第326話 政の駒
───権大納言邸
「さて、兼成と源左兵衛尉を都から離す事は出来た。お主上に、うどん考案者が近く……そうだな、明後日拝謁すると伝える。お前は兼成の娘を急ぎ参内させる手筈を整えよ。」
家宗は脇息にもたれかかった。
「は。命婦にも伝えましょう。」
そう言って男は出て行った。
「兼成の娘か。昔は見ようとも思わなんだが……お主上の妃となるなら別だ。
流行を生み出すということは、華やかな姫か、それとも頭の切れる才女か……。」
家宗は口元を緩めた。
「どちらにしろ、明後日の参内の場には右大臣、左大臣……それから、先の政争で負け、今は大人しくはしているが……中務卿宮も呼ぶか。」
そして、ゆっくりと庭を見た。
「我ら藤原式家には、血筋や教養だけではなく、国を豊かにする、お主上に最も相応しい姫がいると見せつけられようぞ。」
───四条邸
庭に旅支度をした兼成と惟成がいた。
惟成は今夜来られそうもないことを、紗世に直接詫びに来たのだ。
「紗世。すまん……。」
惟成は申し訳なさそうに俯いた。
「惟成のせいじゃないでしょ。それより鬼の討伐だなんて……惟成も父上も気を付けて。」
すると、珍しく紗世の母も出てきて、兼成の傍へと来た。
「殿……。」
「北の方。」
「鬼……など……人を喰らい、民も一人犠牲になったとか……。」
不安そうに兼成の手を握る。
「どうか……どうか、ご無事で。」
妻の手が震えている事に気付き、兼成は抱き寄せた。
「大丈夫だ。北の方。心配するでない。
いざとなったら惟成を差し出して、儂は逃げるでな。」
「おい。」
惟成は思わず敬語も忘れ、突っ込んだ。
紗世は思わず吹き出した。
「大丈夫ですよ。母上。だって父上も惟成もお強いのですもの。」
(惟成に至っては讃岐で天狗に武術を教わってるし。虎徹にも二人について行くよう頼んだし。)
「そう……そうよね。私の夫も姫の夫も強いもの。」
「いや、北の方。惟成はまだ姫の夫ではない。」
「もう、夫も同然ですよ。義父上。」
惟成がさらり、と言った。
「ま、ま、ま……まだ義父上と呼ぶなあああああ!!まだだ!!まだお前の義父上ではないわ!!」
「もう良いじゃん。義父上で。……でも、そっか。そしたら、惟光様も私の義父上になるんだ。今度会ったら義父上って呼んでみよ。」
「ぜひ呼んでやってくれ。娘が欲しかったとも言っていたことがあるし、紗世の事を気に入っているしな。」
惟成は紗世を見て微笑んだ。
「ぬああああああっ!!!呼ぶなーーーーッッ!!!姫の父は儂だけだああああああ!!!」
兼成が発狂した。
「……殿、惟成様。そろそろお時間でございます。遊んでないで早く行きませんと。」
栄が呆れた顔で二人を促した。
「何を言う、栄!!儂は遊んでおらん!!真面目な話だ!!!」
「ありがとう、栄殿。では行ってくる。」
「ご武運を、惟成様。」
「無視するでないわああああ!!!」
庭にいつもの兼成の絶叫が響き、いつもの光景に紗世や四条邸の者たちも、顔が綻んだ。
───宮中
蔵人頭が帝に恭しく頭を垂れ、報告した。
「先の讃岐のうどんの考案者。藤原兼成の娘、明後日の午後に参内との事でございます。」
「そうか。あれほど美味なる物を考え出したのが、都の若い姫とはな……。聞けば女人の飾り髪の流行も、その姫が発端だとか。」
帝は穏やかに微笑んだ。
「どのような姫であろうか。楽しみだな。」
帝にとっては、まだ何も知らぬ一人の姫との対面に過ぎなかった。
だが、その参内が何を意味するのか。
それを知る者たちは、すでに動き始めていた。
───中務省
「宮様。」
「なんだ?」
執務中の中務卿宮は顔を上げた。
「明後日の午後、讃岐の献上品を考案した姫が参内するとの事で、中務卿宮様も同席するようにとのお達しにございます。」
「お主上が仰ったのか?」
中務卿宮は眉を寄せる。側近は答えた。
「表向きはお主上ですが……どうやら、藤原権大納言様でしょう。この姫は藤原式家の血筋とか。」
「………つまりは、この先の政争に藤原式家も名を上げると公表する場……か。」
「おそらく。」
中務卿宮はしばし黙り込んだ。
「その姫は自分が政治の駒にされる事を知っているのか……。若い姫だったか?」
「十六と聞いております。」
(十六……三条と同年か……。)
中務卿宮は一瞬、切なそうな顔をした。
(明後日、その姫は何も知らぬまま、帝の御前へ出るのだろうか。)
小さく息をついた。
(そして、その場には右大臣、左大臣……私までいる。ただの拝謁ではない。その姫を巡って、これから何かが動いていくのだろうな……。)
中務卿宮は静かに目を伏せた。
(三条は自ら進んで鬼の妻になったが、この姫は……。通う男が居ても引き離されるのだろう……。)
「可哀想に……。」
中務卿宮はポツリと呟いた。
明後日。
一人の姫が帝の前へ参る。
その日を境に、紗世を取り巻くものは、大きく動き始めようとしていた。




