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第331話 帝の目に映る姫

帝との問答がしばらく続いた。


「そなたは、うどんだけでなく、讃岐で様々な仕組みを考えたそうだな。」


「はい。私一人で考えたというより、周りの者達と相談しながらですが……。」


紗世が答える。


帝は興味深そうに頷いた。


「元は海賊であった者達も、そなたの……製麺所と言うのか?そこで働いていると聞いた。」


「はい。」


「なぜ、そのような者達を?」


「働く場所があれば、海賊をする必要もなくなるからです。」


紗世は当たり前のことのように答えた。


「人は、食べていける場所があれば、無理に人から奪おうとはしないと思います。」


「ほう……。」


帝は少し目を見開いた。


「では、そなたは、ただ物を作るだけではなく、人の暮らしそのものを考えているのか。」


「……そう、なのでしょうか。」


紗世は首を傾げた。


「私は、こうした方が皆が楽になるかな、と考えているだけで……。」


「それが大事なのではないか?」


「え?」


「国を治める者にとって、人がどう暮らしているかを知ることは、大切なことであろう。」


「……。」


紗世は少し驚いたように帝を見た。


「私は国を治めることなんて出来ませんけど……。」


「そうだな。」


帝は穏やかに笑った。


「だが、そなたは人の暮らしを見ている。」


その言葉に、紗世は何と答えればよいのか分からず、ただ頭を下げた。


その様子を、家宗は黙って見ていた。


まだ、口を挟まない。


帝自身が、紗世を知ろうとしている。


ならば、余計な言葉を差し挟む必要はない。


「それにしても、元は海賊だった者達を働かせるとはな。」


帝が続ける。


「はい。」


「恐ろしくはなかったのか?」


「実は……最初は海賊だと知りませんでした。」


紗世は正直に答えた。


「でも、海賊と知った後でも恐ろしいというのは無くて……話してみたら、普通の人達でした。」


「普通の人達?」


「はい。働いて、お給金をもらって、ご飯を食べて……。」


紗世は少し考える。


「家族がいる人もいますし、皆、それぞれ暮らしがあります。」


帝は黙って聞いていた。


「だから、悪いことをしたからといって、ずっと悪い人のままなのかなって……。」


「……なるほど。」


帝の表情が、少し変わった。


先ほどまでの好奇心だけではない。


目の前の姫を、一人の人間として見始めているようだった。


「そなたは、人を見ているのだな。」


「……そうでしょうか。」


「うむ。」


帝は頷いた。


「うどんを作っただけの姫だと思っていたが……。」


帝は、少し楽しそうに笑った。


「思っていたより、ずっと面白い姫だ。」


「……恐れ入ります。」


紗世は深く頭を下げた。


家宗は、そのやり取りを静かに眺めていた。


そこで初めて、ほんの僅かに口を開く。


「そういえば、お主上。」


「うむ。」


「この姫が都で流行らせたという髪飾りも、女人達の間では随分と評判になっているそうにございます。」


帝が紗世を見る。


「髪飾りもそなたが?」


「はい。……と言っても、私は自分が欲しいと思ったものを作っただけなのですが。」


「それが都の女人達に広まったのか。」


「……はい。」


帝は、紗世の髪に飾られた青緑の髪飾りへ目を向けた。


「では、それもそなたが?」


「これは……。」


紗世は一瞬、指先で髪飾りに触れた。


「これは、いただいた綺麗な布を髪飾りにしたものです。」


「ほう。」


帝が微笑む。


「そなた自身が作ったものか。」


「はい。」


「うむ。よく似合っている。」


「……ありがとうございます。」


紗世は少し照れたように頭を下げた。


帝は再び髪飾りを眺め、それから紗世を見る。


「女人達が好むものを、自ら作り出したのか。」


「自分が欲しかっただけなのですが……。」


「それが人にも好まれた。」


「はい。」


帝はしばらく考えるように黙った。


そして、ふと家宗へではなく、紗世へ問い掛けた。


「そなたは、何を美しいと思う?」


「え?」


思いがけない問いに、紗世は目を瞬いた。


「美しいもの……ですか?」


「うむ。」


「そうですね……。」


紗世は少し考えてから答えた。


「自分が見ていて、嬉しくなるもの……でしょうか。」


「随分と曖昧だな。」


帝が笑う。


「すみません。」


「いや。」


帝は楽しそうだった。


「そなたの答えは、面白い。」


紗世もつられて少し笑った。


家宗は、その様子を黙って見ていた。


先ほどまでなら、自分が言葉を重ねて帝の興味を引く必要があると思っていた。


だが――。


もう必要はなかった。


帝自身が、紗世へ問いを重ねている。


「そなたは、まだ十六であったな。」


「はい。」


「これほどのことを考えるようになったのは、いつ頃からだ?」


「いつ頃……。」


紗世は少し考えた。


「和泉国にいた頃から、でしょうか。もっと便利になればいいのに、とか。もっと美味しく出来ないかな、とか……そういうことを考えるのが好きで。」


「そうか。」


帝は微笑んだ。


「では、これからも新しいものを考えるのか?」


「たぶん……。」


紗世は少し困ったように笑った。


「思いついたら、作ってみたくなると思います。」


「なるほど。」


帝は頷いた。


「話していて飽きぬ姫だ。」


「……恐れ入ります。」


紗世は深く頭を下げた。


帝はその姿を見ながら、静かに思った。


うどんを作った姫。


髪飾りを流行らせた姫。


元海賊の者達に働く場所を与えた姫。


そして何より――。


自分がしたことを、大したこととは思っていない姫。


帝は、自然ともう一つ尋ねたくなった。


「そなたは、これから何をしたい?」


紗世は少しだけ顔を上げた。


「これから……ですか?」


「うむ。」


「そうですね……。」


紗世は考え込む。


「もっと美味しいものを作ったり、皆が働きやすくなるものを考えたり……。先の事はまだ私も分からないです。」


そう言って紗世は少し笑った。


帝は、しばし紗世を見つめた。


そして――。


「そうか。」


ただ、それだけを言った。


家宗は黙って帝の横顔を見ていた。


(……よい。)


もう、自分から余計なことを言う必要はない。


帝自身が、紗世に問いを重ねている。


帝自身が、紗世を知ろうとしている。


帝自身が、この姫を面白いと思っている。


それで十分だった。


家宗は静かに目を伏せた。


(人は、自ら興味を持ったものほど、もっと知りたくなる。)


そして、再び紗世へ視線を向ける。


その目に浮かんでいたのは、親族を見る情ではなかった。


盤上に置いた駒を、誰にも気付かれぬよう、静かに動かす者の目だった。

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