第327話 鬼退治、出陣
───山城国国境
討伐隊は左兵衛佐を先頭に、その後ろに惟成と兼成が続き、さらに複数名の武官が続いて、馬に乗り山城国へ続く山道を進んでいた。
「まだ昼というのに、鬱蒼として暗いですね。」
「ふん。ただ暗いだけではないか。暗いだけで不安を感じるなど……武官として情けない。」
「何を……!?」
惟成と兼成の後ろに続く武官達が言い合いを始めようとした。
「やめよ。武官たるもの、些細な事で声を荒らげるな。」
兼成が静かに声を落とした。
(先程まで、義父上と呼ぶなと騒いでいたのは誰だったか……。)
惟成は馬上で遠い目をした。
「もう山城国へ入るが……鬼の目撃情報はどの辺だ?」
左兵衛佐が後方の武官に声を掛けた。
「笠置周辺と聞いております。殺された民も、笠置周辺の集落の者だそうです。」
惟成が淡々と答えた。
「笠置……か。まだ先だが、もう日が沈む。今日はここ……木津の駅家に泊まる。」
「は。」
───
討伐隊は駅家に入り、武具を外し、衣を緩め、各々休息を取った。
「惟成、本当に鬼だと思うか?」
兼成は惟成に話しかけた。
「この手の討伐話はありますが、実際は人であったという場合が多い気がします。ただ体が人より大きい、肌の色が黒い、海の向こうの異国の者……身体的特徴が常人より際立っているだけで、人に違いありません。」
「しかし、人が喰われたと。それはどう説明する?」
「まずは、その人が喰われたと証言した者に、どのように喰われたのか聞くべきでしょう。もしかしたら、喰われている場面は見ておらず、死体の損傷具合を見て『喰われた』と言っているだけかもしれません。」
兼成は満足そうに頷いた。
「ふむ……。武官らしい考察だな。よく考えておる。」
「………武官ですが?」
惟成は呆れたように言った。
「いつも討伐の任は、いるかいないかも分からん者を、だらだらと時間をかけて探すだけの印象しかなくてな。儂は討伐で何日も拘束される気はさらさらない。まずは鬼と呼ばれるものを早く見つけなければ。その為には正しい情報が必要だろう?」
「同感ですね。出来ることなら明日にでも鬼と呼ばれるものを見つけて、さっさと討ち取って帰りたいです。」
二人が話していると、上官である左兵衛佐がやって来た。
「鬼は神出鬼没と聞く。探してすぐに見つかるものではないぞ。」
「ですが、左兵衛佐様。笠置周辺で目撃が多いのであれば、まずは現地で詳しく話を聞くべきでは?」
惟成が尋ねる。
「うむ……まあ、そうだな。明日、笠置へ行けば何か分かるだろう。」
左兵衛佐は、それ以上何かを調べる様子もなく、腰を下ろした。
「左兵衛佐様。鬼が現れた場所や時刻、被害に遭った者の身分などは、確認されておりますか?」
兼成が聞いた。
「そこまでは聞いておらぬ。」
「では、被害に遭った者の遺族や、直接の証言者については?」
「さあ……そこまではな。」
「喰われたという民は、もう葬られたのでしょうか? それとも、死体は帰ってきていないのでしょうか?」
兼成が重ねて尋ねる。
「ん………うむ……? まあ、情報は殆ど無いと思ってくれ。人ではない鬼の所業だ。人には計り知れんことばかりだ。」
そう言って、左兵衛佐はそそくさとその場を去って行った。
「あれは……何も考えず来た感じですね。」
惟成が眉を顰めた。
「うむ。本当は鬼など噂程度で、実害は出ておらぬ可能性もあるな。討伐と称し、どう見ても物見遊山目的の者もたまにおるでな。」
兼成も苦々しい表情だった。
「……迷惑ですね。」
「全くだ。……惟成、何がなんでも早くこの任を終わらせるぞ。」
「はい。」
「でなければ、姫がお主上に見初められてしまう!!」
「………見初められるかどうかは分かりませんが、姫の入内を進められてしまうことは確かですね。」
「姫は可愛いのだぞ!! 見初められるに決まっておるだろう!!!」
「…………そうですね。」
「お前! 姫が入内なぞしたら、いくら儂とて簡単に会えなくなるのだぞ!! もし、皇子を授かろうものなら、会ってもほんの一瞬! 声を少し聞いて終わり! 姫に全っ然構って貰えなくなるのだ!!! そんなの嫌だァ!!」
(紗世に構って貰えないって……。入内させたくない一番の理由はこれなのか……。)
惟成は少しうんざりした顔をした。
───翌日
討伐隊は笠置の集落へと到着した。
「うむ。皆、ご苦労。少し休憩を──」
左兵衛佐が言いかけたそばから、惟成と兼成は動き出した。
「では早速、鬼に喰われた者の遺族、または証言者を探してまいります。」
惟成と兼成は集落の中心へ向かった。
「……左兵衛佐様。少し休まれるのでしたら、我らが聞き込みをしてまいります。」
兼成が声を掛ける。
「うむ。頼んだ。」
左兵衛佐は特に気にする様子もなく、その場に残った。
集落で聞き込みをすると――。
「肌の黒い鬼が、荷を置いてけって……オラァ怖くて荷を放って、命からがら帰ってきたんだぁ。」
「鬼が木の上から飛び降りてきて、荷を引いてた牛をたたっ切っちまって……荷を置いて逃げたけど……翌日行ったら、牛が切り刻まれてて……きっと牛を食っちまったんだ、おっかねぇ。」
「先日は木の上から声が聞こえてよ。『女を寄越せ、女を置いてけ。さもなくば村人を殺すぞ』ってよ。けど、当然鬼の元に行く女なんかいねぇから、困っちまって……。」
惟成と兼成は、しばし無言で佇んだ。
先に口を開いたのは惟成だった。
「……兼成様。」
「なんだ。」
「鬼が出たと言う話でしたが……肌が黒い以外は……普通の人間では?」
「……そうだな。」
「牛は食われたかもしれませんが、人は喰われてないですね。」
「……ああ。」
「一日一人ずつ喰らうのではなく、女を寄越せと……。鬼の正体は普通に人では?」
「儂もそう思う。」
「人であるならば、出没地の予想はある程度できます。都から金目の物を持っている貴族が通ると聞けば、来るのでは?」
「おびき寄せるか?」
「村人に協力してもらって、山道を歩いている時に『貴族がどこどこの道を通るらしい』と大きな声で言ってもらいましょうか。」
「よし、まずはその策で行くか。」
そうして惟成と兼成は、足早にその場を後にした。




