↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
274/321

第274話 十二年の偽り

「物部殿と、讃岐守邸の者達だと?」


三宅が思わず声を荒らげた。


「源様がおっしゃるには、海賊斡旋、海賊船の供与、海賊逃亡幇助の嫌疑だ。証人も連れて来ている。」


大伴はそう言って、部屋の隅に控える黒鷲達へ視線を向けた。


「それより、讃岐守様は見つかったのか?」


「いや、まだだ。」


三宅は重く首を振る。


「屋敷にも戻っておられぬ。使いを出したが、どこにも姿はなく、連絡も取れぬ。」


「つまり、そういうことだ。」


二人の背後から静かな声が落ちた。


和気経房である。


「物部らが捕らえられ、自分にも捜査の手が及ぶと悟り、逃げたのだろう。」


三宅は驚いたように振り返った。


「経房殿は、そのようなことをご存じだったのですか。」


「確証が得られるまでは口外せぬつもりでいた。」


経房は静かに答えた。


「讃岐守が都の中納言と結び、海賊を利用して利益を得ていた痕跡を掴んでいた。源様と二人で、密かに調べを進めていたのだ。」


「では……。」


三宅は思わず物部へ目を向ける。


経房も同じように視線を送り、小さく息をついた。


「どうやら、自ら証拠を差し出してくれたらしい。」


その言葉に、物部は唇を噛み締めたまま顔を伏せる。


「とにかく讃岐守を追え。まだ遠くまでは逃げておらぬはずだ。」


「はっ!」


武官達は一斉に本営を飛び出していった。


それと入れ替わるように、惟成と紗世が姿を現す。


「源様。」


三宅が歩み寄ろうとすると、惟成は軽く手を上げて制した。


「取り調べはもちろん行う。だが、その前に皆へ話しておかなければならぬことがある。物部らは庭へ移し、厳重に見張れ。」


「承知。」


惟成は今度は黒鷲達へ視線を向けた。


「お前達も同席しろ。今日の話は、お前達にも聞いてもらう。」


黒鷲は静かに頷いた。


やがて本営の会議室には、惟成、和気経房、三宅宗平、大伴景綱、黒鷲と製麺所の職人達、そして紗世が席に着いた。


ほどなくして武官達が戻り、さらに讃岐の豪族達も招集される。


会議室は人で埋まり、ざわめきが広がった。


惟成は全員の顔を見渡すと、静かに口を開いた。


「明日、海賊船を押収する。」


その一言で室内は静まり返る。


「そして、その押収をもって瀬戸内海海賊追捕の任を終える。」


その瞬間、再び室内がざわついた。


「終える?」


「海賊船を押さえただけではないか。」


「肝心の海賊は一人も捕らえておらぬではないか。」


口々に疑問の声が上がる。


惟成は慌てることなく答えた。


「海賊は、もう居ない。」


その一言に、会議室は水を打ったように静まり返った。


「……どういう意味ですか。」


三宅が問う。


惟成は黒鷲へ目を向けた。


「立て。」


黒鷲は静かに立ち上がる。


その姿を見た瞬間、三宅は息を呑んだ。


「黒鷲……!」


思わず立ち上がる。


「海賊の頭領、黒鷲ではないか!」


会議室がどよめく。


「源様、一体どういうことです。」


惟成は黒鷲の隣へ歩み寄った。


「確かに、この者は海賊の頭領であった。」


あえて過去形で言う。


その一言が、更なるざわめきを呼んだ。


惟成は静かに続ける。


「では、なぜ海賊になったのか。」


誰も答えない。


「もし、お前達が明日の食にも困り、家族を養う術を失ったなら、どうする。」


重い沈黙が流れる。


「盗みを働く者もいよう。」


「海賊になる者もいるかもしれぬ。」


小さな声が返ってくる。


惟成は頷いた。


「その弱みに漬け込んだ者がいる。」


そう言って経房へ視線を送る。


「経房殿。」


経房は机へ数冊の帳簿と書状を並べた。


惟成はその中から一枚を取り上げる。


「これは讃岐国、過去十五年分の税収だ。」


続いて別の帳簿を開く。


「こちらは同じ十五年間の全国平均、そして隣の阿波国の税収である。」


皆が身を乗り出す。


「十二年前から……。」


大伴が呟く。


「讃岐だけが大きく増えております。」


「そうだ。」


惟成は全国税収の頁を示した。


「この年は税収が減っているが、何があったと思う?」


「日照りです。」


「こちらは?」


「洪水。」


惟成は静かに言葉を継ぐ。


「朝廷は、その都度、税の軽減を命じていた。」


三宅が驚いたように顔を上げた。


「ですが……讃岐では、そのような触れは一度も……。」


「出されていた。」


惟成は淡々と答える。


「ただし、讃岐守は軽減を願い出なかった。」


「なぜ……。」


「税を減らそうとすれば、どの程度減らすべきかの監査が入る。」


その言葉に、部屋中が静まり返る。


「例年通り納め続ければ、監査が入ることはない。」


惟成は帳簿へ静かに指を置いた。


「監査を避けるため、足りぬ分を海賊による利益で補った。」


「……。」


誰も言葉を発しない。


「そのしわ寄せは、どこへ行く。」


惟成は一人ひとりの顔を見渡した。


「領民だ。」


誰かが絞り出すように答えた。


「その通り。」


惟成は頷く。


「税を納めても食えぬ。納めねば罪となる。では、人はどう生きる。」


重苦しい空気が部屋を満たす。


惟成は黒鷲へ目を向けた。


「生きるために海へ出た。」


黒鷲はゆっくり頷いた。


「儂らだけじゃねえ。」


低く響く声が会議室へ落ちる。


「漁師も、百姓も、皆そうだった。」


誰一人として口を開けなかった。


惟成は静かに結んだ。


「海賊を生み出したのは、この者達ではない。」


その視線が帳簿へ落ちる。


「海賊を生み出したのは、領民の苦しみを利用し、私腹を肥やした讃岐守と都の中納言、その二人だ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。