」
惟成は兼成に縋られたまま、頭を軽く下げた。
「兼成、お前は人の息子に何をしている。」
「何をしている、ではないわ! お前の息子に頑張ってもらわねば、儂の老後が! 孫が!! ………危ぶまれるうううううう!!!」
「まっっったく意味が分からん。惟成、話せ。」
「は……はい……。」
惟成は、兼成に縋られた経緯を説明した。
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「………なるほどな。」
説明を一通り聞き終えた惟光は、大きく息を吐いた。
「何がなるほどだ! 悠長に構えている場合か!! 姫が皇族の妻になったら、どうしてくれるうううううう!!!!」
「普通の親なら、泣いて喜ぶだろうに……。なんなんだ、お前は。」
惟成の肩が、僅かに揺れた。
その様子を、惟光は見逃さなかった。
「……だが、まあ……私も、和泉殿にいつから『義父上』と呼んでもらえるかと、楽しみにはしていたからな。」
「何が『義父上』だ! 姫が父上と呼ぶのは儂だけだああああああ!!! 惟光を『義父上』なぞ呼ばせてたまるかああああああ!!!」
兼成は惟成から手を離すと、今度は惟光の胸倉を掴んだ。
「儂は認めんぞ! 姫の父は儂だ! 儂だけだ!! 惟光、お前は惟成の父であればよいではないか!!」
「惟成が和泉殿の夫となれば、誰がなんと言おうと私の立場は和泉殿の『義父上』だ。」
「何だとおおおおおお!!!」
ドカッ。
「やめんか、暑苦しい。」
惟光は兼成を蹴飛ばした。
兼成は畳の上を転がり、仰向けになった。
「ぅうううぅぅ……姫ぇ……。」
そのまま両手を天井へ伸ばし、咽び泣く。
「儂の可愛い姫が……惟光のことを……義父上と……。いやだ……儂はいやだぁ……。」
「まだ呼ばれてもおらぬだろう。」
「呼ばれる可能性があるではないかああああああ!!!」
「可能性だけで泣くな。」
惟光は呆れながら兼成を一瞥すると、惟成の方へ視線を移した。
「で? お前は、どうしたい。」
「諦めるつもりはありません。」
「皇族の女に手を出す不届き者と思われてもか。」
「はい。」
「お前のその行いで、私やこの家門に関係する者たちに悪影響があるとしてもか。」
「………っ。」
「宮様は、たとえ自分が選ばれなかったとしても、不利な扱いはしないし、させないと仰ったかもしれぬ。宮様の性格からして、対象は和泉殿や兼成、藤原家門だけでなく、お前や私たちの家門も含まれているだろう。」
惟光は少し目を伏せた。
「しかし、世間はそうはいかぬ。」
惟成は苦しげな表情を見せた。
「皇族に楯突いた藤原家と源家、と見る。皇族に楯突いた家門なぞ、関わりたくはないとなるだろう。」
「………そうでしょうね。」
「私は源氏の君の随身だ。下手をすれば、源氏の君を巻き込む可能性もある。」
「…………。」
「…………。」
惟光は、俯く惟成を見据えた。
(こいつが、こんな風に俯くとはな。我が息子ながら、年齢の割に堂々としているものだと感心したが……やはり、私にとって子供は子供だな。)
惟光は少し眉を下げ、口を開いた。
「だが、私も和泉殿の夫はお前しかいないし、お前の妻は和泉殿しかいないと思っている。」
惟成は、少し顔を上げた。
「まだ、どうなるかは分からん。和泉殿とて、すぐに決断はできないだろう。今、お前ができることは、変わらず和泉殿を大切にすることだ。」
「はい……。」
「何、話を綺麗にまとめておる!!」
咽び泣いていた兼成が、勢いよく起き上がった。
「どうなるか分からんではないだろう! どうするんだあああああ!! 惟成!! 通え!! 何が何でも三夜通ってしまえええええ!!!」
「お前が一番、なりふり構っていないな。」
「そうだ!! 儂はなりふりなど構っておらん!! 姫と儂の未来が懸かっておるのだ!!」
兼成は惟成の肩を掴んだ。
「三夜通いを再開せよ! 一夜で途切れたままにしておくな! 姫もお前と夫婦になりたいと思っておるのだろう! ならば、望みを叶えてやらねばならん!!」
「兼成様、落ち着いてください。」
「落ち着いていられるか! このままでは、姫が宮様の妻になってしまうかもしれん!!」
兼成は拳を握りしめ、惟成の顔を覗き込んだ。
「子だ!! 惟成!! 既成事実だ!! 子を作ってしまええええーーー!!!」
「兼成、姫を持つ親の台詞ではないぞ、それ。」
惟光が呆れた声を出した。
「何を言う! 姫を持つ親だからこそ言っておるのだ!!」
「その理屈は初めて聞いた。」
「儂は姫の幸せを願っておるだけだ!」
「その割には、先ほどから自分の老後と孫の話ばかりではないか。」
「それも姫の幸せの一部だああああああ!!!」
「どこがだ。」
惟光と惟成は、揃って呆れた顔をした。
兼成は二人の反応に構わず、惟成の肩を激しく揺さぶる。
「分かったな、惟成! 通え! 何が何でも通え!!そして子を成せ!!」
「子を成せと言われても……姫側の都合もありましょう。」
「細かいことを言うなああああああ!!!」
「細かいことではないと思うが。」
惟光の冷静な指摘に、兼成は床へ突っ伏した。
「姫ぇ……。どうして儂の娘は、こんなにも可愛くて、こんなにも大事な時に、こんなにも難しい立場になってしまったのだ……。」
「お前が今さら嘆くことではない。」
「惟光、お前は冷たすぎる!」
「お前が騒ぎすぎなのだ。」
「儂は冷静だ!!」
「どこがだ。」
惟光は呆れ顔で兼成を見た。
「それにしても。」
惟光は腕を組み、天井を仰いだ。
「中務卿宮様が、三条は和泉殿だと知ったのなら………明日あたり、我が君に呼び出しがかかるかもな。」
「源氏の君が、宮様に、ですか。」
惟成は首を傾げた。
「ああ。もしかしたら、陰陽頭様も一緒かもな。」
惟光は、深いため息をついた。
「……どうしてこう、面倒なことばかり重なるのだ。」
「面倒とは何だ!! 姫と惟成の婚姻は、面倒などではない!!」
「お前の騒ぎ方が面倒なのだ。」
「何だとおおおおおお!!!」
兼成の絶叫をよそに、惟成は四条邸のある方を見据えていた。




