第313話 天狗の修行、その成果
二戦目は惟成の方から仕掛けた。
カンッ、カンッ、カカンッ!!
木刀が打ち合う音が広場に響き渡る。
打ち合う速度は速い。しかし、大伴はそれを難なく捌いているように見えた。
「大伴は、体がデカい割に身のこなしが軽く、速いんだよな。」
打ち合いながら、惟成が微かに笑った。
「褒めていただき光栄ですが……源様が、このようなただ速いだけの打ち合いをするとは思えませんな。何を狙っておられるのか……。」
大伴は苦笑しながら、惟成の木刀を受ける。
惟成の速度に合わせるように、大伴の打ち込む速度も次第に上がっていく。
その時、大伴が大きく息を吸った。
惟成は、それを見逃さなかった。
大伴の重心が移動するよう、惟成は木刀を受ける向きを僅かにずらす。
惟成の思惑通り、大伴の重心が大きく傾いた。
それでも大伴は踏みとどまろうとし、木刀を大きく振り被る。
シャアッ……!
惟成は大伴の木刀を真正面から受けなかった。
最初から自分の木刀に大伴の木刀を滑らせる。
大伴が木刀へ込めた力は、惟成の木刀に沿って流れていく。
行き場を失った力に引かれるように、大伴の重心が崩れた。
その瞬間。
惟成は力の逃げた方向へ木刀を大きく振り抜いた。
大伴の巨体が宙を舞う。
ドスンッ!!
大伴の体は一回転し、背中から地面へ落ちた。
その直後、惟成の木刀の切っ先が、仰向けになった大伴の首筋へぴたりと止まる。
一瞬、広場が静まり返った。
そして――。
「すげええええ!!!」
「何だ、今の!?」
「大伴様の大きな体が完全に一回転したぞ!?」
一気に広場が興奮に包まれた。
「大丈夫か、大伴。」
惟成は木刀を引き、片手を差し出した。
大伴は肩を竦めながら、その手を取る。
「更にお強くなられましたな。文字通り、私では到底太刀打ちできませんよ。」
「そうか。」
惟成が大伴を助け起こす。
すると、広場にいた複数の武官達が、次々と声を上げた。
「源様! 次は私と手合わせ願います!」
「あ、では私はその次に……!」
「源様! 剣術ではなく、体術で手合わせ願えますか!?」
惟成は木刀を肩に置き、口の端を上げた。
「よし。順番に手合わせしよう。もちろん、体術もありだ。」
「うおおおおおおーーっ!!」
その言葉に、会場はさらに盛り上がった。
次々と惟成に挑んでいく武官達。
惟成もそれに応えるように、一人一人と手合わせしていった。
「……ふふ。惟成、楽しそう。」
胡床に座り、頬杖をつきながら紗世は微笑んだ。
以前、宇治で惟成は大納言家の護衛を選ぶ試験で試験官を務めたことがある。
その時は仕事として、淡々と試合をこなしていた。
しかし、今は違う。
仕事でもなければ、命を懸けた戦いでもない。
ただ純粋に、武芸を楽しんでいる。
手合わせの最中、惟成の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
生き生きと木刀を振るう惟成を見つめながら、紗世は嬉しそうに呟く。
「惟成は、武芸が好きだから強いんだね。」
紗世はそんな惟成を、いつまでもニコニコと眺めていた。
「おー、本当にやってる!」
「やっぱ強えな、源様。」
紗世達の背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
「ん?」
紗世が振り返る。
そこには、黒鷲と製麺所の面々が立っていた。
「あ、黒のおにーさんに製麺所のみんな!」
「おう。手合わせを人を集めて広場でやってるって聞いたからよ、見に来たんだ。」
「黒のおにーさん達も手合わせの噂を聞いて来たんですか?」
「ああ。せっかくだから、源様の腕前を見せてもらおうと思ってな。」
紗世達が和気藹々と話していると、手合わせの進行役を務めていた橘が声を張り上げた。
「武官達はもう居ないか!? 他に源様へ挑みたい者はおるか!?」
すると、黒鷲がニヤリと笑った。
「源様! 儂は海の民だ! 船の上での手合わせを願いたいが、いかがか!?」
惟成は一瞬、目を見開いた。
しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「良いだろう。ならば、海へ移動だ。」
その言葉に、広場が再び湧き上がった。
「うおおおおお!! 面白くなってきたぞ!!」
「船の上、海上戦最強と言われた黒鷲の登場だ!!」
「船の上は陸のようには動けん! 源様、船の上でも同じように戦えるのか!?」
───
惟成達は場所を港へと移した。
惟成と黒鷲は港に停泊していた船へ乗り込み、少し沖へ出る。
港にいる者達の視線が、二人の乗った船へ集まっていく。
橘が沖の船へ向かって片手を上げ、叫んだ。
「それでは、源様と元海賊頭領・黒鷲との海上戦! 始め!!」
そう言うが早いか、黒鷲は船の縁へ両脚で飛び乗った。
そして、全体重をかける。
船が大きく傾いた。
「さすが黒の旦那! まずは足元を不安定にさせる作戦だな!」
藤吉郎が拳を握った。
惟成の体も大きく傾く。
だが、惟成は傾いた船に逆らわなかった。
揺れる船と共に自分の体も揺らし、そのまま船上を走っていく。
そこに不安定さは微塵もなかった。
惟成は黒鷲の胴へ向けて、木刀を振る素振りを見せる。
黒鷲は木刀を避けるため、後ろへ飛んだ。
その瞬間。
惟成は振り上げた木刀を止めた。
その分だけ大きく踏み込み、黒鷲の腹へ蹴りを叩き込む。
後ろへ飛んでいた黒鷲は、惟成の蹴りによってさらに後方へ吹き飛ばされた。
そして――。
ドボオオオオン!!!
黒鷲は大きな水飛沫を上げ、海へ落ちた。
「おおおおお!!! すげぇ!」
「木刀を振ると見せかけて、一気に間合いを詰めて蹴りだあああ!!」
「あんなに速く間合いを詰められるもんなのか!? めちゃくちゃ速かったぞ!!?」
すると、海中からぶくぶくと泡が湧き上がった。
やがて黒鷲が海面から顔を出し、前髪をかき上げながら笑った。
「何だよ! 海上でも陸と変わらねぇじゃねえか! 強えな、やっぱり!!」
「敵は、お前のように戦う場所を選ばせてくれんのでな。武官は、どんな環境でも戦えねばならん。」
惟成は船の上でしゃがみ、黒鷲へ向かって言った。
すると――。
「み、源様ーーー!!! つ、つ、次は、俺とお願いしますーーーっ!!!」
港から叫ぶ青年の姿があった。




