第264話 海賊の、その先へ
黒鷲と惟成が戻ると、村人たちの表情がわずかに強張った。
「頭領、何を話してたんですか?」
「追捕使は海賊を捕らえるのが仕事だろう? さっきはあんなことを言っていたが、俺たちを油断させて捕まえようって魂胆じゃねえのか?」
「そうだな。」
惟成は即答した。
「!! じゃあ、やっぱり……!」
「海賊を討ち果たして終わるのと、海賊がいなくなった代わりに職人を育て、この讃岐が豊かになり、朝廷への献上品が増えるのとでは、長い目で見て朝廷に利があるのはどちらだと思う?」
海賊たちは顔を見合わせた。
「……讃岐が豊かになれば、税も増えるし、献上品も増える方……か。」
「その通りだ。確かに私が海賊を全員捕らえれば、追捕使として評価はされるだろう。だが、それだけだ。私はこの国を豊かにするために主上へ仕えている。私一人の利ではなく、国の利を取る。」
村人たちは静まり返った。
すると黒鷲が口を開く。
「今、こいつと話したがな。今までの追捕使と同じに考えるな。こいつには一本芯がある。嘘は言ってねぇ。」
そう言って口元を緩める。
「それに……存外、可愛いところもある。」
「……黒鷲。」
惟成がじろりと睨むと、村人たちから思わず笑いが漏れた。
「頭領がそう言うなら信じたいけどよ……。」
そう言いかけた時だった。
「ご飯できましたーー!! 食べよーー!!」
大きな笊を抱えた紗世が、数人の海賊たちと共にやって来た。
「食いながら話そう。」
惟成は小さく息を吐いた。
茹でたてのうどんと素麺が並べられ、香りが辺りに広がる。
惟成は一口すすってから、村人たちを見回した。
「私が一方的に話すより、お前たちが抱えている不安や疑問に答えた方が早いだろう。聞きたいことがあるなら聞け。」
一人の男が手を挙げた。
「俺たちは海賊行為をしてきた。人を殺すまではしてねえが、荷は奪った。それについて罰はねえのか?」
「荷を奪った以上、強奪の罪はある。しかし、それが誰かの命令によるもので、逆らえぬ事情があったのであれば、情状は考慮される。」
別の男が続ける。
「追捕使は海賊についてどこまで情報を持ってる? 俺たちの名前まで全部知られてるのか?」
「個人名までは、ほとんど把握していない。黒鷲の本名ですらな。おそらく海賊船を提供した者が、意図的に海賊たちの素性を隠したのだろう。罰を与えたくとも、名も所在も分からねば与えようがない。」
惟成がわずかに笑うと、村人たちにも安堵の色が浮かんだ。
さらに一人が尋ねる。
「もし俺たちが海賊をやめて、うどんを作る職人になるなら、これからどうなる?」
「まず、お前たちが海賊から足を洗う。そうすれば海賊船を提供している黒幕は、再び海賊をやれと圧力を掛けてくるだろう。」
「圧力をかけてきたら?」
「無視しろ。」
惟成は迷いなく答えた。
「黒幕も表立って命令はできん。『船を返せ』と言われたら返せばいい。どうせ海賊船はもう使わん。」
「俺たちや家族が殺されたりしねえか?」
「脅しはあるかもしれん。だが実際に手を下すのは難しい。善良な村人が襲われれば調査が入る。調査されること自体が、向こうにとって危険だからだ。」
「でも、たかが村人の襲撃なんて揉み消されるだろう!」
「今までの讃岐なら、そうだったかもしれん。」
惟成は静かに言った。
「だが、今は私がいる。私は讃岐で起きる事件は、海賊との関わりの有無をすべて調べると通達している。私がいる以上、揉み消しなどさせん。」
その横顔を見て、紗世は思わず誇らしげに微笑んだ。
「海賊行為が収まり、一月ほど様子を見て問題がなければ、海賊船は私が押収する。そして、その後も海上で強奪事件が起きなければ、朝廷へ『讃岐から海賊は消えた』と報告する。」
「その間、俺たちは?」
「第一に海賊行為をしないこと。第二に海賊船へ一切近づかないこと。」
「近づくだけでもダメか?」
「ダメだ。海賊船のそばにいるだけで海賊と見なされる。黒幕は海賊という存在を残したいのだからな。」
村人たちは真剣な表情で頷いた。
「そして、その代わりにうどん作りを組織化しろ。」
「組織化って、どうすりゃいい?」
「最初の目標は、市でうどんを売ることだ。市へ出せるだけの品質と量を安定して作れる体制を整えろ。」
「市で売る……。」
紗世が嬉しそうに口を開いた。
「うどんだけじゃなく、素麺の乾麺も売れると思うよ。それに、市へ露店を出して、漁師さんや買い物客がすぐ食べられるようにしたら、きっと喜ばれる!」
惟成も頷いた。
「うどんも素麺も都にはない。ここ讃岐で初めて紗吉が作った食べ物だ。都の貴族たちですら口にしたことがない。『讃岐名物』として売り出せば、人は集まるだろう。」
「え? 都の貴族も食べたことないのか?」
「俺たちが最初に食ったってことか!」
「なんか……すげえな!」
村人たちの表情に、少しずつ希望が宿っていく。
惟成は紗世へ目を向けた。
「紗吉。」
「はい!」
「組織化は難しそうか?」
「人手は十分ですし、みんな工程も覚えてきています。作ること自体は問題ありません。」
「問題があるとすれば?」
「小麦と塩の調達です。大量に作るなら原材料も大量に必要になります。米より安いとはいえ、まとめて買うにはまとまった資金が必要です。」
紗世は少し考えて続けた。
「もちろん、最初は少量作って市で売り、その売上でまた小麦や塩を買うこともできます。でも、それだと大量生産までは時間が掛かります。」
惟成は腕を組んだ。
「……献上品となれば国から援助が出る可能性はある。」
「でも、献上品になるかどうかも分からないし、いつ認められるかも分かりません。それを当てにするのは少し怖いです。」
惟成は頷いた。
「そうだな。まずは少量でいい。一度、市へ出してみよう。その反応を見て、次を考えればいい。」
「はい!」
紗世は元気よく返事をした。
村人たちも顔を見合わせ、小さく頷き合う。
「……海賊じゃなくても、生きていけるかもしれねえな。」
誰かがぽつりと呟いた。
その言葉に、村の空気が少しだけ変わった。




