第312話 天狗修行お披露目会
「源様、天狗の修行とはどんなもので!?
大岩を持ち上げたり、成長の早い竹を毎日飛び越えたりして、跳躍力を鍛えたりですか!?」
大伴が目を輝かせた。
「だから……なぜ、そんな力技の修行ばかりなんだ……。」
惟成は呆れた顔を見せた。
「確かに……そういった修行ばかりなら、源様はもっと筋骨隆々になっていそうですな。」
大伴は顎に手を当て、真剣な顔で頷いた。
「均整の取れた筋肉は好きだけど……気持ち悪いくらいにムキムキに付きすぎるのは、ちょっと……。」
紗世は一歩引いた。
「でかいだけで、使いにくい筋肉など付けん。……おい、引くな、紗世。」
惟成は紗世の首根っこを掴んだ。
「だって……。」
紗世は小さく抗議した。
その様子を見ていた大伴が、おずおずと惟成に近付く。
「源様……一度、手合わせを願えませんか?」
「手合わせ?」
「はい。源様が讃岐にいらしたばかりの頃、一度手合わせしていただきましたが……天狗の修行を受けた今の源様の腕も、ぜひ知りたいのです。」
大伴は惟成が赴任してきたばかりの頃、「十五の若造だ。ボコボコにしてやれば都に逃げ帰るだろう」と手合わせを願い出て、あっさり惟成に返り討ちに遭っていた。
武官であり、武芸の腕が何よりも重要だと考えていた大伴は、それを機に惟成を追捕使として認めたのだった。
「おお、それは面白い!」
「もともと源様はお強い方でしたが、更にどれほど強くなられたのか、見てみたいものですな!」
周囲の役人達からも声が上がる。
その場の空気が、一気に変わった。
「それでは、ちょっと他の皆にも知らせてきます! あ、経房殿も呼んできましょう!」
「どこでやる? ここでは狭いだろう。もう少し広い場所へ移った方がいい。」
「ならば、広場を使おう!」
「見物人も集まりそうだな!」
三宅や他の役人達が、慌ただしく動き始めた。
「お、おい! ただの手合わせだろう!?」
惟成が声を掛けるが、誰も聞いていない。
紗世がちらりと惟成を見る。
(讃岐の人達……海の民って豪快なんだよね……。祭り好きというか、イベント好きというか……。)
「……惟成。」
「何だ。」
「大事になってきたね……。」
「………なぜだ。」
惟成は本気で理解できないという顔をした。
───
「お、ここか! 源様の天狗修行お披露目会は!」
「大伴様と手合わせするらしいぞ。」
「いや、大伴様だけじゃない。源様と手合わせしたい者は、申し出ればできるらしい。」
「何!? ならば俺も手合わせしたい!」
広場には、いつの間にか大勢の人が集まっていた。
国衙の役人だけではない。
貴族や豪族、さらには領民までもが、噂を聞きつけて集まっている。
「……なんだ、天狗修行お披露目会って……。」
惟成は呆れた顔をした。
「間違ってはいないんじゃない?」
紗世が肩を竦めた。
「俺はただ、大伴と手合わせするだけのつもりだったんだが……。」
「讃岐の人達にとっては、天狗に武術を教わった人が目の前で手合わせするなんて、滅多に見られないものなんじゃない?」
「……そういうものか。」
「そういうものだよ。」
その時、遠くから大声が飛んできた。
「源様ーーー!! 準備願いますーーー!!」
国衙の役人が手を振っている。
「………行ってくる。」
惟成は小さく息を吐いた。
「うん。行ってらっしゃい。」
紗世は苦笑しながら、惟成の背中を押した。
そして紗世は、和気経房と姫君の姿を見つけると、そちらへと向かった。
「経房様、姫君。こんにちは。」
「こ、これはこれは姫……紗き……紗吉様!」
経房は相変わらず、紗世を「都の姫君」として扱うべきか、「紗吉」として扱うべきか迷っている。
「あはは。紗吉で良いですよ。今は水干姿ですから、姫君と呼ばれるとちょっと変でしょう。」
紗世は笑った。
そして和気の姫君へ向き直る。
「姫君、先日はとても素敵な衣をありがとうございました。久しぶりに本来の姿に戻れて、惟成も喜んでくれました。」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
「それは良かったです。私の方こそ、飾り髪を教えていただきありがとうございました。聞けば、都で流行った飾り髪は紗吉様が生み出したとか。源様と釣り合うのは、やはり紗吉様しかいませんわ。」
そう言いながら、和気の姫君は女房に結ってもらったのであろう飾り髪を、くるりと後ろを向いて見せた。
「素敵ですね! とてもお似合いです。」
二人の間には、男達の喧騒とは別世界のような、華やかで穏やかな空気が流れていた。
───そして。
「では、これより源惟成様と大伴景綱様による手合わせを行います!」
橘が声を張り上げた。
惟成と大伴が向かい合う。
二人の手には真剣ではなく、木刀が握られていた。
その正面には、紗世、経房、三宅、橘が陣取り、用意された胡床に腰を下ろしている。
その周囲には、大勢の見物人が集まっていた。
「それでは───始め!」
大伴が木刀を構える。
惟成も木刀を構えた。
だが、その姿を見た大伴は、わずかに眉を寄せた。
(……なんだ?)
以前の惟成とは、構えが違う。
いや。
違うというより、隙がある。
肩の力が抜け、刀を構える姿にも、どこか自然体に近いものがあった。
(以前よりも隙があるように見える……。どういうことだ?)
大伴が、じり、と横へ動く。
惟成も、それに合わせるようにゆらりと動いた。
視線は大伴から離れない。
(やはり……隙は隙か?)
大伴は慎重に間合いを測る。
以前の惟成なら、隙を見せればすぐに踏み込んできた。
だが、今の惟成は違う。
こちらが動けば、それに合わせて動く。
まるで、大伴が次に何をしようとしているのかを待っているようだった。
(ならば……こちらから行く!)
大伴が一気に踏み込んだ。
その瞬間──
カァンッ!!
乾いた音が広場に響いた。
大伴の木刀が、振り下ろされるより先に弾き飛ばされていた。
木刀は宙を舞い、数歩離れた地面へ落ちる。
「なんだ!?」
「大伴様が踏み込むと同時に、木刀を弾き飛ばしたぞ!?」
「速いとかいう話ではない……!」
「まるで、大伴様が動く場所を知っていたような……。」
対峙していた大伴は、呆然と自分の空になった手を見つめていた。
(……なんだ、これは。
以前から源様は強かった。
だが、今は違う。
強さの次元が違う。
俺が踏み込んだ瞬間には、もう俺の動きを読んでいた……。)
惟成は木刀を下ろした。
「大伴、もう少しやるか?」
誘うような眼差しだった。
大伴はしばらく惟成を見つめていた。
そして、口の端を上げる。
「もちろんです!」
大伴は地面に落ちた木刀を拾い上げた。
「天狗に武術を教わった方との手合わせなど、そうそうできるものではありませんからな!」
再び木刀を構える。
「お願いします!」
惟成も木刀を構え直した。
その二人を、広場に集まった人々が固唾を呑んで見つめていた。




